仙花が郷六へ近づき優しくそっと背中に手をあてる。
「儂は残念なことに未だ人生経験が少ないゆえ、力無き者達の真意は計り知れぬ。だが郷六、其方の無念な想いは儂の心に極めて刺さったぞ…さて、其方らは力を持つ儂らに何を望む?素直に申してみよ」
感情剥き出しに泣いていた郷六にとっては、優しく話しかける仙花の声は十六歳の少女のそれではなく、大袈裟に云うならばまるで女神にでも語りかけられているように感じたものだった。
不思議と心が癒された郷六は袖で涙を拭いゆっくりと面をあげる。
「…も、もし叶うものならば、芥藻屑共に連れ去られた村の民達を、取り戻して頂きたく存じます…」
「うむ、その願い、確かに引き受けたぞ。なぁ~に儂らに任せておけば大丈夫だ。明日にでも芥藻屑は滅び、連れ去られた者どもは帰って来ようぞ」
仙花は即座に言葉と満面の笑みをもって郷六に返答した。
「こ、こんなちっぽけな村のために忝うございます。感謝いたしまする~」
一瞬「本当に!?」というような驚きの表情を見せた郷六だったがすぐさま頭を垂れ、他の村人達もそれにならい「ははぁ」と敬意を払い頭を垂れた。
「ぐぅぅぅぅ」
と此処で空腹を知らせるように腹が鳴り、サッと手で腹を押さえる仙花。
「おっと!?腹が減っておったのを忘れておった。郷六、こんな時にすまぬが何か食い物は残っておらぬかのう?」
郷六がハッとした顔を見せ村人達の方を振り返って訊く。
「仙花様の御一行は旅疲れで腹をすかせておいでのようだ。お前達の中で家に食い物が残っておる者はいるか?」
と、よく見れば村人達の大半は年寄りで若い者は一人も見当たらない。一番若い者でも三十代半ば頃ではなかろうか。
やはり連れ去られたのは十代、二十代の若者ばかりだったのだろう…そんな村人達がそれぞれの顔をのぞいては首を横に振る光景が多く見られた。
「干し椎茸なら何個か残っているかも知れん」
一人の男が郷六に手を挙げて告げた。
「そうか、干し椎茸か…」
渋い顔をしてそう呟いた郷六が仙花の方を振り返りものを言おうとすると。
「いや、これは相すまんかった。其方らは芥藻屑に食糧まで奪われてしまったのだな…気付かず言ってしまったことを此処に詫びるぞ。一晩くらい食わずとも死にはしない。明日の早朝にでも森へ行き獲物を狩って其方らに献上しよう」
「め、滅相もございません!仙花様にそのようなことをしていただくわけには参りませぬ。明日の早朝で良いのであれば、手前どもで準備いたしますゆえ」
仙花と郷六が食糧についてやり取りをしていると…
村人達がざわざわと俄に響めき始め、堰を切ったように一人の男が叫んだ!
「あ、芥藻屑が来たぞーーー!!??」
「なにっ!?」
会話の最中だった仙花は誰よりも早く反応した。
やり取りをしていた二人を含め、その場にいた全員が叫んだ男の視線を急いで辿る。
そこには、馬に跨る浪人風の格好をした二人組の姿が、手に持った松明の火によって薄らと闇の中に浮かび上がっている。そして闇の中から徐々に村人のかたまりへ到達しようとしていた。
仙花の一行が無言のまま二人組の前に立ちはだかる。
横並び並んだ一行は中央に仙花。左にお銀、右には蓮左衞門。だいぶ距離を置いた後方に九兵衛。雪舟丸はこの期に及んで村人達の後方にて立ったまま眠っていた。
「ん!?なんだなんだてめえらは?この村のもんじゃねぇな?」
声で男だと断定できる片割れが中央の仙花に問うた。
「フン」と鼻を鳴らして応じる仙花。
「儂らは道楽で旅をしておる何処にでもいる旅人だ。お主ら、その風貌からして芥藻屑の芥五人衆の者達と見受けておるが間違いないか?」
「……ほう、おもしろい。村人どもにでも聞いたか、我らのことを知っているようだなぁ。如何にも、俺は芥五人衆が一人、速剣の雅楽奈亜門(がらくなあもん)。そしてこいつが…」
「いやいや待て待て亜門。わての名はわてが名乗るから言わんで良し」
先に名乗った亜門に比べ、遥かに背丈の低い男が彼の口を止めた。
「わては芥五人衆が一人、飛剣の沙河定銀(さがていぎん)。わての名は覚える必要はない。ないが一応名乗らせてもらったぞ。極々短い間になると思うがよろしく頼もう」
雅楽奈亜門の方は、体型からすれば四谷流甲斐とさして変わらず普通と云ってはなんだが普通である。一方の沙河定銀と名乗った男は、身の丈が仙花よりも低いのでは?と思わせるほどこじんまりとした体型をしており、顔の真ん中にある赤みがかった大きな鼻が特徴的な変わり者と云った感じだろうか…
「して、芥の屑を代表する二人がこの村に何の要件があって来たのだ?」
皮肉を言われたことに気付いていたが、全く意に介さない様子の雅楽奈亜門が応える。
「おやおや、粋のいい娘さんだなぁ…俺達が再びこの村を訪れた理由を教える恩も義理もないが、疲れているところに若く美しいお顔を拝ませて貰った礼に教えてやろう。今朝、この村を襲った際に逃げた者どもを追って離れて帰って来ぬ仲間が居てな。そいつらを探しているのだが…旅の娘よ。何か心当たりはないか?」
「….お主が探しておる仲間というのは、ひょっとして…いや、恐らくは芥五人衆が一人、四谷流甲斐のことだろうな」
思い起こすような素振りをほとんど見せずして仙花は答えた。
側にいるお銀は何か言いたそうだったが「フフッ」と苦笑だけで押し黙る。
予想外だったのか、四谷流甲斐の名を口にされたことで眉間に皺を寄せた雅楽奈亜門。
「娘、なぜ、その名を知っている?近年悪い意味で少しは有名になっているとはいえ、何処ぞの国から訪れたような旅人が知る由もないはずだが…いや待て、おや!?おやおやおや!?それより何より可笑しくないか?ドンピシャで流甲斐だと言い当てたぞこの娘は!?」
「気付くの遅すぎだよ亜門。剣速は速いが鈍ちんなところは相変わらずだな」
変わり者の仲間、沙河定銀にツッコミを入れられた雅楽奈亜門。どうやら変わっているのは沙河定銀だけではないようだ。
感の鈍いことの発覚した雅楽奈亜門がさらに訊く。
「その口振りならば何処ぞで流甲斐を見かけたのだな?いいだろう。惜しみなく答えれば命を落とすこともあるまいぞ。さぁ話せ、娘よ」
「四谷流甲斐は儂が射て亡き者にしてやったぞ」
「ふむふむ、そうかそうか亡き者にしてやったか、なるほどなる…なっ!?なにーーーっっ!?小娘!お前如きが芥五人衆が一人『烈剣の四谷流甲斐』を倒したと申すのかっ!?」
雅楽奈亜門の可笑しいともいえる反応に思わず笑いかけた仙花が横にいるお銀に問う。
「お銀、此奴らは本当に悪党かのう?とても残忍な奴には見えんのだが」
「フフフ、人は感情によって違って見えるもの。悪党といえども人間。中には悪党然とした悪党でない者も存在しようというものですよ。しかしながら仙花様。相手は芥藻屑の中でも腕利きの悪党、決して油断してはなりませぬ」
「うむ、それは心得ておるよ。人は千差万別在るのが必然。とでも言ったところか、おもしろいのう…」
こうやって人は人を学んで成長するのである。
と、驚きから怒りの表情へと変貌しつつある雅楽奈亜門。
「おやおや、まぁまぁ。俺の問いには答えず柔かに眼の前で雑談をおっ始めるとは大したものだなぁ」
「おっと、悪い悪い。四谷流甲斐は闘って倒したと言うより、逃げるところに不意打ちの一撃をくれてやっただけだ。芥五人衆とやらも大したことはないだな?」
仙花があっさりと侮辱する言葉を吐き、聞いた雅楽奈亜門と沙河定銀の何かが「プッチーーン」と切れる音がしたような、しなかったような…
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