刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第2話 出雲の地へ ノ2~4

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

「拙者も初見あればときめいてござるよ」

「僭越ながらあっしもでやんす」

「う~む、儂も皆に同感じゃな」

 先に口を開いたお銀に続き、蓮左衞門に九兵衛、それに仙花を加えた四人は、雪舟丸の「居眠り歩き」を目の当たりにし、揃いも揃って興味津々のようである。

「然れども、どういう理屈で歩けておるのかのう?近頃噂に聴く盲目の剣士「座頭市」は杖を頼りに歩くと云うが、目を瞑り居眠りしながらしかも杖を使わないとなると、「座頭市」を超えてしまっておるというものだな…」

 仙花の疑問に隣を歩く情報通のお銀が答える。

「仙花様。聞くところによれば雪舟丸は気功術の達人でもあるようでございます。常人の目には見えませぬが眠っている最中も絶え間なく気を張り、いつ何時でも敵襲に備えているらしく、その気を使い身体が自然に動き徒歩を可能ならしめているとのこと…にしても『座頭市』のことをご存知とは流石にございますねぇ♪」

「………ハハハ。理屈は少しだけ飲み込めたが…やはり合点がいったとまではいかんのう…」

「フフフ。この世の森羅万象には理屈では手に負えぬものが星の数ほどございます。もしも、『居眠り歩き』を体得したくばそのうち起きている雪舟丸に訊くのが手っ取り早いかと」

「左様じゃな。長い旅になるのだから機会を見て訊くとしよう」

 と仙花が何となく収まったところで、「座頭市」の名に関心を示しす蓮左衞門。

「お銀さん。拙者は『座頭市』のことは雀の涙くらいにしか知らぬのだが、今までにその姿を目にしたことはござらんだろうか?」

 忍者は諜報者としての側面が強い職である。くの一なるお銀ならば知っているかもしれないと思い聴いたのだった。

 実のところ、光圀が仙花のために呼び寄せた特徴あるこの四人は、各々が元々にして面識がなく、初めて顔を突き合わせたのも十日前であったため詳しい人となりを知らぬ者同士である。

 にも関わらず溶け込んだように会話できるのは一重に昨晩の宴会が功を奏したのかもしれない。

「おや、蓮さんは『座頭市』に興味があるようだねぇ。見たことはぁ…あるよぉ」

 そう言ってお銀は思い出しつつ「座頭市」を目撃した時のことを語りだす。

「詳細は話せないけれど、あれは半年くらい前の任務中だったかなぁ。移動の途中で林の木々を飛び渡っていると、林道で野良の浪人衆に絡まれている小汚い格好の男が目に入ってね。面白そうだったから、大木に身を潜めて眺めることにしたんだよ…」

 お銀の語る「座頭市」の話しを「うんうん」と相槌を打ち真剣に聞く仙花と蓮左衞門を他所に、薬師の九兵衛は持参していた書物を読み始める。武術については余り関心が無いらしい。

 その九兵衛の背後を四、五歩ほど間を置いて眠りながら歩く雪舟丸に至っては、無駄に立派な鼻風船を膨らませていた。

「どのような経緯があったのかは分からぬが相手は三人だった。片や盲目の剣士『座頭市』はただ一人。盲目の剣士一人に三人が三人とも刀を抜き囲むような位置取りをしてたっけ。まぁこの時点で浪人どもの腕前はたかが知れるけれど、あたしの目を惹いたのは『座頭市』の方さね」

 確かにたった一人の、しかも盲目で杖を頼りに歩くような男一人に対し、全員が刀を握り袋にするような輩の実力など総じてたかが知れているというものだ。

「腰に帯びた刀の柄を右手で握ったまま居合抜きの構えを取っていたが……あたしゃその姿を観て心底ゾッとしたよ。なんせ離れたあたしのとこまで『座頭市』の圧が届いてたんだからねぇ。雑魚な浪人どもは気付いちゃ居なかったようだけど…」

 昨夜、西山御殿に侵入した抜け忍「雲隠れの磨伊蔵」と一戦を交えたお銀。

 名は間抜けな雰囲気漂う磨伊蔵だったが、剣の腕前は相当なものであったのは事実である。その手練れを相手に全く引けをとらなかったお銀をして「ゾッとした」と言わしめた座頭市。

 九兵衛と雪舟丸は相変わらずであったけれど、仙花と蓮左衞門の二人はお銀の話しに夢中なり聞き入っていた。

「結末は、結末はどうなったでござるか?」

 蓮左衞門もここまでの話しで結果は概ね予想できていた。しかし、彼はその結果よりもどうやって座頭市が勝利したのかを知りたかったのである。

「フフフ、嬉しそうに訊いてくれるねぇ。そんな顔されたらあたしも話し甲斐があるってもんだ。よしよし、結末を教えてあげようかねぇ…でもまあ勝負は一弾指で決着したよ。最初に座頭市の正面で構えていた男が気合の言葉を吐き斬りかかろうと動いた。そして…本当の『目にも留まらぬ速さ』ってのはああいうのを云うんだろうねぇ。座頭市が動いたのは分かった。分かったんだけど太刀筋がほとんど見えなかった。座頭市の周囲から一斉に斬りかかった三人の浪人どもは皆、腹のあたりから真横に両断されていたよ。振りかぶった刀を振り下ろすことも出来ずにねぇ」

 お銀が話し終え、沈黙する仙花と蓮左衞門の顔を覗き込むと、驚きと興奮からか二人は揃って目を輝かせていた。

原因不明なのだが仙花には光圀に拾われる以前の記憶が無い。よって、降りしきる雨の中、なぜ山道に倒れていたのか本人も知らないし、生みの親の顔なども当然覚えていなかった。
 光圀としては人生最後の我が子とし、蝶よ花よと育て上げ、いずれは何処かの名高い藩主の元へ嫁にやろうと考えていたようだが、彼女を養子として迎えてから数年後、それは儚くも叶わぬ願いとなってしまう。
 仙花は女に生まれながら女の子らしい物などに興味を一切示さず、侍の生き様に憧れるような傾向が強く見受けられ、光圀の想いとは真逆の育ち方をしてしまったのである。

「お銀!もし旅先で座頭市に遭遇しようものなら儂は是非とも手合わせを所望したいぞ!」

 と、座頭市の凄さを聞いて怖気付くどころか実に交戦的な発言をする始末。

 お銀は首を横に振りやれやれといった表情を隠さず述べる。

「手前の話しをしっかり聞かれていたでしょうに。確かに仙花様の剣の腕前は光圀様の折り紙付きと聞いておりますけれど、実戦経験が無いとも聞き及んでおるところにございます。お気を悪くしないでいただきたい所存なれば、座頭市の腕はもはや「神の領域」と云っても過言ではございません。故に、例え遭遇したとしても剣を交えるようなことは天地がひっくり返ろうともあってはなりませぬ」

 お銀に釘を刺され心外だと言わんばかりに頬をぷっくりと膨らませて返す仙花。

「それは残念無念。ならば今よりもっともっと強くなれば良いのだな?してどれほど強くなれば良いのだ?」

 ここで訊かれていない蓮左衞門が空気を読まずに割って入る。

「仙花様は今でも十分に強いでござるよ。そこら辺の浪人どもではとても太刀打ちできますまい。だから焦らず…」

「うるさい黙れ!蓮左衞門!儂はお銀に訊いておるのだ!斬って煮干しにしてしまうぞ!」

 蓮左衞門が話し終える前にキッと睨みつけ、烈火の如く怒る仙花に彼はたじろいだ。しかし言うにこと欠いて年頃の娘が「煮干し」とは…

「も、申し訳ございませんでござる…」

「フン!で、どうなのだお銀?」

 お銀にしては珍しく困った顔をし、九兵衛と雪舟丸の方を見て不意に思いつき答える。

「…….左様にございますねぇ。そこにいる『居眠り斬り』の雪舟丸から寝ている時でも良いので一本取ることができれば…或いは勝負になるのかも知れませぬ…」

「ほぉ〜、寝ている此奴から一本獲れば良いのだな?クックックッ、それなら今すぐ獲ってやろうではないか」

 仙花は「姫」という印象とは程遠い下衆顔をしてそう言った。

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