覚醒屋の源九郎     41~45話

覚醒屋の源九郎

九尾狐

 いや、止めておこう。

 時間は掛かるが張り込みするのが吉ではないか。刑事などの張り込みとはシチュエーションが違いすぎる状況だが… 廊下で特に隠れるでもなく体育座りでジッと待つ。見えていないがシュールな見映えだ。

 30分ほど待ったがこの4階には誰一人見えない。下の階では何度か会話が聞こえたが、藍里さんらしき声は勿論、彼女に関する情報も何ら得られなかった。

 更に30分、合計1時間経過。ドラマなどで刑事の張り込みシーンは車内という別室でしかも相棒がいれば1時間など平気であろうが、俺は家の中で一人。おまけに暇つぶしで何かする事も出来ない。身動き一つせず座禅を数時間もやり遂げてしまう修行僧の方々、敬意を表します!なかなかハードな状況に思えるが、精神力を鍛える修行の場と考えれば或いは耐えられるかも知れん!

 だが此処からが真の地獄だった。結局深夜0時を過ぎ、合計5時間の体育座り張り込みは藍里さんの姿を確認するという意味では成果が無かったのである。

 豪邸の灯りは殆ど消え、住人の人々はそれぞれの部屋へと移動して就寝していった。その中に藍里さんの姿は無かったので、この階の何処かの部屋に藍里さんが居る確率は上がっている。

 1時を過ぎた頃、遂に待ちに待った瞬間が来た。中央片側の部屋から微かに話し声が聞こえその部屋のドアをジッと見ていると…突然ニュッという感じで狐の様な顔が出現した。その顔が左右をキョロキョロとしたあと、身体全体がドアを擦り抜け出て来る。

 「九尾狐!」無論、心の中で叫んだ訳だがコイツって霊獣や妖怪の類いじゃなかったか!?だとすると俺や泉音、治志、みくるのケースとは違う。漫画などでも九尾といえば桁外れの強さを持つのが相場。禍々しい妖気を纏っているのが分かる。これは心して事に当たらなければ!

 九尾狐は俺の居る方と反対方向に掛けて行き、そのまま廊下の窓を擦り抜け外へ飛び出した。

 今がチャンス!九尾狐が出て来たドアを「コンコン」とノックする。すると女性の声で「はい」と返事があった。

 ドアが開き人影が現れる。間違いない薬師寺藍里さんだ。

 藍里さんは透明化している俺を確認出来ず、身体を廊下まで出して辺りを見回す。

 その隙に部屋の中へ滑り込む。

 藍里さんはドアを閉め鍵を掛けて、部屋の奥へと戻って来た。

 姿を現して会話をすべきか!?透明化を解いた瞬間に大声を出されたらそこで終了だ。少し考えて藍里さんの背後にまわり口を塞ぐ。

「アピア」

 透明化を解き藍里さんとの会話に臨む。

「こんな形で申し訳ない。ご友人の瀬戸さんが貴方の事を心配しています。安否を確認したくて此処に来ました」

ノームのファム

 藍里さんがモゴモゴ言ってる。感じからして悲鳴をあげてるようではない。

「手を離しますが大きな声を出さないでくれます?」

 彼女はコクリと頷く。

 俺はゆっくりと口元から手を離した。

「ノームのファム!何をボーッとしてるの!!」

 彼女の第一声は、まさか居ると思わなかった精霊ノームへの罵倒だった。という事は契約済みなのか!?

「おわっ!?」

 声をあげたのは俺。急に金縛りに掛かったように身体が動かない。

「サイキッカーだ!その娘は九尾の妲己に魅了の術を掛けられとる!気を付けろ!」

 ノームの小さい爺さんが注意喚起してくれだが注意するには既に遅いような。それより早く確かめたい事があった。

「爺さん妲己ってさっきの九尾か?仙人界から来たのか?」

「どちらも正解じゃ」 

「何をごちゃごちゃ話してるんだ?」

 さあやべ〜ぞ。次に来る大技のフラグが立った。時間が無い、とにかく情報を得ないと。

「爺さん、その子を助けるにはどうすれば良い?」

「妲己を倒す他ない!助けたければもっと強くなって大人数で出直して来い!」

「わかっあぁぁぁ!」

 胸に正体不明の激しい衝撃を受け、窓ガラスごと外に吹き飛ばされ宙に舞った。あれ?此処って4階だったよね。やばくないか!?

 ガシッと腕を握られそのまま上空へ上昇する。

「ミーコ〜神タイミング!」

 格好良過ぎだ猫娘。

「やっと再会出来たね〜。半分眠りながらずっと家の方を見てた甲斐があったよぉ」

 俺とミーコはそのまま自宅へ帰り着いた。

 俺は部屋に入るや否やソファーに突っ伏す。ミーコは大好きな牛乳をガブ飲み。

 慣れない張り込みで二人共疲れていた。

「藍里ちゃんどうだった?」

 冷蔵庫にあった牛乳を飲み干した猫娘が聞いてくる。

「ああ、見た目は如何にもお嬢様って感じで美形だった。そばに居たノームの爺さんが教えてくれたんだが、厄介な奴に取り憑かれているらしい」

「へ〜懐かしいなぁノームが居たんだ!?で、何に取り憑かれてるの?」

「九尾狐の妲己って云うんだが何か知ってるか?」

「行ったこと無いから伝説的な話しか知らないけれど、その悪名は異世界中で有名みたい。圧倒的美しさと、相手を魅了して自在に操れるとか。総合的妖力も仙人界最強クラスって話だよ」

「なるほどな。ノームの爺さんが言ってたのが良く分かったよ。これは直ぐに藍里さんを助けるのは難しそうだな…」

「藍里ちゃんが生きてるっていう情報はみくるちゃんも喜ぶでしょ。ノームが側に居るなら少しは安心出来るだろうし…ね」

 AM3:00を過ぎている。

 俺とミーコは、みくるちゃんにどうしたら上手く伝えらるかを話し合いながら眠りに着いたのだった。

報告

 夜更かしと疲労から結局昼時まで爆睡してしまった。

 みくると連絡を取り、事務所に夕刻来てもらうようにしている。

 午後から事務所を開けていると一本の電話があった。

 お婆さんがオレオレ詐欺系の詐欺にあったとの事。この案件は専門家に連絡して解決した方が善いと思い、警察や消費者生活センターへの連絡を勧めさせてもらう。

「それで解決しなかった場合は、またこちらにご連絡ください。その際は全力でお手伝いさせて頂きます。」

 と、申し訳ないが丁重にお断りした。本当に再度お婆さんから電話があったら、絶対解決してあげようと心に誓う。

 夕方になり、みくるとリアーネがご機嫌で訪れた。きっと吉報を待ち侘びているのだろう。

「では、結論から。藍里さんは自宅の部屋に居たよ」

「そうなんだ〜、取り敢えず居場所が分かってホッとしたぁ。でも良く部屋に入れたね」

「まあね。方法は企業秘密という事で」

 インビジブルの件はバレるまでは黙っておこう。テヘ。

「元気そうだった?」

「ん〜元気といえば元気だったんだけどちょっと問題があってね」

「藍里に何か問題でも?」

 訝しげな表情で質問してするみくる。

 度ストレートに答えよう。

「正直に言うよ。彼女は仙人界から来た九尾狐の妲己という奴に操られている。洗脳されているって言ったほうが分かりやすかな」

「妲己、洗脳…つまり、やばい状況にあるって事ね」

「まぁ簡潔にいうとそんなところだ」

 みくるが一瞬でへこんでしまったのが手に取るように分かる。

「へこんでいる時に悪いが、今後の対応を考えて話を続けていいかな?」

「…うん」

「藍里さんを救う為にはその妲己って奴を倒さなければならないんだ。だけれど倒すのは容易ない。そいつの姿を少し見たんだけど、強力で禍々しい妖気を持っているのは直ぐに分かった。恐らく今の仲間全員で挑んでも勝てないだろう」

 絶望的な話してどうするんだと思いつつ、これは仲間の為なんだと自分に言い聞かせる。

「だから暫くは藍里さんに近くのはやめた方がいい」

「放っておけということ?」

「ある意味そうなんだけど、そういう訳ではないよ。現状ではどうすることも出来ないというのが事実であり、危険極まりない相手だから暫く様子を見るといったところかな…説明が上手く出来なくてごめん」

「ううん、源九郎の気持ちは伝わってるよ。危ないから今は手を出さない方がいいって事だよね。心配してくれてありがとう」

「分かってもらえて善かった。これからは異世界の件も含め,打倒妲己を当面の目標にして入念に準備を整えてから挑もう。それまでの間は藍里さんの情報収集を怠らないようにするという事でいいかな?」

「分かった。わたしも強くなれるように頑張るね!」

幸福感

 あらかた報告が終わり「源九郎ありがとう」とみくるはお礼を言って帰って行った。その際に俺は勇足しないよう付け加えて注意喚起しておくのを忘れない。

「みくるちゃん理解してくれたかなぁ?」

ミーコが心配そうに話しかける。

「理解してくれてるはずだ。心配なのは想いが募って一人歩きする可能性があるという事。まぁそうならないようにしなきゃな」

 相手が相手だけに無策で挑むのは絶対に賢明ではない。

「それはそうと、無限覚醒以外で強くなる方法も考えなきゃな」

「この前覚えた魔法を鍛えるってのはどうかな。泉音ちゃんを修行相手に誘ってみたらいいんじゃない?」

「それは良いアイディアだな。でも魔法の修行は場所がかなり限定されてしまう…」

「こっちの世界で魔法は存在しないもんねぇ」

 だがここで我ながら素晴らしい発想が出て来た。

 泉音を誘ってキャンプに行こう!山奥に行けば修行し易い場所があるはずだ。

 素早くスマホを取り出し泉音に連絡する。

 今度の土曜日から日曜日にかけてキャンプに誘うと二つ返事でOKをくれた。ヒャッホーと心で歓喜していると、「じゃあみんなにも声をかけてみるね」と言って通話終了。どのみち異世界者付きで二人きりは無いので良しとする。

 展開早すぎだろというツッコミは不要だけれど、その日から土曜日まで、毎日ミーコと一緒に天気予報を気にしてテレビを観た。ついでだが毎日観てると自然にお天気姉さんの名前も覚える。

 当日は朝の7時に駅で待ち合わせ。駅に着くと泉音は勿論、みくると治志も予想通り来ていた。

「おはようみんな!」

「おはよう」「おはようございます」

異世界者を含めて合計6人から挨拶を返される。

「電車に乗ったら4人はどうする?」

「私たちは電車の上に乗車するので大丈夫ですよ」

 シルフのリアーネがそう答えた。リアーネ、ルカリ、ミーコの3人は人間として振る舞えるだろうけど、グレムリンのミニョルはどう足掻いても無理だろう。3人の心遣いが見えて微笑ましいな。

 心配していたみくるも笑顔を見せているのでホッとする。

 電車の中ではUNOを楽しむ。治志が無双すると言っていいほど強かった。武道に通じてるから駆け引きが重要なゲームは得意なのかも知れない。

 和気藹々と楽しんでいたのだが…

「あれ!?何で泣いてるの源九郎?」

「え!?ああ、ゴミが入っみたいだ。目薬差さなきゃな」

 泉音が声をかけるまで自分の涙に気付かなかった。

 みんなが笑顔で遊んでるのを見たり、その中に俺も居る幸せを感じていつの間にか勝手に流れてたんだな。

 朝から幸福感で涙とは…

 この1ヶ月ちょっとで多くの異色な経験をして、人生が大きく変わったからか…

 何処かの記事で読んだけど年齢を重ねて涙もろくなるのは、感情移入しやすくなったのでも、感受性が豊かになったのでもなく、大脳の中枢の機能低下が原因らしい。

 見た目は若返った俺だけれど、脳の機能には影響が無かったようで。

 リュックから目薬を取り出し、目に差して誤魔化す俺であった。

山キャンプ

 治志がUNOで10連勝を達成しようとする頃、目的の駅に到着した。駅は古臭く周りを見渡す限り自然でいっぱい。今回のキャンプは一応修行がメインなので出来る限り人気が無い田舎を選んだのだ。 電車と他の乗客数人が見えなくなったのを確認してからミーコらと合流。

 直ぐに目的地の山へと歩き出す。

「電車の上はどうだった?」

「気持ち良かったよ〜、リアーネの風の盾で風圧も抑えてくれたから」

 とミーコ。

「異世界で種族の違う者同士が話しをする機会は殆ど無いので、異種族の話しをする貴重な時間でしたね」

 とルカリ。

「ミニョルも話せば愉快な人なので、異世界では考えもしなかったですけれど仲良くやっていけそうです」

 とリアーネ。

「あっちでは悪者扱いだからな。だが気のいい奴も結構いるんだぜ」とミニョル。

 電車の上で異種族同士の親睦は深まったようである。

 既に林に入り、勾配のある山道を歩く。

 泉音がちょっとしんどそうだ。文化系女子だから仕方ない。

 俺は身体能力UPのお陰で全然平気。

 治志は日頃から鍛錬しているので平気。

 みくるも体育会系で陸上やってるので平気。

 異世界者に至っては、浮いたり飛んだりしてるので全く問題なさそうだ。

 山中のどこでテントを張るかは決めていない。ただ修行に最適な場所を探しひたすら歩く。

 1時間半くらい歩くと平たい草原が見えて来た。好都合なことに近くに小川もある。

「みんな!ここにテントを張って昼食の準備をしよう!」

「ふぅ…着いてよかったぁ」

 泉音には山道が堪えたようである。

「ミーコとリアーネは悪いがここら辺を探索して来てくれないか?特に人がいないことを確認して欲しいんだ」

「OK!」

「任せてください」

 二人は快く引き受けてくれて、それぞれ上空に飛んで行く。

 俺、治志、ミニョルでテントを張り、泉音、みくる、ルカリに昼食の準備を任せた。

「キャンプって楽しいですね。源九郎さん」

 最年少の治志がそんなことを言ってくれた。

「お、治志が楽しんでくれてるのは嬉しいな〜」

 偏見かもだが最近の高校生は昔ほどアウトドアを経験してないと思い、自然を楽しめるのかなと密かに気にしていたのだ。

 面倒臭がると思っていたミニョルがテント張りを楽しそうにやっている。グレムリンってのは機械いじりが好きだからだろうか。

 テントを4つ張り終えた頃に、女性陣の調理場からカレーのいい香りがして来た。

 泉音は料理が得意なので味は保証されているだろう。逆にカレーを不味く作る方が難しいかもしれないが。

 ミーコとリアーネも帰って来た。ここら辺は人の気配は感じられないとの報告を受ける。

 全員揃い、大自然の青空の下で食べるカレーは最高だった。

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