兄弟
俺の住まいは都心から少し離れた場所にある賃貸マンション5階建の505号室。
かれこれ15年ほどここを拠点に生活して来た。
思えば別れた彼女との同居生活や隣人トラブルなど色々あったが、それはまた別にの機会に物語ってみよう。
などと考えてるうちにマンションの入り口が見えてきた。たどり着く手前である事に気付く。
入り口は正面中央、そこから右方向に数メートル進み、通り道を挟んだマンション対面に管理人専用物置がある、その裏辺りから女の子の泣き声が微かに聞こえたのだ。
俺は正義感がさほど強い訳でもないが、小さい女の子の泣き声を聞いて完全スルーするほど人間が小さい訳ではないと自負している。
というわけで声の聞こえる方へ向かい、程なく座り込んでいる男の子と女の子を見つけた。
二人の表情を見ると、女の子は涙をいっぱい流した跡が見て取れる。
男の子の方も本当は泣きたいのだろうが、なんとか持ちこたえているようだ。
「こんばんは、君達は兄弟かな?」
俺は二人が怖がらないようにそっと優しく声をかけた。
「うるせぇっ!どこの馬の骨だ!俺たち兄妹に近づくな!あっち行けよ!」
『ほあっ!?」人間が本当に驚いた時は言葉にならないなどと良くいうが、正に今の俺が体感してしまった訳だ。本当のところ、ちょっぴり心も折れてしまってはいたが致命傷には至っていない。
「ま、まぁ落ち着けよお兄ちゃんだろ。声を荒げたら妹が驚いてしまって悲しい気持ちになったら、君だって良い思いはしないと思うんだけどなぁ」
これで少しは落ち着いてくれる…「でふぅ!?」俺の鳩尾に下からのパンチが綺麗に入っていた。
やるせなす
子供のパンチとはいえ、鳩尾に決まればそりゃ息も止まるというもの。俺はその場で腹部に手を当て蹲り、「なんて日だっ!!」と心の中で叫んだ。
一日の間で違う誰かに強烈なパンチを貰うなどと稀有な経験をした上、善意で手を差し伸べた結果がこれでは少しくらいこの子に怒りをお覚えたとてどこの誰が責められようか!?
だが俺は怒りを抑え耐えることが出来た。
「くっ、良いパンチ持ってんじゃねーか。将来有望だなぁ」
と話した直後に顔めがけて蹴りが飛んできた!が、流石に今度は手で足を押さえ込んでやった。
「ストップストーップ!」
俺は男の子の足から胴体の方に手を回し、完全に持ち上げて諭そうと努力する、
「君らに対して悪意は全くない!むしろ助けになるかもしれないぞ〜妹が泣いてる訳を話してみないか?」
男の子は「離せ離せ」と喚いていたが数秒後には大人しくなり、心のダムが崩壊したのだろう、大粒の涙を流しながら泣き始めた。
「にいにいはいま大変だから、代わりに私が話す」
いつの間にか女の子が泣き止み声かけて来た。男の子を地面に下ろしても立ったままで泣き止みそうにない。
「そうだね、お兄ちゃんは頑張って疲れてるみたいだから君から話を聞こうかな?」
「うん!」
「じゃあ自己紹介から!俺は源九郎って言うんだけど、お嬢さんのお名前は?」
「葵!」
「葵ちゃんよろしく!じゃあ、そこの公園でお話しを聞こうかな」
俺が右手を差し出すと、葵ちゃんが手をぎゅっと握って来る。そのまま少し泣き止んだ感のある男の子の手を握り、マンション隣の小さい公園へ移動した。
家庭の事情
公園にある木製のテーブル周りの丸椅子に俺と子供達は腰掛けた。
「葵ちゃん、泣いていた訳を聞かせてくれるかい?」
葵ちゃんはまた悲しい顔に戻ってしまったが勇気を振り絞ったらしい、
「あのね、パパとママが言うにはね、うちは家庭崩壊してるんだって…」
「そう…」
「家庭崩壊」という言葉を子供から直に聞くと、大人から聞かされるよりもずっと重みを感じてしまうものなのだなと思いつつ、かける言葉を探していると、
「でね、1ヶ月くらい前からパパとママが毎日のように口喧嘩をするようになって、いつもにいにいと二人で部屋に篭って、耳を塞いで喧嘩が終わるのをずっと待ってた…」
ここまで話すと葵ちゃんの目にまた涙が浮かび、顔を塞いで俯いてしまった。
俺は黙ったままその頭をそっと撫でる。
「源九郎お兄ちゃん、あとは僕が話すよ」少し回復したらしい男の子が妹のことを思ってか、話しかけてくれた。
「さっきは本当にごめんなさい。僕の名前は蓮です」
「大丈夫かい?蓮君」
「うん、大丈夫」
「よし、じゃあ聞かせて」
事情を聞き出す事に少し罪悪感を抱きながらも、やはりこの兄妹の力になりたと俺は思っていた。「パパとママが喧嘩するようになったのは、きっとパパの会社がダメなったからなんだ」
蓮君のパパは俺と同じ状況になってしまったのか!?
「パパはレストランの社長をしてたんだけど、コロネが流行った頃から毎日辛そうにしてた」
どうやらここにも「コロネ」の犠牲になった人が出てしまったようである。
蓮君は続けた。
「さっきパパとママに言われたんだ…」
「何を?」
「二人ともどちらについていくか決めなさいって、それで葵と外に出たんだ…」
「蓮君…」
親も辛いだろうがこの子達にとってもさぞ辛い事だろう。
注意事項
「蓮君、葵ちゃん」
兄妹に確認する。
「これからもパパとママと蓮君と葵ちゃん、家族みんなで仲良く暮らしていきたいよね?」
蓮君と葵ちゃんは同時に頷いた。
「少し待ってて」
俺は二人の視界から外れる滑り台へ移動した。
「ミーコ、いい加減泣き止んでくれないか!?」
ケット・シーの猫娘、今日出会ったばかりだがどうやら優しい気持ちの持ち主らしい、俺が二人の事情を聞いている間、隣で声を出して号泣していたのだ。
「あの兄妹の力になりたい。無限覚醒の使い方を教えてくれ」
「わがっだ」
ミーコは両手で涙を拭き取ると、表情が一変してキリッとした感じがする。
「まずは無限覚醒使用時3つの注意点!」
「よし来い!」
「一つ目、このスキルは同時に複数の者に使用出来ない」
「個別に使用だな!OK!」
「二つ目、使用者の源九郎と使用する相手には、覚醒により発動するスキルのレベルに比例した負荷がかかってしまう」
「得る力に相応するという事だな!?」
「三つ目が一番重要なんだけど、無限覚醒は使用する相手に力を与えるスキルであるが故に、その者の将来に多大な影響をもたらす」
「あ…そうか、自然に起こることではなく人為的に起こすこと。だから使用者はそれなりの覚悟が必要ということか」
「その通り!だから使用する相手と覚醒させたいスキルは慎重に選んでね!」
「了解!」
「じゃあ具体的な使用方法は実践で説明するから、とりあえず二人のとこに戻ろう!」
俺とミーコは兄妹の居る場所へ移動した。
スキル発動
「お待たせ蓮君、葵ちゃん」
「ううん」
二人は泣き止み平常心を少し取り戻しているように見える。(源九郎、二人に目を閉じてもらって)兄妹にはもちろん見えていないミーコが俺に指示する。
「二人とも目を閉じて」
兄妹は素直に言う通りにしてくれる。(蓮君からやるよ、頭の上に源九郎の右手を添えて目を閉じて、「トゥラスト」と言ってみて)俺はミーコの言う通りにする。
「トゥラスト!」言葉を発した瞬間、目を閉じて真っ暗だった視界に赤色のカードの様な物が3枚出現した。
カードにはそれぞれ、「激励」、「鉄壁の盾」、「身体能力UP」の文字が刻まれている。(出て来たカードのうちイメージで1枚を選んで「セレクト」と言ってみて)状況を踏まえて「激励」のカードを選択することにした。
「セレクト!」
するとカードだった形状が水色の球体に変形し文字が浮き出て来た。「激励」スキルの発動条件や効果が刻まれている。(最後に「ウェイク」と言うの。それでスキルが完全に発動するよ!)いよいよか、「ウェイク!」蓮君の身体が微妙に揺れた。
そして「激励」スキルの情報が俺の頭の中にスッと入って来た気がする。(同じように葵ちゃんにもやってみて)蓮君に実践した流れを葵ちゃんにもやってみた。葵ちゃんのスキルカードも3枚出現。「知力UP」、「トルネード」、「冷静」。「トルネード」も気になったが妥当だと思われる「冷静」を選択。「ウェイク!」(これで無限覚醒完了♡)
「蓮君、葵ちゃん目を開けて大丈夫だよ」
兄妹は素直に目を開けた。二人の表情が少し明るくなっている気がした。
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