刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ47~49

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

「蓮左衞門!」

「合点承知にござる!」

 声のみで意思疎通を図った仙花と蓮左衞門は、互いに背中を合わせる立ち位置に構え、複数人で襲いかかって来る賊に応戦する。

 芥藻屑は数において比較するまでもないが圧倒的優勢である為、そこに明らかな油断が生じ揃いも揃って隙だらけの雑な攻撃を仕掛けた。

 一度きりとはいえ、芥五人衆が一人の雅楽奈亜門との命を賭けた決闘は、仙花の戦闘に関する成長に大きく寄与している上、賊どもの動きは「速剣」の技量に遠く及ばない。

 仙花の目には賊どもの動きなど止まって映った。

 幾多の剣線の先を読み、安全な位置に素早く重心を低くして移動し、最も近い敵の脚を狙って風鳴りによる一閃を叩き込む。

「っ!?」

 最初の犠牲者は脚に違和感を覚えたものの、あまりの剣速に痛覚の反応が遅れて何が起こったのか理解出来ずに戸惑う。

「ぎゃっ!?」

「ひっ!?」

「なっ!?」

 仙花の勢いはそのままに、流れる様な剣技によって立て続けに三人の腕や腹やらを切り裂いた。
 あっという間に攻撃を仕掛けた四人に致命傷を負わせた様を眺めていた賊どもは、直ぐに攻撃を仕掛けるのを躊躇し立ち止まる。

「なっ!なんだこいつは!?ただもんじゃねぇ!?」

 賊の一人が声に出して驚き周りの者も数歩後退りした。

 片や彼女の背中を守る蓮左衞門は仙花の様に攻撃を避けず、敵の武器を刀で強引に弾いては無防備になったところを次々に斬っていく。

「どりゃぁっ!」

「ごわぁっ!?」

 剣速の速い仙花の薄く綺麗と云ってはなんだが線の様な斬り傷とは異なり、蓮左衞門に斬られた敵の傷は太く粗い為、多くの血飛沫が噴出し広範囲の地面を真っ赤に染めていく。
 とは云っても、それは仙花の流れる様な剣技を例えるなら「流剣」、蓮左衞門の剣技は豪快な「剛剣」という違いだけで、決して彼の剣技が優れていないという訳ではなく、敵にしてみればむしろ派手に斬り倒されていく味方を見て心底ゾッとしていたほどである。

 予想外の展開に苛立つ鷲尾雷角が手下に怒号を飛ばす。

「ちっ、この二人なかなかやるじゃねぇか。野郎ども!馬鹿みてぇに突っ込んでないでちっとは考えて攻めやがれ!!」

「「「おおっ!!」」」

 仙花と蓮左衞門の驚異的な強さに怯んだ手下が怒号の圧力を受け、別の恐怖心から気合を入れなおした。

「ぎゃーーーっ!!」

 と、此処で鷲尾雷角の耳に西の方からも悲鳴が届く。
 言わずもがな、西の方では暫しの居眠りを禁じられた雪舟丸が封印を解かれた化け物が如く、縦横無尽に暴れていたのである。

「あっちにはてめぇらの仲間が居るんだな?」

「…はて?何のことやら。せいっ!」

 鷲尾雷角の問いに対して適当な返答をした仙花が風鳴りを振りまた一人の命を断つ。

 と、西の騒動に目を奪われたままの鷲尾雷角の横へ、白の羽織を着た侍風で顔の整った少年と云っても差し支えないほど若い男が現れた。
 少年に目を向けようともしない鷲尾雷角が彼の名を呼ぶ。

「千里か…」

「ええ、天才剣士の可惜夜千里(あたらよせんり)が参上しましたよ」

「ケッ!」

 己から「天才剣士」とさらりと言う少年を鷲尾雷角は嫌っているようであるが、その言葉自体を否定しないところを見ると実力は確かなのかも知れない。

「雷角さん、彼方の方は僕に任せてください。まぁこちらも手強い相手の様ですが…韋駄地様が加勢に来るまで精々持ち堪えてくださいね」

「…てめぇ。朝一から生意気な口をきいてくれるものよ。まったく目障りな顔だ!とっととと行きやがれ!」

「は~い♪」

 少年は美しくも屈託のない笑みを見せ、戦場にはおよそ相応しくない軽い返事をして西へと跳ねる様に走って向かった。

 このやり取りの間にも仙花と蓮左衞門は刀を休ませず、向かって来る敵をバッサバッサと斬り捨てる。

 二人で倒した敵の数はこの時点で既に三十人を超えようとしていた。
 後ろを振り向かずに仙花を心配する蓮左衞門が声をかける。

「仙花様!大丈夫でござるか?」

「儂は大丈夫。というか、闘うことに段々と嬉々たるものを感じておるくらいだ」

「…そっ、それは頼もしい」

 元気な蓮左衞門の表情が僅かに曇り、いつもと違う歯切れの悪い返しをした。

 今、仙花が斬っているのは悪党といえども人である。つまり、彼女の言った言葉の裏には人斬りを楽しめているという意味も含まれており、蓮左衞門は仙花の強さに嬉しさを覚える反面、十六の若い少女の心中に若干の不安を感じていた。
 しかし、その考えは平穏で正常な状態でこそのものである。こと戦に於いては殺るか殺られるかの命懸け、人情云々はかえって人を斬る腕を鈍らせてしまうばかりかその所為で命すら落としかねない。
 蓮左衞門は頭を横に強く振り「無用な考えは捨てろ!」と己に言い聞かせ、また幾度となく敵を倒したのだった。


 一方、鷲尾雷角による命を受け、逃げる囚人を走って追うは忍者の紅樹である。

 一般の民が脚力にも優れる忍者から逃げられる筈もなく、あれよあれよという間に最後尾の女が追いつかれようとしたその時!

 紅樹の前に颯爽と現れ立ちはだかるは、里のくノ一頭領にして「妖の銀狐」とも呼ばれる容姿端麗なお銀の姿であった。

「おっと残念!此処から先は絶対に通さないよぉ…あんたぁ、あからさまに忍者の格好をしているけれど…ふ~ん、どうやら駿河の者のようだねぇ」
 
 お銀の登場に一瞬怯んだ紅樹が即座に冷静さを取り戻し、相手が何者かを探ろうと会話を合わせる。

「…里は捨てた。今は芥五人衆が一人、『忍剣』の果綱紅樹(はてづなこうじゅ)を名乗っている。して、俺の行手を阻む貴様の名は?」

「フフフ。あたしはくノ一の『お銀』。別に覚えて貰わなくても結構よ。自己紹介はあんたのお仲間の沙河定銀にたっぷりとしたのだけれど、すぐ殺しちゃった後で『時間の無駄』を痛感しちゃったのよねぇ」

 沙河定銀の名を聞いた紅樹の表情が曇る。と云っても、彼は忍び装束を身にまとい、顔は覆面で覆われているため真に感情を読み取ることは難しい。

「なるほどな。通りで一晩経っても蛇腹へ戻らぬわけだ…もしや、雅楽奈と四谷も貴様が殺ったのか?」

 囚人を追っていた筈の果綱紅樹はすっかりと脚をとどめ、可能な限りお銀から情報を訊き出そうとしていた。

 もちろんそんなことは百も承知のお銀。彼女からしてみればいくら重要性の高い情報を流しても、どうせ殺してしまうのだから全く構わない。むしろ囚人達が安全な場所まで移動する時間稼ぎに都合が良いくらいのものである。

「その二人を殺ったのはあたしじゃないよ。あんたが此処へ来るまでに見かけた少女がいるだろう。彼女、仙花様が雅楽奈と四谷の二人を倒したのさ」

「……あの娘がねぇ。人は見かけによらぬものだ…」

 お銀の耳に届くか否かというほどの小さな声で果綱紅樹は呟いた。
 そして何かを思い立ったのか、背中に手を回して結んだ鞘から刀を引き抜く。

「貴様らが何者かは未だ把握しておらぬが、芥藻屑の敵であることは重々理解した。どうやら貴様を此処で斬り捨て、急ぎ囚人どもをなんとかせねばならぬ状況のようだ。押し通らせてもらうぞ」

「あらあらあら、楽しい会話をもう終わらせるきかい?あたしとしてはもっと会話を楽しみたいのだけれどねぇ。ところで…!?」

 お銀が無理矢理会話を続けようとした矢先、此度の敵襲は芥藻屑にとって存続を左右する事件と悟った果綱紅樹が、もはや「話しなど不要!」と言わんばかりにお銀へ刀を向けた!

 素早く懐へ入り込まれた一撃だったが、お銀は難なく攻撃をかわし、敵の隙だらけの首を狙って手刀を叩き込む!

「シュッ!」

「!?」

 だが叩き込んだ手刀には何故か手応えがないまま空振りに終り、先程まで見えていた果綱紅樹の姿が霧のように消えた。

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