「何処かに手頃な棒っきれはないかのう…おっ!あったあった♪」
道端に落ちている足の長さほどの竹箒にも使えそうな棒っきれを拾いあげ、嬉しそうに雪舟丸に近づく仙花。
そうとは知らずに居眠りを続ける呑気な雪舟丸。
斯くして一方的では甚だ迷惑な腕試しは開始された。
「おりゃーーっ!」
「ブン!」
「なぬっ!?」
今朝のしゃもじと違い、チャンバラするにはもってこいの棒っきれを本気で当てにいったが、スイっと軽々避けられてしまった。
「えいっ!せいっ!でりゃーーーっ!」
そこからムキになって何度も繰り出す鋭い剣線は尽くおもしろいように避けられ、悲しいかな、全て空振りに終わっていく。
だが仙花は諦めずにしつこく撃ち込み続け、蓮左衞門、お銀、九兵衛が座り込んで見守る中、遂には半刻ほどの時が流れてしまった。
「はぁはぁはぁ…ど、どうなっておるのだ雪舟丸は…寝ているとはとても思えぬ」
弱音を吐いた仙花がとうとう息を切らしその場にへたり込む。
当てるどころか掠りもしなかったとはいえ、半刻ほど本気で撃ち込むという人間離れした体力があることに皆驚愕させられたものだった。
疲労が溜まり動きを止めた仙花に蓮左衞門がここぞとばかりに声をかける。
「仙花様。尽力されているところ言うのもアレなのでござるが、ここら辺でお辞めになっては如何なものでしょうか?このまま続けていては初日から野宿することになってしまいますにござるよ」
「はぁはぁはぁ……ふぅ~、そうだのう。まぁ今日は当てられる気が全然しないしのう…日を改めて挑むとするか…」
仙花が素直に諦めてくれたことで見物していた三人はホッと胸を撫で下ろす。
其の実、一行が西山御殿を出発し歩いた距離はまだ一里といったところだった。
現在の常陸(ひたち)から出雲までの道のりは馬を使わず徒歩ゆえに果てしない。
辿り着くまでには幾つもの国を横断せねばならないのだが、このような調子で留まっていては長い道のりが益々長くなってしまうというものである。
本日中に下総(しもうさ)の国まで到達し、宿をとって一泊する予定であった。
「儂のせいだが遅れを取り戻すぞ!皆の者ついて参れ!」
息を整えた仙花が先頭を足早にスタスタと歩き出す。
先程までの倍はあろうかという速さにお銀は楽々、蓮左衞門はそれなりに、居眠り歩きの雪舟丸も息を切らすことなくといった具合でついていくが、他の四人に比して体力の劣る九兵衛だけは汗だくになり、ついていくのが精一杯という有様だった。
「余り急いで歩かないでおくんなましよ~。あっしは体力に自信が無いのに自信があるんでさぁ」
九兵衛は一行になんとか食らいつくも一里と歩かぬうちに弱音を吐き出した。
「ならば身体を鍛える良い機会ではないか?ほれ!もっと速く歩くでござるよ九兵衛!」
「ひゃっ!?」
喝入れのため蓮左衞門が不意に背中をバンと叩く。が、九兵衛は情けない声を上げるだけでこれ以上素早くは歩けないらしい。
「はぁはぁはぁはぁ、や、やっぱりあっしは駄目な男でさぁ…こんなことならもっと体力をつけておけば良かったでさぁ…」
泣き言を積み重ね、疲労からか歩く速度が徐々に落ち、一行からかなり離されつつあった。
「駄目でござるなぁ九兵衛。う~む、よかろう、拙者がお主の荷物を引き受けるゆえ渡すでござるよ」
「い、いやいやいや。蓮さんはあんなに重い千両箱を背負っている上に仙花様やお銀さんの荷物まで抱えていやす。あっしの荷物まで預けたらいくら蓮さんでも堪えるってもんじゃございやせんか?」
九兵衛の言う通り、既に蓮左衞門は自身の身の丈ほどの荷物を背負い、その中には滝之助がやっとこさ持ち上げた千両箱まである。どう見積もっても常人では考えられない荷物の量であった。
「な〜に、心配には及ばぬ。拙者には今背負う荷物量の倍はいける自信があるでござるよ」
蓮左衞門は平気な顔をしてそう告げた。お銀や雪舟丸に比べてやや影の薄い人物かと思いきや、やはり光圀が手間をかけ呼び寄せただけあり、この男の怪力もまた常軌を逸している。
「そ、そうでやすかぁ…ではお言葉に甘えさせてもらいやしょう」
九兵衛が背負っている薬や材料の入った大きな木箱を地に下ろし、遠慮がちに蓮左衞門へ渡した。
「ほいっと」
蓮左衞門はその木箱を軽々と持ち上げ、荷物群の上に積みヒョイっとまた背負う。
「これで身軽になったでござろう?しかしこのようなことをしょっ中やっていたのでは九兵衛のためにならぬ。できる限り早々に体力をつけるべきでござろうな」
「も、もちろんでさぁ蓮さん。幸いなことにあっしはまだ若い。毎日鍛えていれば体力もつくでやんしょう」
薬師の九兵衛は職業柄人体については殊の外詳しい。ゆえにしっかりとした根拠があっての言葉である。
「さて、豆粒ほどに見えるようになった先を行く三人に追いつくでござるよ」
「へい!行きやしょう!」
背負う荷物が無くなり、手ぶら状態になった九兵衛は元気を取り戻していた。
それから二人は遠くの前を行く三人に追いつくため、大急ぎで走り出したのであった。
蓮左衞門と九兵衛の二人が程なく合流しても暫くのあいだ仙花の早歩きは止まることを知らない。
その甲斐あってか一行は予定より早く旅路を進めることができた。
あと幾ばくも歩けば常陸と下総の境目に差し掛かろうとしたところで昼飯時となり、一行は出発の際に絹枝から頂戴した握り飯を食べようと、川のほとりの満開に咲き誇る桜の木の下に腰を下ろした。
目の前には太陽の光に照らされた綺麗な小川が静かに流れている。
「いやぁ、最高の場所が見つかって良かったでござるなぁ。此処ならば花見気分も味わえようというものでござる」
あれだけの荷物を背負いながら走ったというのに、疲労を感じさせない蓮左衞門はすこぶる上機嫌だった。
「フフフ。蓮さん、折角だから酒でも呑むかい?」
「花見」という言葉を聞き、お銀が腰につけていた瓢箪を手に取り栓を開ける。
「おっと、そいつは水が入っていつのかと思っていたが酒だったのでござるか?」
「フフフ、酒好きのあたしが水なんかぶら下げたって意味ないじゃないか。酔うほど呑むわけにはいかないけれど、少しくらい楽しもうじゃない」
旅先で喉が渇けば普通は水であろうに…
「おっ!?良いのう♪儂にも一杯おくれ~」
昨夜の呑み比べをもって大酒豪確定の仙血を持つ仙花。いつの間にやらお猪口を取り出し無邪気にお銀の目前に差し出した。
「おやおや仙花様。もちろんお酒を呑むのは構いませんよ。ただ、一人一杯限定にさせていただきますので、その辺はご了承くださいましね」
「わ、わかっておるわい…ちびちびとやるゆえ早よう注いでくれ」
念押しされて残念そうにする仙花ではあったものの、注がれたお猪口一杯の酒を舐めるようにちびちびと呑み始めた。
お銀が蓮左衞門と九兵衛にも分けてやり、やっと自身のお猪口にゆっくり注いでいると、いきなり別の誰かの腕と手が視界に入る。
「て、手前も酒を一杯所望する」
視線を上げ誰かと確かめるお銀。
「雪舟丸…お主、随分とまぁ都合良く目覚めるんだねぇ。あんたの起きる時ってのは飯を食べる時だけなのかい?」
「いやぁ、そういうわけではないよ。しかし起きているのが飯時に集中しているのは否定し難い事実ではあるなぁ…」
雪舟丸は表情をほとんど変えず飄々とそんなことを言ってのけた。
「簡単に言っちゃってくれるんだねぇ。あんたが寝ているあいだにうちらには色々あったりするんだよ。その変な居眠り癖はなんとかならないのかい?」
「ならぬ」
雪舟丸は短く答えたあと、お猪口に注がれた酒をグイッと一気に呑み干した。
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