「分身の術かっ!?」
「そうだ!」
くノ一のお銀が不可思議な現象を忍術の一つである「分身の術」と分析し、即座に判断するや否や、背後から果綱紅樹の低い声が聞こえ斬りかかって来た!
「ドンッ!」
「ぐっ!?」
ほぼ反射的に反応したお銀が向きを変えずそのまま後ろ蹴りを放つと、刀を振り下さんとしていた紅樹はそれをもろに鳩尾へ喰らい、痛みと息苦しさでよろめき堪らずお銀から距離を取った。
此処でようやく紅樹の方へ振り向くお銀が冷たく笑う。
「フフフ。あんたも馬鹿な男だねぇ、声を出すなら斬り捨てたあとにすべきというものさ。まぁ、声がしなくてもあんたの殺気で気付いちゃぁいたけどねぇ」
お銀の発言は嘘か誠か、それとも彼女の気を読む力が優れているのか、もしかすると果綱紅樹が忍者として未熟なだけなのか?
何にせよ、若くしてくノ一頭領の座につくお銀の忍者としての才能は天賦のものと云えた。
「たかがくノ一が、まぐれの一撃を入れたくらいで調子に乗るなよ」
「あらあらあら、あんたの忍者としての誇りを傷つけちゃったかしらねぇ。でも安心していいわよ。その未熟で小さな誇りを完膚なきまでにズタズタにしたあと殺してあげるから」
薄い笑みを浮かべ片目を瞑り話すお銀には余裕と色香があったけれど、果綱紅樹の目には不気味な女として映っていたかも知れない。
「語るは易し、だな。面白い。その口から漏れた戯言が、どこまで真に迫っているのか闘ってみれば分かること…」
紅樹が己の顎下あたりで手を組んで僅かに瞼を閉じ精神統一を図ったかと思うと、カッと開けて力のみなぎる眼をして素早く印を結び忍術を発動させる。
「忍法雷遁の術!雷絶飛翔(らいぜつひしょう)!」
叫んだ紅樹の両手に一瞬で白光の雷が宿り薄笑いを浮かべる。
「くくく、こいつで丸焦げにしてやるから覚悟しろ!」
「あらあらあら、そんな小さな雷で大丈夫かしら?」
お銀が発動した忍術を笑い飛ばす間に紅樹が彼女に向かって疾る!
「死ねっ!」
間を詰めて右腕を突き出したその時!
「雷遁の術!剛龍白雷(ごうりゅうびゃくらい)!」
お銀が攻撃されるのを待ちかねていたかのように同系統の忍術を発動させた!
彼女の全身から眩い光が溢れ、その光が瞬く間に幻想的な龍の形を成し大きな口を開き紅樹を襲う!
「ピシャァァァーーーッ!!!!」
「なっ!!?ぐっ!?ああああああああああ!!?
雷龍に呑み込まれた紅樹の痛烈な悲鳴が轟いた!
お銀の身体から光が消えると、役目を果たした雷龍もまた消えていく。
雷龍の消えた場所には、うつ伏せで倒れたままの果綱紅樹の身体がピクピクと痙攣を起こしている。
「ふ~ん。かろうじて息はしているようだねぇ。あれを喰らって生きてるだけでもご立派だわぁ」
口では褒めているけれど、お銀の口調と表情は極めて冷たい。
実際のところ、彼女の繰り出した雷遁の術「剛龍白雷」の威力たるや、自然界が時折起こす落雷にも匹敵する。
彼女は
落雷の直撃を受けた人間の生き残れる確率を考えれば、果綱紅樹がかろうじてでも生存していることは幸運?であった。
が、その幸運は美しくも圧倒的強者であるくノ一によって無意味なものと化す。
「何も言い返して来ないのは呑気に気絶でもしているからかしらねぇ…」
お銀はそう語りかけつつ懐から短刀を取り出し近づく。
そして、鞘から刃を解き放って気を失う果綱紅樹に言う。
「あたしが正義の味方なら、瀕死のあんたを見逃すっていう馬鹿げた選択肢もあるのかも知れないけれど…残念ねぇ。あたしは仙花様の味方であって正義の味方ではないのよ。だからあんたの命は此処で貰っておくことにするわぁ。それに忍者のあんたを見逃してやっても碌なことがないだろうしねぇ…」
「ザクッ!」
彼女は果綱紅樹の首を容赦なく深々と斬り裂いた。
首から大量の血が流れた彼の身体は、やがてピクリとも動かない屍と成り果てた。
「さてと…蛇腹から逃げ出す族がちらほらと見えるようねぇ。残らず狩っておくことにしようかしら」
お銀はそう言ってまた動き出したのだった。
朝陽がゆっくりと昇り始め、薄暗かった蛇腹に陽が差し込み明るくなって来た頃。
何十人もの敵を単独で相手取り闘い続ける侍の姿がそこにあった。
彼があの世に送った敵の数は、此処まででなんと五十人を超えていた。
「ヒュン!ヒュン!ヒュン!」
「っ!?」「が!?」「な!?」
また勇気を振り絞り向かって来る三人の敵をいとも容易く葬る。
他に類を見ない恐るべき速さの剣速は「神速」と表現しても、過言どころかむしろ足りないくらいであろう。
最初はこれだけの人数でかかればどうにかなるものと踏んでいた敵衆も、次に次に積み上げられていく死体の山を目にし、腰の引けている者、戦意を喪失して仲間が散りゆくのを呆然と眺める者、中には闘うことを放棄し蛇腹から逃げ出す者まで出始めていた。
この人間とは思えぬ所業を成している男の名は、仙花一味の居眠り侍こと雪舟丸に他ならない。
周囲から敵が居なくなりつつある彼の目の前に、自称「天才剣士」の少年?可惜夜千里が姿を現した。
正面に剣術の極達人を見据えた可惜夜千里(あたらよせんり)が薄い笑みを浮かべる。
「とんでもないお人ですねぇ、あなた。たった一人でこれだけの人間を殺せる方は早々いませんよ…でもまぁ、これくらいの事なら僕でもやってしまえそうな気がしない、でもないですが…」
「…ほう、少年。それは大きく出たものだな」
少年?の物言いに表情の変化に乏しい雪舟丸が微かにニヤリとした。
「あっ、因みに僕は若く見られがちですがぁ、少年と呼ばれるような年齢ではありませんよ。二十歳の立派に成人した大人ですのでその辺お間違いのなきよう」
「……それを聞いて少しばかり安心した。流石の俺も少年を斬るのは些か抵抗があるのでね。っと、すまん。勝手に無謀な闘いを挑んでくるものと判断してしまったが、相違はないか?」
美少年ではなく美青年であることが発覚した可惜夜千里がニコリとして応じる。
「ええ、あなたに挑むことに相違はありませんよ…あっ!そうだそうだ。あなたのような達人とやり合うからには正式に一対一の決闘を申し込ませて貰いましょう。ちょっと待ってて下さいね」
可惜夜千里そう言って背後に控える芥藻屑の賊達へ向けて告げる。
「皆さん!命懸けのお仕事ご苦労様でした。ですが此処より先のこの場はこの可惜夜千里が預かります。皆さんにおいては中央社の加勢に行くなり、蛇腹を捨てて逃げ出すのもありかと存じます。兎にも角にも居てもらっては足手纏いなだけですのでとっとと消えて下さ~い♪」
最後の方のあまりな暴言に族達は一瞬固まった。が、一番近くにいた者が恐る恐る口を開く。
「へ、へい。お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
その者は場を駆けて去り、周囲の者達も釣られるように二人の対峙する場から姿を消した。
「うんうんよしよし。これで心おきなく決闘に没頭できますねぇお侍さん♪」
今から生死を分けようという決闘に挑む者のとはとても思えぬほど陽気な可惜夜千里。
「おもしろい男だな…折角だ、俺の名は阿良雪舟丸(あらせっしゅうまる)。剣術と睡眠をこよなく愛す者。と、言ったところだ」
五十数人を倒した後だというのに雪舟丸の顔には疲労の色は見られない。
片や寝起きから未だ一戦もせず元気の有り余る可惜夜千里が応じる。
「へ〜、剣術と睡眠?ですかぁ。なるほどねぇ…っと、僭越ながら可惜夜千里と申します。そうですねぇ…雪舟丸さん風に言うならば、『人斬りを極めんとする者』といったところでしょうかぁ…」
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