覚醒屋の源九郎     84~88話

覚醒屋の源九郎

アザーム王国

 ジオンが言うにはダークエルフの国は、ゲートのある場所から数百キロ離れているらしく、暗くなってしまう前に途中で手頃な場所を見つけ、一行は一晩の休息を共に過ご過ごす事にした。

 例の古い話の負い目を感じていたのか悟空は、自ら食糧を調達する役回りを申し出て近辺の森に入り、短い時間で5頭の牙豚(きばぶた)を狩り丸焼きにして皆んなに振る舞う。

 一行はその丸焼きの並ぶ焚火を囲み食した。

 その間、太公望はジオンとカルンから四大精霊やダークエルフの国について情報を聞き出す。 四大精霊の国々は地理的にかなりの距離があり、それぞれの国王は曲者揃い。その国王達を説得するのは困難であろうという話しだった。

 ダークエルフの国の名は「アザーム」。

 国民は主にダークエルフ、アンズー、ナイトゴーント、パックの種族で構成されていて、小さい揉め事は多いがそれなりに上手くいっているらしい。

 よくまあそんな種族の集まりで国がまとまっているものだなと太公望は感心した。

 全員の疲れがピークに達していたのか、その晩の就寝は早かった。 翌日の朝を迎え早々に出発する一行。

 途中休憩を取りつつ8時間ほど飛び続け、小さくだがようやくアザーム城が見えて来た。

 近づくにつれ、大きくは無いが賑やかそうな城下町も見えて来る。

 全体的な地形構図は、一番高く灰色の壁が特徴的なアザーム城を中心として周りには城壁があり、その周りに城下町、またその周りには森が広がっているといった具合である。

「此処からは地上に降りて、あたいが太公望と猿の案内役になるよ。城の門近くの飲食店で待機しておくから、ジオンとカルン達は先に行って王に許可をもらって来て」

 ミリシャがジオンにそう伝えたあと、太公望の方へ移動し同じように説明する。

 城下町と森の境界付近で太公望と悟空、ミリシャは地上に降り、他の者達はそのまま城まで飛んで行った。

「ふ〜、觔斗雲に乗っているだけであったが、これだけ長時間だと流石に疲れるのう」

 元々日頃から身体鍛えていない太公望にとってこの旅路は相当堪えたようである。 そんな姿を見て全く疲れを見せない悟空が言う。

「ハッハッハッ修行不足が丸見えだな。オレ様のように日々鍛錬を積まなければこの先は生きていけんぞ」

 此処ぞとばかりに茶化す。

「分かってはおるのだが、サボり癖がなかなか治らん。サボり癖に効く特効薬でも在れば良いのじゃがのう」

 こういった他力本願さが無くなれば、太公望はもっと偉大な仙人になれた筈である。残念な事に本人には野望が全くない。

「さぁお猿さん、小さくなって早く腰巾着の中に隠れて頂戴。城下町は直ぐそこなのよね」

「言われんでもやるから待ってろ」

 ミリシャに言われ、少し不満顔な悟空だったが一瞬で小さくなり、太公望の腰巾着の中へ飛び込んだ。

城下町

 街中に足を踏み入れてからミリシャが説明する。

「城下町はどんな種族でも無許可で入れるが、城には門番が居て許可がないと入城できないんだ。ジオン達も許可取りに時間が掛かるだろうから、あたいらもゆっくり歩いて行くよ」

 了解の素振りをしながら、太公望は喧騒のある街並みを観て感動していた。

「賑やかで活気のある街だのう。国としてもしっかり機能しておるのだな」

「あたい達の種族構成を聞いて無法地帯で陰湿な雰囲気を想像してたんだろ?」

「悪いがそんなところじゃった。しかしわしの予想は180度違ったわい」

 城まで一直線に続く大通りの両側には、造りはそれほど立派では無かったのだが店や宿屋も見受けられた。

 現代人間界にある電気、ガス、水道などのライフラインがあるような環境とは程遠いが、ファンタジーな世界でここまで文化が発達してれば革新的とさえ言えよう。

「これは仙人界も見習わないといかんのう文化が二、三歩先を行っておる」

「城を始めとした建築の技術や文化の知識は我々ダークエルフが築いたんだ。凄いだろ〜」

 ミリシャは得意になって話した。

 いつの間にか巾着袋の中からひょこっと顔を出して街並みを見ていた悟空が口を挟む。

「俺が昔ここを訪れた時にはもっと田舎な感じがしていたけどな。立派になったもんだぜ」

届かず気付かない様子だった。

「これこれ、あまり顔を出すで無いぞ。王に会う前にここで事を起こしては元も子もないからのう」

「ヘイヘイ」

 雑な返事をして巾着袋の中に引っ込む。

「あそこの店で飯でも食べながらジオン達を待つよ」

「丁度腹も減って来たところじゃ、どんな料理があるのか楽しみじゃのう」

 城門の20mほど手前に飲食店がある。この店は建物の造りが他と一線を画し立派に見えた。

 店内に入ると、ざっと20人ほど客席を埋めていたのだが、客の全部がダークエルフで、他の種族の姿は見えなかった。

 人間界で言うところの一流レストラン風である。

「つかぬ事を訊くが、この国の通貨はどうなっておるのかのう?」

「ここの地域では希少な宝石が発掘できる場所が多いくてな。アーザムでは様々な種類の宝石が通貨になってるよ…見てみろ」

 ミリシャが青透明色の美しい宝石をテーブルに乗せて見せた。

「ほう綺麗じゃの。しかしこんな宝石などわしらは持っておらんのじゃが大丈夫か?」

「ハハ、だろうな。もちろん今日はあたいの奢りだよ。だからしっかり王との話しをまとめてくれよ!」

「それはありがたい、安心してご馳走になるとするかのう。ところでどんな料理があるのじゃ?」

 そんな折、巾着袋の中から腹の鳴る音が微かに聴こえたのであった。

メニュー

「はい、どうぞ」

 ミリシャがテーブルに置いてあったメニュー表を太公望に渡す。

 渡されたメニュー表を戸惑いながら開く。

「ふむ、やっぱり字がさっぱり読めなくて分からんわい。おぬし、わざとやっておるじゃろ?」

「ハハッ、太公望ほどの者ならひょっとしてこっちの世界の言語も読めるのかと思って試させて貰った。悪い悪い」

「ほほ〜わしは試された訳か。何か腹立つのう。わしは勉強が苦手じゃから異世界の言語など全く知らんわ」

「だから悪かったって。え〜と特に好き嫌いは無いかな?無いならあたいオススメの料理を注文するよ」

「…お任せで」

 太公望は珍しく顔に出して拗ねていた。

 不意に巾着袋から声がする。

「おい太公望、オレの分も頼むよ」

 二人から存在を完全に忘れられいるのが分かり、悟空に我慢出来ず自ら「食べさせろよ」と意思を伝える。

「ミリシャよ。すまぬが悟空の分も注文してくれんかのう?」

 ミリシャは一瞬だがムッとしてため息をつき巾着袋に向かって話す。

「ふ〜ん、小さくなって巾着袋の中に居るだけでも腹は減るんだねぇ」

「なんだと!この黒エルフ!」

 皮肉を言われ悟空が巾着袋の中から出ようとした。

 太公望が慌てて悟空の頭を押さえつけ、半分出ていた身体を巾着袋の中に強引に戻す。

「待て悟空!落ち着け。その姿を見られてはここに居れんようになる」

 ミリシャはこのやり取りを見て楽しそうに笑っていた。

「残念だったな猿〜。もしお前が猿の姿をしていなければ、ご馳走してやれたんだけどねぇ」

「ミリシャよ、もう悟空を煽るでない。騒ぎになって困るのはわしらだけではないのだぞ」

 ここで三人が騒ぎを起こせば、王に許可を取りに行っているジオン達にも悪い影響しかないであろう。

「最初からこうしておけば良かった」

 太公望の巾着袋を抑える手が緩んだ隙に悟空が飛び出したかと思うと、瞬きをする間に男のダークエルフに姿を変え空いている椅子に座った。

「変化の術も使えるのか!?」

 ミリシャも神通力の万能さに驚かざるを得ない。

「さあて、黒エルフの姉ちゃん。さっきお前が言った言葉を実行して貰うぞ」

「フン、食い意地の張った猿め。分かった分かった注文してやるよ」

 ダークエルフの姿をした悟空が腕組みをして勝ち誇った顔をしている。

「悟空、変化の術は確かに凄いのじゃが尻尾が出ておるぞ」

「おぅ!?急いで化けたから中途半端になってしまったか」

 そそくさと尻尾を服の中に隠し、腕をまた組んで真っ赤になる猿であった。

 やっとの事でミリシャが店員を呼び、慣れた感じで10品ほど料理を注文する。

「楽しみじゃのう」

「この店の料理は本当に美味いぞ!お前達も絶対満足するよ」

 暫くして見た目と香りから間違いなしな料理が次々とテーブルに運ばれて来た。

アザーム王ダリク

「おほ〜!本当に美味そうなもんばっかだな!」

 悟空がヨダレを垂れながらはしゃぐ。

「クソ猿、そんな品性のカケラも無いダークエルフはこの世に存在しない。少しは謹んでくれないか?」

 ミリシャが真冬の氷の様な冷たい視線を送る。

「全くうるさい女だな。これで良いか?」

 ヨダレをナプキンで拭いてキリッとした顔を作る。

「ああ、ずっとそうしておいてくれ。ま、猿には無理だろうけどな」

「てめえ…」

 何か言い返すかと思いきや、不快な顔をしただけで珍しく黙り込む悟空。

 太公望から大きな鶏肉の焼き物を思いっきり口の中へ突っ込まれていたのである。

「もう喋らんでいいから早く食べろ。わしもいただくぞ」

 その言葉を皮切りに三人は食べ始めた。

 ミリシャの食べ方も上品とは言い難かったが、太公望と悟空のガムシャラな食べ方に比べれば上品にさえ見えた。

「美味い!美味いぞ〜これは!仙桃など足元にも及ばんのう」

「美味いとしか言えんが本当に美味いな!今までこんなん食った覚えはない!」

「そうだろそうだろ!この店の味は天下一品だ!」

 休む間もなく食べ続け、テーブルを埋め尽くしていた料理は僅か10分足らずで三人の胃袋の中へ入ってしまった。

「ふい〜食った食った。ミリシャよ、おぬしの言った言葉は間違い無かったぞ」

「ハハッ、満足したみたいだな」

 暫く満腹感で満たされゆっくりしていると、店の入り口にジオンが立っている事に太公望が気付く。

 ジオンも太公望に気付き、テーブルに歩み寄って来た。

「謁見する許可が下りたぞ。王は早急にお前と会いたいそうだ」

「では早速会いに行くとするかのう。悟空、巾着袋の中に戻れ」

「あいよ」

 悟空はテーブルの下へ潜ると変化を解いて小さくなり、素早く巾着袋の中に入った。

 ミリシャが会計を済ませ、4人はアザーム城へ向かう。 城門前へ着き門兵にジオンが告げる。

「謁見の間へ行きたい。門を開けよ」

「ハッ!ジオン様了解いたしました!」

 顔パスである事と、門兵の態度からしてジオンがそれなりの地位に就いていると把握できた。

 程なく門が開き中へ入ると薄暗い大広間となっている。中央正面に2階へ続く一直線の階段があり、その先にある扉のある部屋が謁見の間となっていた。

 謁見の間の扉を二人のダークエルフの兵士が開き、王の御前へと辿り着く。

 玉座には威風堂々としたアザーム王ダリクの姿があった。

「ダリク様、太公望を連れて来ました」

「ご苦労であったジオン、ミリシャよ。下がってよいぞ」

「ありがたきお言葉!」

 ジオンとミリシャは太公望の後方へ下がる。

「お初にお目にかかる太公望と申します」

 太公望は臆せず挨拶した。

「ジオン達からある程度話しは聞いているが、先にワシからいくつか質問させて貰うぞ太公望殿」

傍若無人

「おっと、その前に王へのお願いがございます。ワタシは畏った喋りが得意ではございません。普段通りの話し方で接してもよろしいでしょうか?」

 太公望が和かに許可を求める。

「クックッ、お前は仙人界の仙人道士。畏る必要などない。普段通り話すが良かろう」

「コホン。では、すまんのうダリクよ。質問しても構わぬよ」

 ダリクの顔が一瞬微妙に引きつる。ジオンとミリシャも、否、謁見の間にいたダークエルフ全員の顔が引きつっていた。

「では最初の質問だ。その腰にぶら下げている巾着袋の中には、この世で我らが最も憎んでいる猿が入っているのだろう?」

 太公望はジオンの方を振り向き睨む。

 ジオンは何か伝えようとジェスチャーをしているがヘタクソ過ぎてさっぱり伝わらない。

 ダリクの方へ向き直り答える。

「経緯は分からんが孫悟空の事は既に知っておるようじゃのう。悟空よ外に出て来い」

 「ヒュッ」と音がして悟空が普通サイズに戻り姿を現す。

「やっと楽に慣れたぜ。袋の中は窮屈で堪らん」

 ダリクがジッと悟空を見ている。

「猿、久しいな。ワシの顔を覚えておらぬか?」

 悟空はダリクの顔をジッと見返す。

「う〜んすまん、全くもって見覚えが無い」

 「プチン」と音が聞こえそうなほどダリクの顔が明らかな怒りで豹変した。

「貴様に殺された先代の王アザッドの息子だ!このクソ猿めが!」

 悟空は王の凄まじい怒りのプレッシャーに対し微塵も動じていなかった。

「ジオン達に過去の件はもう話したから同じ話はしないぞ。それでもオレとやり合おうってんなら一つ教えておいてやる」

 悟空は太公望の表情を確認したが諦めているのか止めるつもりは無いらしい。

「猿めが言ってみろ!やり合えば何だというのだ!」

 悟空が耳を掻く仕草をして耳にしまっていた小さい如意棒を取り出す。

「この国の全員が纏めてかかって来ても全て蹴散らしてやる。100年前と同じ歴史を繰り返す事になるぞ!」

 言い終わると同時に通常の大きさに戻った如意棒の先を垂直に床へ叩きつける。

 「ボゴッ!」と音を立てて石の床はヘコみ、如意棒を中心に人を吹き飛ばす程の威力のある衝撃波を起こす。

 近距離に居たダークエルフが吹き飛ばされる。言うまでもなく一番近くにいた太公望も衝撃波をもろに受け、真っ先に部屋の壁まで吹き飛ばされていた。

 衝撃波の威力も去ることながら、傍若無人な悟空の行動に謁見の間に居た全員が驚愕していた。

 ただ一人を除いては…

「ゴルゥアーーーッ!黙って見て居れば何してくれとんじゃーーーっ!アレ使って地獄見せてやんぞ!このボケ猿がーーーッ!」

 吹き飛ばされた際に顔を壁に激しくぶつけ、誰よりも怒り狂う太公望であった。

 忘れられているかも知れないが、この太公望は女性です。

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