覚醒屋の源九郎     26~30話

覚醒屋の源九郎

開業前祝い

 小判を現金にした日から2週間後、なかなかの物件を見つけて引っ越した。

 以前の借主は司法書士事務所でもっと良い事務所に移転したらしい。1階が事務所、2階が自宅という造りになっており、ほぼほぼ改装無しで開業出来る上に、築年数等からみて家賃もリーズナブルだった。

 「源九郎人生相談所」の看板も掲げてある。

 電話を取り付け、デスクなどの備品や事務用品なども揃えた。

 広告に関してはホームページを開設し、新聞広告も1回入れた。キャッチコピーは「貴方の人生が変わるかも!?」。

 明日からいよいよ人生初の自営業始動!不安とワクワクでいっぱいの俺。

 んで、今夜は開業前祝いで泉音が夕食をご馳走してくれるということで、何と我が新居にやってくる!

 まぁ当然エルフのルカリもセットなわけで、こちらもミーコがいるから二人きりという設定は成立しないのだが、部屋に女性が遊びに来ること自体が数年ぶり。

 不快感を与えないよう徹底的に部屋を綺麗にした。泉音は18時に到着予定だったが、早々と受け入れ準備完了した俺はTVをつけ、なぜかソファに不動の正座中。ミーコも俺の横でちょこんと同姿勢。

「泉音は何作ってくれるのかな?楽しみ〜」

「喜べ、肉料理って言ってたぞ」

 泉音から肉料理と聞いて、安物だけどワインも用意してある。未成年では無いから大丈夫だろう。あれ?

「妖精って酒は呑めるのか?」

「種族によるけど大抵は大好物だよ。ちなみにあちしも呑めるよ〜」

 妖精だから未成年とか関係ないのか…時間があるので日頃疑問に思っていたことを訊いてみる。

「あのさ、エルフってケット・シーよりランク付けで高い位置なのか?」

「ランク付けだとA級に近いB級って事になってる。ちなみに魔法が得意な種族だよ」

「ケット・シーは何が得意なんだ?」

「他の人に化けることと身体能力の高さが売り、あとマスコット的な存在でもある!エヘン!」

「まぁミーコを見てればわかるけどな」

 こんな話しをポツポツしながら予定時刻10分前まで過ごした。

 (ピンポーン)待ってましたの呼び出し音。2階の自宅は外階段から直接通じているので事務所は通らない。部屋のドアを開けた。

「こんばんは、お待たせ〜!」

 ルカリだ。後ろにちゃんと泉音も来ている。

「2人ともいらっしゃい!」

「らっしゃーい!」

 ミーコも異種だが同じ妖精と話せる機会を楽しみにしていたらしい。ルカリが異常なほど可愛がってくれるから尚更だ。

「お腹減ってるだろうから、もう料理しちゃうね」

 長い黒髪を青のリボンでサッとまとめて、よく分からないマスコットキャラ入りのエプロンを付ける泉音。

 二フラムの光くらい眩しいぜ! 

 念のためだが、この物語はファンタジーである。

異文化

 ルカリはきっと料理が苦手なのだろう。ミーコと戯れあいながらTVを観ている。

「俺、手伝うよ」

「主役には座ってて欲しいんだけど…妖精達があれじゃね〜、お願いしよっかなぁ」

「任せて!自炊で鍛えた包丁捌きをお見せしましょう!」

「じゃあ、そこのカボチャとジャガイモとサツマイモの皮剥きして一口サイズにカットお願い!」

「任せろ!」

 実は料理するの好きなんだよね俺。

 でも改めて思うが、女性が料理する姿ってやっぱいいな〜って…しみじみ。

 ついこの間まで一人で職もなく、人生の瀬戸際だったのが嘘のような現状。この幸せがずっと続かないことは分かっているが、だこらこそ今は楽しい時間を大切にしよう!

「あ、そうだ源九郎!ここにホットプレートある?」

「滅多に使わないけど確かあったはず…おーいミーコ!そこの押し入れからホットプレート探して綺麗にしといてくれ〜」

「えぇ〜!?今はちび○子ちゃん観てるんだけどもぉ」

 こ、こいつは普通の子供のリアクションすな!気持ちが分からんでもないが、

「手伝わんのなら、夕食抜きな〜」

「直ぐに取り掛かります〜!」

 料理によりちび○子ちゃんは瞬殺された。

「はい!ホットプレートチーズフォンデュの下準備完。ホットプレートをみんなで囲んで野菜も食べましょう!」

 早速1品ですな! 泉音の手際は素晴らしい。

「普段から料理してるのか?」

「私は両親を小さい時に事故で亡くしてね。お祖父ちゃんと二人暮になってからは、ほとんど毎日やってるんだ〜」

「そうなんだ。なんかゴメン」

「んーと、ああ、両親のことはだいぶ前の話だし、会話の流れで私が話したんだから源九郎が悪く思うことないよ〜」

「う、うん」

 ご両親がどういった事故で亡くなったのか気にはなったが、ここは空気を読むべきだろう。

「ミーコ〜そっちの準備は出来たか?っておい!」

 ミーコとルカリがキョトンとした表情でこちらを見る。

 押し入れから出した物が山積みになって溢れている惨状。ルカリも一緒になって探してくれているようだが、小さい箱や袋の物まで出してめちゃくちゃだ。

「ヒットブレードが見つからないよ〜」

 なんだそのRPGの武器っぽい名称は。

「ホットプレートな」

 俺は致命的な事に気付く。

「悪い、お前達がホットプレートがどんな大きさと形状なのかを伝えてなかったな」

 棲む世界が違うのだから、文化も当然違う。見たこともなく想像もつかなければ探すことは容易ではない。

 妖精って慣れてくると、人間と接するのとあんまり変わらない感じがするから、何でも分かるって錯覚に陥るんだよなぁ。

「ホットプレートはこれだよ」

 山積みの箱群の中にあった物を拾い上げミーコに渡す。

「後はよろしく!」

「あい」「はーい」

 二人は心良く返事してくれた。

いただきます

「はいローストポーク!」

 早い!もう2品目の出来上がり。これも間違いなく美味しそう。

 俺は白ごはんの確認と取り皿の準備を始める。いつもミーコと二人で食事しているテーブルでは狭すぎるのは必然、なのでもう一つテーブルは用意しておいた。

 ナイフ、フォーク、ワイングラス、飲み水用のグラス、食事に必要な物を揃えていく。

「泉音の飲み物はワインで大丈夫かな?」

 呑めないとか洒落にならんので確認する。

「ありがとう!ワインは大好きなんだ〜」

 良かったお好きで何より。妖精の二人はどうするかな…

「ミーコとルカリは飲み物は何がいい?」

「あちしはコーラ!の後にお酒〜」

「私は何でも良いのでお酒が良いです〜」

「了解!コーラも酒もたっぷりあるぞ!」

 エルフってお酒好きか!?ハンパない酒豪だったら怖いな。

「はい最後の1品!牛肉の味噌風味たたき」和風でやはり美味そう。

「お疲れさま!泉音!」

 親指を突き出しグッジョブポーズする俺。

「時間が無くて簡単な料理ばかりでごめんね」

「何をおっしゃいますやら、全部美味そうでヨダレが出そうだよ」

 ちょっと品のない返しだったかな。

「ホットプレートも準備完了です!」

「ありがと妖精さん達!」

 飲み物をそれぞれグラスに注ぎ、4人が料理の並べられたテーブルへ集まった。どうやら泉音が乾杯の挨拶をしてくれるらしく、ワインの入ったグラスを片手に立ち上がる。

「ではでは、皆さんお待たせ致しました。今宵のこの席は、明日から開業する源九郎人生相談所の前祝いと親睦を深めるためのものとなっております。えーと、長々と話してもつまらないのでそろそろ始めましょう!皆さんとの出逢いと源九郎人生相談所の開業を祝してかんぱーい!」

「かんぱーい!」「乾杯!」「かんぱい〜!」

 泉音の作ってくれた料理の味は、3品ともかなりのレベルで「お店かよ」と言いたくなるほど美味かった。みんなモリモリ食べて楽しそうに会話する。

 ルカリのワインをの飲むペースが気になるが、大量に買い込んだので大丈夫だろう。

 料理が半分以上4人の胃袋に収まったくらいで泉音の方に目をやると、酒がまわって白い肌がほんのり赤くなっていた。だが眉間にシワをを寄せて何やら考え事をしているように見える。

「どうした泉音、何か悩み事でもあるのか?」

「悩み事じゃないよ。源九郎に伝えなきゃって思ってた事を忘れちゃったんだよね。なんだったかな〜」

「そっか、じゃあ思い出したら教えてくれ。まぁ無理に思い出さなくてもそのうち思い出すさ。今はこの場を楽しもう!」

「そうだね!緊急を要する事でもなかったはずだし楽しまなきゃね〜」

 余程の事なら来て早々に話してただろうし大丈夫だろ。ついでに補足しておく、ほろ酔いの泉音も魅力的だと。

グレムリン

 料理があらかた食べられた頃、コーラを飲んでいたはずのミーコはワインにハマってしまい酔っているように見える。

 ルカリの方はどれだけいった後かは知らんけど、ワインから焼酎にスイッチしていた。服が肌けているのが悩ましい、こちらはほぼ泥酔状態である事は間違いなく、ケラケラ笑いながらよりをかけてミーコと戯れている。

 泉音だが、いつもしっかりした性格を印象づける目はとろ〜んとしていて…紛れもなく可愛い。

 掛時計の針はPM.10:00に達しようとしていた。

 泉音とルカリをここに泊まらせたい気持ちは富士山のように山々だが、今日のところは色々な意味で遅れになる前に家まで送ることにしよう。実は俺も少し酔いが回ってるし…

「はい!みんな注目!」

 意識はまだしっかりしているかも、みんなこっちを見てくれた。

「宴もたけなわであるけれど、そろそろお開きにしよう!」

「あ〜い」「は〜い」「そうだね〜」

 素直でよろしい。

 全員で簡単に後片付けをしたあと、家は近くなので泉音とルカリを送り届ける。この物件に決めた理由はこれもあったわけだが。

 呑み過ぎたせいか泉音の足が進まない。

「仕方がないな〜」

 嘯きながら泉音を背負って歩く。妖精の二人もフラフラしながら浮いていたが、浮いていれば転ぶことも無いだろう。放っとく。

 空を見上げると珍しく満天の星空。泉音が会話出来る状態であれば…

「星が綺麗だね」

 泉音が耳元で囁くように言った。

「なんだ起きてたのか、すっかり眠ってると思ってたよ」

「今夜は楽しかったな〜、またいつか飲み会でもしようね」

「いつでも歓迎だ」

心の中では明日もでも構わんよ!である。

「そうそう、さっき思い出せなかった事なんだけど…この間、大学を出て買い物のために隣町まで行った時に、グレムリンみたいなのを見かけたんだよね」

「グレムリンって、スピルバーグの古い映画に出てくるやつか?」

「あんなにグロくはないんだけど、ルカリやミーコと比べるとやっぱり少し不気味だったかも」

「俺たちみたいに人間と契約したのかな?」

「見てたのは少しの間だけで確信はないんだけど、たぶん近くにいた高校生の男の子だったかな〜ぐらい」

「なるほど、ありがとう教えてくれて」

「ううん、その手の情報はお互い共有した方が良いと思って」

「だよな、俺も何か見つけたり知った時には泉音に伝えるよ」

 泉音の家、つまり小判を買い取ってもらたった質屋に着いた。小判を1,800万もの現金で支払った泉音の祖父ちゃん。よく考えたらとんでもない金持ちかも知れない。

「背負ってくれてありがとう、今夜は楽しかった。おやすみ源九郎」

「俺も楽しかったよ、ルカリもまたな、おやすみ」

 二人は外灯の灯る店の中へと入っていった。

「ミーコ、俺らも風呂入って寝るか。よし来い肩車してやる」

「あ〜いあんがと♡」

 帰り道、肩車されたミーコは俺の頭にしがみついて眠っていた。可愛いなこいつ。

 忘れていたが、いよいよ明日は開業初日なのである!しかし、来るかなお客さん。

暇時間

 翌朝は朝7時に起床して、いつものルーティンをこなす。と言っても朝食を食べたり歯磨きしたりと他となんら違った事はしないのだけれど。

 仕事中の服装を私服にするかスーツにするか迷っていたのだが、記念すべき日なのでスーツを選択、鏡を前にネクタイを絞めると気が引き締まった気がする。

 事務所入り口のシャッターを開け外に出た。天気に祝福されてるようで本日は晴天なり!

 当面の営業時間は9:00〜18:00に設定しているが、お客さんの動向などを分析して変更していく予定。

 予定通り9時に営業を開始したが午前中は誰一人として来所なし、電話もシーンと音が聴こえそうなほど静かなものだった。

 予想はしていたけれど、やる事が無い時間ってもったいないな…2階で昼休憩をとり午後も事務所でぼ〜っとする時間が過ぎていく。

 秘書?のミーコは備え付けのTVにずっと釘付けで、昼ドラや再放送番組を泣いたり笑ったり喜怒哀楽を表に出してエンジョイしている。

 俺も何しなければとipa○でPU○Gをプレイするが、これやると時間を忘れるほど熱くなってしまうのが難点だ。案の定、気付いた時には外が薄暗くなっていた。

 掛時計が18時を指してしまっている。

 やってもうた感が残り、結局お客さんはゼロ。

「悔しいです!よし、初日終了〜!」

「ドンマイだよ〜ご飯だねご飯!」

 最近ミーコは人間界のルーティンに馴染み、一日三食が当たり前の感覚になったようで、毎回の食事時をイベントを待つ人のようにウキウキしているのだった。

 日本人の一日三食が定着したのは、江戸時代くらいからだそうで、それまでは二食だったらしい。習慣っておもしろい。

 夕食のメニューを考えつつシャッターを閉めようと何歩か歩いたその時!電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 呼び出し音が聴こえてすぐ俺の心臓も「バクバク」と音が聴こえそうなほど急激に動き出す。震えた手で受話器を落としそうになりながらなんとか耳元にあてる。

「は、はい!源九郎人生相談所です!」

 慌て過ぎてどもった上に大きな声を張り上げてしまった。相手は煩く思ったかな…

「あの〜、今からそちらに伺って相談したいのですが大丈夫でしょうか?」

 元気の無い男の声、だが若い声だ。10代〜20代だろうか。

「もちろん構いませんよ。何時くらいにいらっしゃいますか?」

「15分ほどで着きますので、よろしくお願いします」

「分かりました。お待ちしております」

 開業日なのにほとんど遊んでいたような日だ。営業時間を超えるが大切な第1号のお客さん、時間外だけれど関係ない大事にせねば!

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