刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第1話 旅立ち ノ11~13

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 仙花が受け取った黒板をまじまじと眺めると、縦書きで四つの文字が刻まれていることに気づきく。文字は光圀からみっちりと教わり大体読めた。

「鳳来極光(ほうらいきょっこう)….じっさま?」

 これは何?という分かりやすい表情の仙花に光圀が頷く。

「その刻まれた『鳳来極光』の文字は恐らく刀の名じゃな。とにかく柄の穴にはめてみよ。驚くものが見れるぞ」

 意味深な言葉を聞いた仙花が躊躇せす柄の頭部分の空洞に石を入れる。
 石はすんなりと入り、カチッと音を立てて柄の中で固定された。

「よしよし綺麗にはまったな。ならば先程と同じように鞘から刃を抜き見てみるが良い」

「….うん」

 仙花はコクンと頭を縦に振り、またゆっくりと丁寧に刀を鞘から引き抜く。

「おお!?」

 僅かに動かしただけで刀に異変が起こったことを悟った。否、仙花で無くとも誰であれ気付かずにはいられなかったであろう。例えそれが盲目の者だったとしても。

 刀の鍔(つば)の先にある白いハバキ、その先から伸びる刀の刃が鞘からほんの少し姿を現したが、その刃から眩い光が溢れ出したのである。

 薄暗い部屋の中で目にした光は眩しすぎて、耐え難くなった仙花は刀を鞘へ「キン」と戻した。

「じっさまの言ったったようにしかとお驚いた。なんなのだこれは!?刀が、刃が光を放ちおったぞ!?

「こっこっこっ。今のがこの刀の真実の姿であろうな。実は先に渡した黒板は六年前に道端で倒れておったお主を拾った時にのう。近くの草むらの中に落ちていたのを見つけて大事にしまっておったのよ」

 …二人の出逢いは六年前の話である。

 光圀が諸用で江戸に出向き二泊滞在した後、早朝より馬に跨りながらの帰路。その日は小雨の降り注ぐ生憎の天候であった。

 雨によって状態の悪い山道を力半分の速度で馬を走らせる光圀。彼の被る竹笠からは雨水がほとばしっている。

 その右後方には同じくして馬を走らせせ護衛役を勤める藤間滝之助の姿があった。
 滝之助が見通しの悪い前方に何かを見つけ馬の速度を上げ光圀に並ぶ。

「光圀様!馬を止めてくだされ!道のど真ん中に人が倒れております!」

「なんだと!?」

 光圀が素早く手綱を引き馬の脚を止めた。
 二人は馬から降り、腰に帯びた刀の柄に手を掛け、山賊がいるかも知れないと周囲に気を配りながら倒れる人物に近づく。

「子供、か?」

「身体の丈からしてどうやらそのようですな」
 
 雨の降る中、ずぶ濡れになり道のど真ん中にうつ伏せで倒れる人物。それこそが後の刀姫こと仙花であった。

 

 ピクリとも動かない子供の側に寄り、生死を確かめるため背中に触れ軽く揺する。

「どうじゃ。その子は生きておるか?」

「少しお待ちを」

 揺すっても子供が反応を示さず、光圀の問いかけに答えられなかった滝之助が、子供の後頭部に左手を添え抱き抱えて鼻に耳を近づけ息を確かめた。

「……息はしておる様です。しかし、雨に長く打たれていたのか身体が途方もなく冷たい….」

 聞いた光圀が子供を案ずるような表情をし滝之助に指示を出す。

「その者を儂の背中に振り落とされないようきつく結べ。社まで連れ帰る」

「なっ!?なんですと!?」

 滝之助が自分の耳を疑い聞き直す。江戸の時代初期は人の死体などが道端に転がっているのは珍しくなく、飯を食わせていけず親に捨てられた子や、親を失い彷徨う子供も少なくなかった。
 人間性云々は別として、何の気まぐれか光圀の「連れ帰る」という言葉が信じられなかったのである。

「連れて帰ると言ったのじゃ!ぐずぐずするな!早うせい!」

「しょ、承知!只今っ!」

 怒気とまではいかないが久しく感じる光圀の覇気に当てられ、滝之助は子供を抱いたまま慌てて自身の馬のところまで戻り、布巾着に入れておいた縄を取り出した。

 想うところがあり、同じくして馬を寄せた光圀に進言する。

「光圀様。誠に失礼ながら申し上げます。いくら子供といえども人を背負って馬を走らせるのは余りにも負担が大きゅうございますゆえ、拙者が背負わせていただきたく存じます」

 止まない雨の降る中、光圀が自身の身体を気遣う護衛役に薄く微笑みかける。

「気遣いは無用じゃ。儂も何に突き動かされているのか分からんのだが、その子は儂が守らなければならぬと強く感じておるんじゃよ」

「左様ですか…ならば」

 光圀の表情を窺い、これ以上の問答は無意味と悟った滝の助は光圀の背後に回り、絶対に不具合が起きぬようきつく慎重に子供を縛りつけた。

「では、失礼します!」

「うむ」

 子供を背負って馬に乗ろうとする光圀を手伝う滝之助。
 しっかり体勢が整ったことを見届け、自身も馬に跨ろうとすると。

「滝之助!そこの草むらに微かに光る何かが見えた。すまぬが確かめてくれ」

「はっ!」

 短く返事をし光圀の指差す草むらへ小走りに駆け寄った。

「なんだこれは?………..」

 草むらの中で淡い光を放つ黒い板。
 初めて見る摩訶不思議なそれを用心深く広い上げ、訝し気な面持ちで確かていると、黒い板は淡い光を放つのをやめた。

「光が消えおった…この世の物とは思えん不思議な板よ…」

「滝之助!何をしておる?早うそれを持って来い」

「たっ、只今!」

 光を失った黒い板を目を丸くして眺めていた滝之助が光圀に急かされ慌てて渡す。
 光圀も興味津々といった具合で手に持った板を眺める。

「もう光は出さぬか…それにしても面白い手触りじゃな、鉄とも石とも違う…..ん!?文字が刻まれておる。鳳来極光(ほうらいきょっこう)とでも読むのか……ともすればこの娘の持物かもしれん。一先ず儂が預かっておくとしよう」

 光圀は謎の黒い板に刻まれた文字を読み上げ懐に入れたのだった。

 馬に騎乗し手綱を握った滝之助が竹笠を手で突き視界を広げ曇天を見上げる。

「これは如何…雨が激しくなってきましたな」

「この娘のこともある。滝之助よ、全力で馬を飛ばすぞ!付いて参れ!」

「はっ!」

 幼少の頃より馬の扱いに慣れ、人より優れた乗馬技術を持つ光圀が馬を飛ばす!

 山道を颯爽と駆け抜ける。
 雨粒が大粒となり、風もさらに強さを増すが馬の速度が落ちる気配は無い。
 
「みっ…」

 拾った娘を背中に背負い込み、泥濘む道を晴天時以上の疾さで駆ける光圀を抑えようと、声を掛けようとした滝之助が言葉を呑む。

「ああなってしまった光圀様を抑えようなどと案ずるは馬鹿の極みというものか…」

 代わりにそう呟いたものだ。

 降り止まない雨のなか馬を飛ばし続けた甲斐もあり、二人は予定よりずっと早く西山御殿に辿り着くことができた。

「光圀様、ゆっくり降りてくだされ」

「分かっておる。安心せい」

 光圀が滝之助の手助けを借りながら慎重に馬から降り立つ。

 馬の「ヒヒン」という鳴き声で二人の到着に気付き、社の掃除をしていた絹江が傘をさし外に出て来た。

「お帰りなさいませ光圀様。滝之助さんもご苦労様です」

 会釈する絹江に滝之助が無言の会釈で返し、光圀は流石に疲れた顔だったけれども絹江の顔を見てニカッと笑みを浮かべた。

「只今帰ったぞ絹江。土産に山で娘子も拾って来た。身体が冷えておるゆえ即刻湯を沸かしてくれんかのう」

「今なんとおっしゃいましたか!?」

 聞いた絹江は鳩が豆鉄砲を食ったような顔にり聞き返した。
 理由は話すまでも無いが滝之助と似たようなものである。

「詳しい話しは後ほど致す。とにかく風呂の湯を沸かすのが先決じゃ!」

「承知しました。直ぐに沸かしましょう」

 絹江も光圀の性分は十分に理解している。二度は問わずにさっさと風呂の準備に取り掛かったのだった。

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