覚醒屋の源九郎     61~65話

覚醒屋の源九郎

幽霊

 事務所電話の着信音で目が覚めた。

 慌ててソファーから転げ落ちてしまう。フラフラと起き上がり受話器を取る。

「はい、源九郎人生相談所です」

 寝起きとバレないように出来る限りハッキリした口調を取り繕った。

「あの、本日4時頃に伺いたいのですが大丈夫でしょうか?」

 声からして40〜50代の女性だ。

 時計を見て時刻を確認する。午後2時10分。

「4時ですね、大丈夫です。お気を付けていらっしゃってください」

「ありがとうございます。では」

 ふ〜、受話器を置いて通信終了。

 うちの事務所に電話をかけてくるのは、当然悩みがあっての事だが、それにしても重く元気の無い声だった。

「ミーコ、お茶の準備をしといてくれ」

「あーい」

 テレビをかぶりつくように観ているミーコに指示する。

 それから2時間経過して電話予約の女性が事務所に訪れた。

 死にそうな表情という表現はありきたりだが、それが一番しっくりくるような表情をしていた。他は普通の主婦という印象である。

 それぞれの自己紹介を終わらせ、相談業務に入った。お名前は谷口翔子さん。年齢は54歳との事。

「本日はどのようなご相談内容でしょうか?」

 勝手な憶測だが、最初に顔を合わせた際に、御婦人は「こんな若い人だったの!?」という眼したように見えた。素直に話して貰えるだろうか。

 谷口さんが戸惑いながら口を開く。

「変な質問なんですけれど、幽霊の存在を信じられますか?」

 意表を突かれた質問。

 幽霊の存在。俺は今まで生きてきて実際に見た事は無いし、そもそも存在否定派だった。 

 しかし、異世界から来た妖精であるミーコとの出会いからその考えは大きく変わったと言える。

「まだ見た事は無いですけど、私は信じますよ」

 ストレートに答えて御婦人はホッとした表情を浮かべた。

「実は…仕事が原因で1ヶ月ほど前に主人が自殺したんです」

 人の死が絡んだ相談。事務所を立ち上げる時にある程度の想定はしていたが、実際に相談を持ち掛けられると想定していたより重みを感じる。

 谷口さんは続けて話す。

「その亡くなった日から毎日のように主人が幽霊になって現れるんです」

 さて、どう返したものか。俺は言葉を慎重に選択する。

「なるほど、それは貴重な経験をされているようですね。御主人は奥様に何か伝えたい事が有るのではないでしょうか?」

 経験は無いが、書籍やSNSで見たり聴いたりした情報からするとこういったケースが多いのではないだろうか。

「わたしもそうじゃないかなとは思うんですけれど、まだ話しかけられた事はないんです」

 と伺ったあとでハッと気付き息を飲む。谷口さんの背後に半透明の人が立っているではないか。その顔を確認してまた息を飲む事になる。

 何故なら、昼寝中の夢に出て来た部長だったのだから…

部長

 谷口さんに自己紹介された時に、違和感というか何か引っ掛かっていたのだけれど、そう言えば部長の名字って谷口だった!1年以上会ってなかったから直ぐに思い出せなんだ。

 この幽霊部長はずっとしかめっ面でこっちを見ている。トラウマ的な事もあるので少し目を合わせ辛い。

 うーむ、二度と会いたくない人に会ってしまった。幽霊としてだけれど。

「あの〜、谷口さん。ひょっとして今あなたの左後ろにいらっしゃる方が御主人ですか?」

 谷口さんが自分の左後ろを確認する。「誰も居ませんけど…」

 部長は消えていた。おいおい何のつもりだ部長。と言うか見た目はかなり若返ってる俺を、かつて会社の部下であった俺だと分かっていて睨みつけてたのか!? キョロキョロ辺りを見回すが部長の姿は見えない。

「つかぬ事を伺いますが、御主人は石橋フーズという会社にお勤めでは無かったですか?」

 はっきりと表情で分かるけれど谷口さんは驚いているようだ。

「なぜ分かるんですか?倒産して今はありませんが、以前は確かに石橋フーズという会社に勤めていました」

「そうですか。いえ少し思い当たるところがありまして」

 やばい、思考が追いつかない。

 えーっと。

「ミーコさんお茶はまだかな?」

「只今お持ちしまーす」

 ミーコの入れてくれたお茶を谷口さんにも勧めて一息つく…!?

 俺の右横に気配を感じる。

 霊感など無いのだけれど…

 恐る恐る横を見ると、その距離10cmの超至近距離に部長幽霊がいらっしゃった。口からお茶を全開で吹き出しそうになるがなんとか根性で堪えた。

「谷口さん、私の右横に御主人が見えてますか?」

 お茶を静かに飲む谷口さんに問いかける。

「…すみません、何も見えません」

 確認するとまた消えていた。

 ははーん。部長め、楽しんでやがるな。

 ん、部長と二人きりになれば、もしかすると会話も可能なのではないか?幽霊が話せるか知らんけど。

「谷口さん大変恐縮なのですが、暫くの間二階の私の部屋で待機して頂けないでしょうか?」

 返答に困っている。

 そりゃそうだ。

 今日会ったばかりの知らない男の部屋で待機してくれ何て言われても困るよな。谷口さんの反応が普通に当たり前というものだ。

「あの〜、仙道に御主人の件で何かしらの考えがあっての事だと思います。ご案内してわたしもご一緒に待たせて頂きますので」

 ミーコ!ナイスフォロー!

「分かりました。もし、主人がここに居るのであれば、わたしから伝えたい事もありますので、その際はどうかよろしくお願いします」

「ご理解ありがとうございます。じゃあミーコさんご案内して」

「はーい」

 ミーコは俺にウインクして谷口さんを二階に案内した。

 この事務所には今のところ俺一人である。

「部長!男同士二人きりで話しましょう!」

 居るはずの幽霊に声を掛けた。

苦悩

 部長は谷口さんの座っていた椅子に腰掛けた姿勢でスーッと現れた。お陰様で幽霊には慣れたかも、昼間限定だけれど。

「部長、姿を見せてくれましたね。あの方は奥さんで間違い無いですか?」 

 幽霊が声を出せるのか検証だ。

 しかし、部長が口をパクパクして何かを話しているが何も聞こえない…

「何かを話して頂いているのは分かるんですが、こちらには何も聞こえなです」

 部長はしかめ面で俺を静止するような素振りをした。ちょっと待てという事だろう。それから発生練習のような動きをする。

「ん、あ、ん、あーあー」

 ようやく俺の耳に声が届いた。

「どうだ今度は聞こえるか?」

「あ〜はい、今聞こえるようになりました。声を出すのって大変そうですね」

「波長というか何というか。まぁ簡単に言えばラジオの周波数を調整する感じかも知れん」

 この世とあの世の違い、他の異世界のように物理的には存在していないのだろうか。確か天照様に異世界について説明を受けた時は霊界という単語は出て来なかった。霊界が存在するとしても異世界と違い多分特別なものだろう。

 幽遊白書って漫画では確か…!?、長考に入ろうとした俺を部長が睨みつけているので考えるのはまた今度。

「何があったか知らんが仙道君は若返ったような気がするな。ふむ、それはさておき話しをしても善いか?」

「あ、すみませんどうぞどうぞ」

 やはり俺の異変に気づいていたか。

「あれは妻で間違い無い。それと俺が自殺したのは妻が言ってた通り仕事、いや、正確には職探しが原因だった」

「部長が自殺をするほど追い込まれたって事ですよね。差し支えなければ詳しく教えてください」

 もはや生きている人と同じように会話出来てるな。

「元部下のお前に愚痴のような話しをしたくは無かったが、もう死んでるんだ。恥ずかしがる事もあるまい。始まりは石橋フーズの倒産だ」

 石橋フーズが倒産した時、俺も含めて働いていた従業員はみんな大変だったろうな。

 部長は続ける。

「倒産して突然職を失い俺は焦っていた。よくある話しだが、家のローンがまだ残っていたからな。当てにしてた退職金は一切支給されなかったし次の日から直ぐハローワークに通ったよ」

 俺は相槌を打つ。

 部長には家族があった事を思い出していた。

「当時の私は58歳。求人によっては年齢制限もあって厳しい状況だった。それでもプライドなんか捨てて、石橋フーズ時代の取引先にも空きがないかと頭を下げた」

 就活の厳しさなら俺も分かる。部長は年齢的にもっと厳しかっただろう。

「かなり妥協もして会社の面接を何件、何十件受けてもダメだった。取引先に頭下げたのも含めて全て無駄に終わったよ」

夫婦愛

 苦労しましたね、部長…

「就職活動で考え悩みすぎたんだろうな。体調を崩して病院に行ったら、医者にうつ病と診断された。その日の夜に自殺してこの様という訳さ」

 経緯は分かった。自殺をするほどだったのか…ニュースで見知らぬ人の自殺を知っても可哀想にと思うくらいだけれど、職場で長年の時間を共有した人だとこんなにも気持ちが沈むもんなのか。たとえ心底嫌いだった部長だったとしてもだ。ざま〜みろなどという感情は全く芽生えない。

「部長が苦労されてたのは分かりました。でも何で奥さんに姿を見せるような事をしたんですか?」 

 相手は幽霊なのだけれど、もはや普通に質問している俺。

「君に詳しい事まで話せんが、大事な事を伝えなければならなくてね。どのように伝えようかと思案しているうちに、妻に姿を見られてしまった。そこで、話しかけようと努力していたのだが…このような状況になってな。すまなかった」

 やはりそういった未練があったのか。

 一つ驚いた事がある。部長が俺に対して謝罪の言葉を使ったのはこれが初めてかもしれない。くすぐったい感じがする。

 さてと、この案件どうしたら解決するかな。

「善かったら奥さんをここに連れて来ますので、話してみられたら如何でしょうか?フォローはしますよ」

「…そうだな。このままでは解決しないかも知れないしな…分かった、妻を連れて来てくれ」

 俺は頷き、二階の部屋へと向かった。

 部屋のドアを開けると、ミーコが奥さんと楽しそうにあやとりをしている。

「谷口さん、一緒に事務所へ戻って頂けますか?」

「あ、はい分かりました」

 説明を省いてしまったからか反応が悪い。奥さんは戸惑いながらも一緒に事務所に戻ってくれた。 最初に座った椅子へ腰掛けて貰う。

「部長!こちらの対面の席へどうぞ」

 そう言うと奥さんの目の前の席にスーッと部長は現れた。

 奥さんは一瞬驚いたが、直ぐに平常心を取り戻したようである。

 部長は奥さんに話しかけた。

「こんな目にあわせてしまって、すまんな翔子」

「何か伝えたい事でもあるのでしょう?」

 部長の声は奥さんに届いている。波長とやらは大丈夫そう。

 奥さんは部長が幽霊になってでも伝えたい事があると薄々感じていたようだ。

「翔子、まずは謝らせてくれ。先に逝ってしまって本当に申し訳なかった。この通りだ」

 部長は深々と首を垂れて謝罪した。

 奥さんの目に涙が浮かぶ。

「何を言ってるんですか、わたしの方こそ貴方の苦しみを和らげる事も出来ずに本当に申し訳ありませんでした」

 今度は奥さんが深々と首を垂れる。

「翔子に落ち度はないよ。全ては俺の弱さが原因だ。だから謝らないでおくれ」

 たったこれだけの会話で俺は二人の夫婦愛を感じずにはいられなかった。

去る者、残る者

 それから部長は奥さんの隣に移動して、耳元で何かを伝えていた。話しの内容への好奇心はあったがプライベートな話しだろうし我慢我慢。

 話しを聞いている奥さんの表情が驚いたり深刻な顔になった後で笑顔になったのでホッとした。

 どうやら用件は済んだようである。

 部長が俺の方を向く。

「仙道、最後の最後で世話になったな。これで成仏できるよ。ありがとう」

 と言って頭を下げられてしまった。

「部長、安らかに過ごしてください」

 俺は頭を下げ、弔いの意を表し手を合わせた。

「翔子、これでお別れだ。俺みたいな亭主と長い年月を過ごしてくれて本当にありがとう」

「こちらこそですよ。さようなら、あなた…」

 部長は頭上に現れた光の中へ吸い込まれるようにして消えていった。

 呆気なく居なくなった。

 人間って死んだら何処へ行くのだろう…

 奥さんが帰り際に封筒を渡そうとする。

「10万円入れてあります。今回のお支払いはこれで足りるかしら」

「いえいえ、大した事はしてませんのでお支払いは結構ですよ」

 本心から報酬を頂くつもりは無かった。

「どうか受け取ってください。わたしが主人に怒られてしまいますわ」

 奥さんは俺の腕を掴み掌に封筒をギュッと握らせた。流石にここまでされると、受け取りを断るのも悪いだろう。

「分かりました。ありがたく頂戴いたします」

「そうそう、仙道さんに主人からの伝言が一つ」

「あ、はい」

 何だろう訊くのが少し怖いな。

「会社で説教する事が多かったのは仙道を俺の次の部長にと考えていたからだ。だが言い過ぎたと後悔する日が多かったよ。今まですまなかったな、俺の分まで頑張って生きてくれ…と言っていたわ」

 伝言を訊いて、会社で部長に説教された多くの場面を思い出し、そこには部下を成長させたいという考えがあったなんて…俺の目から溢れるように涙が出てくる。死んだ後でそんな風に言われたら…俺は罪悪感で胸がいっぱいになっていた。泣き虫だな俺は…

「はい、源九郎」

 ミーコがハンカチではなくタオルを渡す。きっと、ハンカチでは足りないからこれくらいが丁度いいだろう。

「わたしはこれで帰りますね。仙道さん、ミーコさん。こちらの事務所を訪ねて本当に善かった。有難う御座いました」

 奥さんが頭を下げる。

「こ、こちらこそ…お、お世話になりま、した」

 泣きながらも何とか言葉を返せた。

 奥さんが最後に見せた表情は、事務所を訪れた時とはまるで別人のように明るかった。それで救われたような気がする…

「部長の為にも長生きしてこれから頑張らないとだね〜源九郎」

「そうだな、夕飯食べて今夜はゆっくり寝てまた明日から頑張らないとな」

 こうして長い一日が終わったのだった。

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