阿波尻治志(あばじりはるし)
熱いお茶、いや冷たい麦茶が良いだろうか?悩んでるよりお客さんに伺った方が早いな。
電気ポットの水を入れ直し再び電源を入れる。
以前勤めていた会社では営業をしていた。だからという訳ではないが、お客さんをもてなす作法は少しくらい心得ている。
程なく入り口のドアが開き人影が見える高校生くらいの少年。
「こんばんは、先ほど電話した者です」
「こんばんはいらっしゃいませ、どうぞこちらへ」
話しをするテーブルへ誘導する。
「熱いお茶と、麦茶のどちらがよろしいでしょうか?」
「あ、すみません麦茶でお願いします」
「ミーコさん、麦茶をお願いします」
「はーい」
大人の姿に化け尻尾を隠して、耳髪の中へ隠す工夫を施し、見た目はほぼ人間の姿と変わらくなっているミーコに頼んだ。
「私は所長の仙道源九郎と申します」
「僕は阿波尻治志、高校1年生です」
見立て通りの高校生。
「今日はどのようなご相談ですか?」
雑談から入ってもよかったのだが、此処は単刀直入に質問する。
少年は暫く考え上手く言葉が出ない様子だ。人生相談所に来るほどなのだから余程の相談事だと推測する。まさか恋愛相談とかそういった類では無いだろう。思春期の少年にとっては、恋愛相談だとしても重要な事だとは思うが…
「信じてもらえないかも知れないんですが…」
「大丈夫ですよ、言ってみて下さい」
相談者が話しやすいよう慎重に言葉を選び促す。
「1週間ほど前の事なんですが、部活の帰りにいつもの道を歩いていたんです。辺りは薄暗くなっていて、10m以上離れた人の顔も判別できないくらいだったかな…」
「はい」
「前から何かが向かってくるのが見えて、最初は子供か大きな犬かなと思ってたんですが、近づくに連れて変な走り方をしてるのが分かって、それが僕に突っ込んで来たから避けたんです…」
「危険を感じたんですね」
ミーコが運んでくれた麦茶を勧めるか迷ったが、阿波尻少年が話しを止めてしまうのを恐れやめた。
「それでそいつが何なのか確認しようとした瞬間、身体に電撃が走ってそいつが目の前にいたんです」
「そいつは何だったんですか?」
「どう伝えたらいいのか…この世の者とは思えない姿をしていて、ロードオブザリングって映画にに出て来そうな化物のようなやつと言って分かりますか?」
「知ってますよその映画、だから想像はできるかも知れません」
あの映画はシリーズ通して3回繰り返して観た。抜群におもしろかったよなぁ。
「そいつが日本語を喋って更に驚いたんです」
「何て言ったんですか?」
「契約は完了した。この先、俺とお前は永い付き合いになる。と言いました」
大丈夫
「契約ですか…」
俺とミーコ、泉音とルカリのような関係が少年にも生じた事はまず間違い無いだろう。
「話しを続けていただけますか?」
「勿論です。それからずっとそいつに付き纏われていていました。3日後にある事件が起きたんです」
「事件?」
「買いたい物があって商店街に出掛けたんです。表通りを歩いていたら裏通りの方から怒声が聞こえてきました。気になって駆けつけると1人の女子高生が5人組の不良グループに絡まれていて、それを止めようとしたら袋叩きにされてしまって…」
阿波尻少年の話しがまた止まってしまった。
「阿波尻さん、大丈夫ですよ。麦茶でも飲んで一息つきましょう」
「ありがとうございます」
二人とも麦茶を飲んだあと、阿波尻少年は続きを話し出してくれた。
「執拗に蹴られたり殴られたりして僕の中で不良グループに殺意が芽生えたんでしょう。良くないことだと分かってますが、怒りに任せて“殺してやる”と叫んだんです」
人間が人間に殺意を覚える事は、原始的本能から考えると誰にでも起こり得るだろう。だが法治国家において危険性のある言葉である事は確信的だ。
「叫んだ後どうなったんですか?」
「実はその後の記憶が全く無くて、気付いたら不良グループの全員がボロボロになって倒れていました。僕は怖くなって、同じく倒れてい女子高生を担いでその場から立ち去ったんです」
「そうですか、不明な点はありますがだいたい理解できました」
俺は昨日の夜、泉音が言った映画“グレムリン”の話しを思い出していた。
泉音が見かけたのはこの少年と…今まさにテーブルの上で座し、俺の目の前で不気味な笑みを浮かべている生物の事だろう。
「阿波尻さん、ちょっとだけ待ってていただけますか?」
「あ、はい構いませんが…」
「ミーコ、コイツも妖精か?」
「そうだよ、“グレムリン”って謂う妖精の種族なんだけど悪戯好きなのがたまに傷かな」
こいつには失礼だが、ケット・シーやエルフと違って可愛いらしさは皆無。映画のグレムリンに出てくるキャラほど不気味では無いが、実際に見るとちょっとグロくて不気味だ。
「初めましてグレムリンさん」
「ケラケラケラ、治志と違って普通に話しかけてくれたな。喜ばしい事だぞ」
「とりあえずテーブルから椅子に移動してもらえるか?」
「お、いいぞいいぞ」
グレムリンは驚くほど素直に椅子へと移動してくれた。少年は驚いた顔をして俺の方を見ている。「そいつが怖く無いんですか?」
「あ、ああそうですね。驚きはしましたけど怖くは無いかもです」
普通の人間がいきなりグレムリンを見たら恐怖心を覚えるのが当たり前だ。だが俺は2種の妖精と面識があり、耐性が整っているのかグレムリンを見ても恐怖心は湧いて来なかった。
悪鬼
「俺の名は源九郎。名前を教えてくれないか?グレムリン」
「人間のくせに生意気だがいいだろう。グレムリンのミニョルだ。良い名だろケラケラケラ」
「阿波尻さんと契約を結んだようだが、どうやら関係が上手くいってなようだな?」
「ケラケラケラ、コイツがオレを警戒し過ぎなんだよ。話しを全く信用してもらえねえ。ま、見た目がこんなんだから仕方がないといえば仕方がない」
「お前は阿波尻さんとの関係を改善したいのか?」
「このまま治志を支配するのも手だが、それでは契約が意味を成さない。良好な関係を築く事がオレにとっても望ましい事ではあるよな」
「分かった」
俺は短い時間で阿波尻少年に妖精や精霊との契約について如何なる説明の仕方が適切かを思案した。「阿波尻さん、今から話す事は信じ難い事が多いかも知れませんが、落ち着いて冷静に聴いて下さい」
「わ、分かりました。冷静に聴きます」
その後、阿波尻少年に妖精や精霊との契約、世界の綻びなどについて、可能な限り簡潔かつ分かり易く説明した…つもりでいる。
「ご理解いただけましたか?」
「少しは理解できたと思います。僕にくっ付いてるグレムリンのミニョルは、それほど悪い奴ではないという事が分かっただけでもスッキリしました」
「それは善かったです」
次はグレムリンに問わなければならない。
「不良グループとの事件があった時にお前はその場に居たんだろう?」
「ああ居たよ。居たけどオレは姿を消して手を出さずにただ見てただけだ」
「手を出さなかったのが善いか悪いかは分からんけど、全員が倒れるところまで見てたんだろ?何があったのか教えてくれ」
「治志に発動した“悪鬼”という名のスキル属性に問題があるんだよ」
“悪鬼”という名称が如何にも悪そうだ。
「恐らく使用者が精神的に幼い故に、スキルを制御出来ず暴走しているんだろ」
ミニョルは真面目に言っているようだ。精神力の不足が原因なのであれば…
「阿波尻さん、突然ですが貴方に宿ったスキルを検証しなければないようです。今から自由に動ける場所に移動しましょう!」
場所の目処は立てている。多目的ビルの屋上。ちょっときついが外階段から屋上まで夜でも行く事が出来るのだ。
事務所の鍵をかけ、ミニョルもミーコと同様に浮遊術っぽい事が出来たので、それぞれひとっ飛びで多目的ビルの屋上へ着いた。階段は無意味だったな。
「阿波尻さんスキルを使用する心の準備は整ってますか?」
「い、一応、整ってます…」
前回は記憶が無い訳だから不安なのは仕方が無いだろう。
「では目を閉じて、難しいでしょうが怒りを呼び起こすような出来事をイメージして“殺してやる”と言って下さい」
「はい、やってみます」
目をとじて5分ほど掛かったが少年は言葉を発する。
「殺してやる」
妖刀村正
すると少年の身体から黒霧が湧き上り顔を集中的にを包み込んだかと思うと目が光を放ち出す。まるでウォー○マンの怒りモードの様だ。
「阿波尻さん大丈夫?」
意識が残っているか確認しなければ。
「殺す、殺してやる」
もはや問い掛けにも応じない。意識は吹っ飛んでるな…
「ヴォン!」
音がしたかと思うと、少年の右手にいつの間にやらライトセーバーの様な剣?が握られている。
「ヴン!」
少年の剣が俺目掛けて振り下ろされた。
凄まじいスピード!間一髪で右に避ける。
俺の動体視力は格段に上がっていた。この間バッティングセンターで200kmのボールをホームランしたが、店員やお客さんの注目を浴びてしまい少し照れた。
などと考えている暇は無いらしい。2撃、3撃と次々に攻撃が繰り出される。
あの剣に当たったらただじゃ済まないだろう。良く考えたら実戦は初めてな事に気付く。俺ってば大丈夫だろうか!?
目には目をだ。俺は手を開き、右腕を真上に上げて叫ぶ。
「出てこい村正!」
掌が光り、そこに長刀が現れギュッと握りしめる。村正には紫色の霧のようなものが纏わり付く、謂わゆる妖刀だ。
1週間程前に無限覚醒で発動させた代物だが、刀の練習は一度もしていない。こんな事なら素振りくらいやっておくべきだった。
次の攻撃を避けずに村正で受け止める。
よし、防御は出来た。だが少年を斬って捨てるわけにはいかないから攻撃が難しい。峰打ちで気絶させるのがベストだろうが、少年の動くは早くそんな隙も無さそうである。
「ミーコ!阿波尻さんの攻撃を避けて隙を作って欲しいんだがいけるか?」
「ちょっと怖いけどやってみる!」
ミーコが少年の前に躍り出て「あっかんべ〜」した日本人のアクションを我がものに出来ている。そんなん通用するか!と突っ込もうとしたが、意外にこれが効果的面!少年の標的が俺からミーコへ完全に替わったようである。
少年のミーコに放たれる乱撃は遅くなるどころか手数が増す毎に早くなっいく。その証拠に、最初は余裕の表情でヒラリヒラリと華麗に回避していたミーコの顔に余裕が無くなった。早く少年の隙を見つけて気絶させねば!
やばいと感じたのか、ミーコが少年から距離を置く。
少年は距離を詰めずに左手を下の斜め後ろに構えた。もしや、遠距離攻撃!?
案の定、拳に炎が宿りそのまま腕を振って火の玉をミーコ目掛けて投げつける初動が見えた。
「此処だろ!」
俺は一気に接近し腕が伸びきったタイミングで、少年の顎下を村正の峰で下から渾身の力で振り抜いた!
精神力UP!
「バキッ!」
というありきたりだが痛々しい音が聴こえた。手応えあり!
少年はその場に膝を落とし、力無くうつ伏せに倒れた。
「ナイス源九郎!」
ミーコは火の玉を無事に回避出来たようである。
「ミーコもグッジョブ!」
本気で攻撃出来なかったとはいえ、何度もやばい場面があった人生初の戦闘は終了。
少年が契約で得た“悪鬼”が強力な事は実戦を踏まえだいたい理解した。上がっていく身体能力、武器を具現化、遠距離攻撃可能、まだまだ未知数な部分は多いが…
「始めるか」
倒れている少年の頭部に右手を当てる。出てきたスキルは“身体能力UP”、“武器能力UP”、そしてお目当の“精神力UP”。俺は迷わず“精神力UP”を発動させた。
現状でベストなスキルがあって善かった。胸を撫で下ろしホッとする。
「源九郎、今ソイツに何したんだ?」
終始傍観していたミニョルが問う。
「人間でいうところのおまじないをかけたんだ。これで悪鬼を制御できるはず」
無限覚醒の存在を知られる訳にはいかないので俺は半分適当に答えた。
「ミニョル、この子を事務所まで運んでくれないか?怪我の手当てをしてあげたいんだ」
「ああ、いいぜ。大事なパートナーだからな」
ほう、コイツでもそんな言葉使うんだな。実は良い奴かもしれない…
事務所に帰り着き、1時間ほど経過して少年は目を覚ました。
「お、目が覚めましたね阿波尻さん。怪我の痛みはどうですか?」
「え、僕は怪我したんですか?っ痛!」
顎を抑え痛みを堪えている。
「骨は大丈夫ですか?」
「普通に話すと少し痛む程度だから大丈夫です」
善かったと思う反面、顎の骨を砕いたと確信していたのにこの程度のダメージ。悪鬼は防御力もかなりあるらしい。
俺は此処までの経緯を、無限覚醒の件を除いて説明した。
「えっと、僕は悪鬼状態の記憶が無いんですけど、次に使用した時は気絶せずにスキルを制御できると考えて良いんでしょうか?」
「100%の保証は出来ないけれど、強力なまじないをかけたので大丈夫だと思いますよ」
「念のため試してみたいですけど、今日は疲れてしまったので止めておきます」
「ですね。それが良いでしょう」
時計を見ると10時過ぎだった。
「あの、料金の方はおいくらでしょうか?」
「将来の戦友から金銭は受け取れないな。代わりと言っては何だが、治志と呼んで良いかい?俺と友達になってくれ!」
と右手を差し出す。
「え、構わないですし良いんですか!?ありがとうございます!」
堅い握手を交わす。
これでまた仲間が増えた。こうなったら100人目指してみようじゃないか!いや多過ぎだな。
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