「…こやつ…己の世界に浸っておるのか…」
寂しいかな。完全に存在を忘れられた仙花。黙して足元の瓦屋根の瓦を徐に一枚抜き取り…
「こらこらこら、儂を無視するでなーーーいっ!!」
「ブン!」
一人ごとを続ける韋駄地に狙いを定めて思い切り瓦を投げつけた!
瓦には彼女の力が十分に伝わり、風の如き速さで一直線に「ゴォォッ!」と音向かい韋駄地の頭へ直撃する直前!
「パッキィン!!」
間髪反応した韋駄地は手刀で最も容易く瓦を真っ二つにしてしまった!
「…徳川光圀の娘とやら、いったい何をしてくれるのだ…俺が何十年振りかに過去の記憶を呼び戻すことがどれだけ貴重で稀なことだと思っている?」
彼の意外すぎる反応と言葉に、「えっ!?なんだなんだ!?芥藻屑との戦の佳境の場面だというのに鬼武者は何を言っておるのだ!?ひょっとして天然が入っているのか!?」というような表情をする仙花が。
「そんなもん知るか!早よう儂の質問に答えい!」
と、蛇腹中に響く大きな声でこれだけ言い放った。
先ほどまで命のやり取りをしていた場面とはとても思えぬほどに場の空気は緩んでしまっている…
「貴様の質問?…………..」
どうやら韋駄地は一時的な物想いにふけっている間に、仙花の質問は完璧に忘れてしまったようである。
「お主は本当に人間なのか?それとも別の何かなのかという質問だ!」
黙り込む鬼武者に痺れを切らし、面倒臭いと思いつつもわざわざ質問を教えてあげる仙花であった。
改めて質問を聞いた韋駄地が元の怪しげで不気味な雰囲気を取り戻し、重々しくも口を開く。
「…そうだったな…俺が己のことを人に話すことなど何十年振りだが…かつて天草し」
「おい、待て!!!また物想いにふける気か!もう『天草四郎』とやらのことは思い出さんでよし!さっさと質問に答えよ!話しが進まぬではないか!」
本来、島原の乱にて百人斬りまであともう少しというところまでいった鬼武者こと韋駄地源蔵には、仙花の一方的な質問に答える義理など微塵も、加えて言うならミジンコほどの義務や義理など無い筈である。だが、そんなことを語り手が言ってしまっては元も子もなく、本当に話しが進まないのは明瞭なる事実であるわけだが…
それを知ってか知らずか、否、当然知るよしもない韋駄地がようやくやっとこさ返答する。
「俺は人間であって人間ではないのだろう…なんせ、身体に『鬼』を宿しているのだからな」
彼からの答えを聞き、何故だか得心のいった顔をする仙花。
「うむ、やはりそうであったか…因みに、お主の言う「鬼」とは恐らく想像上のものというわけでもあるまい。俄に信じ難いが実際のところ、妖怪や怪異の類たる本物の鬼が幼き頃より身体の中に住み着いておるのだろうな…」
仙花は頭に浮かぶ言葉を淡々と喋りながらも、己がなぜ此処まで韋駄地のことを分かるのか不思議に感じていた。
しかし、語る本人が驚いているというのに、分析された方の韋駄地は大して驚く様子もない。
「くくく、お前、俺のことを言い当てておきながら自分自身については良く分かってないらしいな。後ろの二人はそうでもないらしいが…」
韋駄地の視線の先は仙花の背後を向いている。彼女がサッと振り返ると、いつの間にか蓮左衛門と雪舟丸の二人が屋根上まで登って来ていた。
「お主ら…」
「ハァハァ、な、なんとか間に合ったようでござるな。仙花様、助太刀致します!」
蓮左衛門の鼻息と息切れが激しい。彼は仙花に大事があってはならぬと必死に急ぎ登ってきたのであろう。
「いいや。折角だが助太刀は要らぬ。それよりもう少し韋駄地の話しを訊きたい。暫く口を出すでないぞ」
「ぇえっ!?」
助けに参上したというのに冷たくあしらわれた蓮左衛門がガックリと肩を落とす。
その横に立つ雪舟丸が今度は拙者の番と手を挙げてもの申す。
「仙花様!助太刀無用であるなら拙者はそろそろ睡眠に入らせていただいても?」
常人ならば、「こんなところでしょうもないことを」というような嘆願ではあったけれど、雪舟丸にとっての睡眠とは生きていく上で欠かせないのは勿論、他にも大きな理由があったのだがそれはまたの機会にしておこう。
兎にも角にも、彼は久々に大暴れした反動で相当な睡魔に襲われているらしい。が。
「助太刀無用だがそれは絶対にならぬ!最初に言った通り事が済むまでは眠る事を禁じる!良いな!」
「えっ!?あ、はぁ、かしこまりぃ…」
まさかの「起きて黙って見ておれ」的な言葉に、雪舟丸は不貞腐れた顔を隠そうともせず、また不貞腐れた口調でそうボヤいたのだった。
画して助太刀に駆けつけた二人を残念がらせた仙花は、二人の醸し出す雨雲のようにどんよりした空気と、どれほどガッカリさせたかなど全く気にも留めず、韋駄地の方へ向き直し大いなる興味をもって問いかける。
「お主、後ろのこの二人について知っておることがあるなら教えてくれぬか?」
「せ、仙花様!?」
仙花の突拍子もない言動に何故か冷や汗を掻いて狼狽える蓮左衛門。
普通ならば今日会ったばかりの敵にするような問いかけでは無いのだが、彼女は家臣達に対してむず痒さを覚えるような違和感をずっと感じており、韋駄地から己の知らぬ情報を引き出そうとしているのである。
「…やはり、未だ覚醒には至っておらぬか…徳川光圀の娘とやら、どうやら貴様は仙人になりきれぬ子供のようだ。もし貴様が仙人になれた暁にはその二人の正体も容易く分かろうよ」
「…いやいやいや面倒臭い奴よのう。そんなまどろっこしいことをするよりお主に訊いた方が早いだろうと思って訊いておるのだ。早よう答えい!」
「断固として答えぬっ!!!」
「なにーーーっ!!??」
教えてもらう立場の彼女の横柄さに苛立つ韋駄地が「カッ!」と吠え、仙花が納得いかぬとばかりに叫んだ。
今は「芥藻屑との戦」の終焉を語るべき場面であり、最後の砦となる鬼武者韋駄地源蔵との緊迫した一騎打ちの最中ではなかったか?
もはや完全に空気を読めない子と化してしまった仙花が腕組みして言い放つ!
「お主が教えぬなら本人らに訊くまでよ。儂の気持ちがスッキリするまでお主との一騎打ちはお預けだ。良いな!!」
「…途方も無く滅茶苦茶な娘だ。良いだろう、少しだけ待ってやる。さっさと話しを済ませろ」
何処からともなく「いや!待つんかーーーい!」と聴こえてきそうな展開になってしまった。
韋駄地が刀を納めその場にあぐらをかいて座り込み、「空気を読めない子」が蓮左衛門と雪舟丸の方へ向き直す。
「儂はのう…其方らと初めて会った時から何か心がゾワゾワして落ち着かず、腑に落ちないものを感じておったのだ。とは言え、じっ様が並々ならぬ労を要し、其方らを集めてくれたのは知っておった故訊けなかったが良い機会だ。単刀直入に訊く、其方らはいったい何者ぞ?」
凄みを効かす彼女を見てたじろぐ蓮左衛門と、目を閉じ黙って腕組みしながら立ち尽くす雪舟丸。
「ど、どうする雪舟丸殿。仙花様に話すべきでござろうか?」
「…仙花様は我々の秘密にお気付きのようだ。気掛かりを残したままではこれからの旅路に響くやも知れぬ。此処は話した方が賢明であろうな」
雪舟丸の言葉に蓮左衛門がコクリと頷き仙花を真っ直ぐ見つめる。
「ならば簡潔に説明致しましょう!拙者に雪舟丸殿、それにお銀と九兵衛の四人は皆、特別な怪異を身に宿しているのでござる!
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