測定してみた
ミーコと出会った翌日になる。
俺は起きてすぐに、起業する”覚醒屋“いや”人生相談所“の名刺をパソコンで作っていた。
1時間くらい考えた挙げ句に決定した事務所の名は”源九郎人生相談所“!
安易な発想から出来た名称である事は否定すまい。すぐに100枚作成して10枚名刺入れに入れた。これでいつでも営業が出来る。
拠点となる事務所を構える金が無いので、当面はこの部屋が事務所代わりである。大きな金が入って来たら自宅兼事務所の一軒家でも借りる算段だ。
などと考えていると、ようやくミーコが起きて来た。
「ん〜おふぁよう」
「おはようミーコ、朝食はどうする?」
「ん〜要らない」
「そうか、なら外に出かけるから準備してくれ。手伝って欲しい事があるんだ」
「ふぁかったぁ」
まだ眠そうだな…だが俺はどれほど身体能力がUPしたのか知りたくてウズウズしているのだ。
「源九郎OKだよ〜」
「早いな、いや早すぎるな!」
通常、女の子が出かける準備をするといったら時間がかかると想定していたのだが、ミーコはただ俺が渡したパジャマから私服に着替えるだけで準備OKだったらしい。(顔すら洗っていないようだが)
「よ〜ししゅっぱ〜つ!」
「あいぃ」
なんだこの温度差はと思いつつ、「運動能力測定」をする為に最寄りの陸上競技場まで足を運んだのだった。 歩くこと30分くらいで目的地に到着。
この陸上競技場は平日の午前中であればほとんど無料開放されている。幸い人影は見当たらない。 ミーコにはここまで来る間にやって欲しい事は伝えてあった。
「そろそろ準備をしてくれ〜!」
「メタモフォシス!」
昨夜と同様の大人の姿になった。特に測定には必要無かったのだが、ハイテンションになれるのでドサクサ紛れにお願いしておいた。
ここで残念なお知らせがある。お約束のバリバリと服が破け、素肌が露出する要素は伸縮自在な服によって封印されているようだ。
まずは100m走のタイム測定からだ。
俺はスタート地点に向かい、ミーコはゴール付近に移動する。
「ミーコ〜!さっき言った通りで頼むわ〜!」
「じゃあ始めるよ〜!」
「OK!」
「よーい、ドン!」
「ズザッ」とほぼ出遅れ無くスタート出来た!「風を切って走るとはこのことかぁぁぁ!」っと言ってる間にゴールしてしまった。
暫く止まれずゴール地点から30mほど進んで、ゆっくり歩いて止まった。
「ミーコ!タイムは!?」
「22秒18〜!」
あり得ない、それでは覚醒前より遅いとうい事になるではないか〜!
「ミーコよ、どのタイミングでストップウォッチ止めた?」
「源九郎が足を止めた時だよ〜」
笑顔で答えてくれたが、残念感ハンパなし。
リトライ
「あぁ思い出した」
スタートの仕方と止め方は教えたが、止めるタイミングを教えて無なかったな…
「いいか〜ミーコ、次は目の前の白線に俺が到達した瞬間にストップウォッチを止めてくれ!」
「わかった〜」
気を取り直してスタート地点に向かい息を整える。
「いいぞ〜!」俺は手を振って合図する。
「よ〜い、ドン!」
さっきと同じくらい良いスタートが切れた。スピードも上がった!
「疾風のように駆けるとはこういう事だーーーっ!」
また言ってる間にゴールし、さっきより上手く止まれた。
「ミーコ〜タイムは!」「7秒37〜!」
「はぁ!?間違い無いのか?」
「あちしの動体視力を侮るな〜間違い無いよ〜♡」
マ、マジか!?世界記録を2秒以更新して人類史上最速の人間になってしまった。しかも履いてる靴は安物のスニーカーときている。
「こ、これはただ事では無いなぁ〜、もはや人間かどうか怪しまれるレベルだ」
俺は少し怖くなった。だが高揚感が優っている。
「でも確かに人間としては速いけど、あちしの方が断然速いよ〜」
この人類史上最速の人間を相手に大したことを言ってくれる猫娘だ。
「ほほう、聞き捨てならないなぁ。よかろう勝負だ!」
「いいよ〜負けても泣かないでね〜」
誰が泣くか!と思いつつ、一緒にスタート地点に並ぶ。
「ハンデとして源九郎がスタート言っていいよ」
完全に舐めてやがるな。絶対に勝ってやる!
「じゃあいくぞ!」
「あい!」
「よーい、スタート!」
ドヒュン!という音だけを残してミーコは俺を置き去りにし、50m以上の差をつけゴールしてしまった。
「ちょっとは見直したぁ?」
「あははは〜やっぱ妖精さんて凄いな〜」
俺の目からちょっぴり悔し涙が出ていた。
もうミーコとは体力勝負などするものか!
「次だ次〜!」
気持ちを切り替え、他に3種目やってみた。
記録は次の通り。
○走り幅跳び 11m 45 世界新!
○走り高跳び 4m22 世界新!
○砲丸投げ 30m84 世界新!
うむ、どうやら身体能力だけで言えば人類史上最高の人間になってしまったようである。飛躍的にUPするにも程があるというものだが…
あれ?”身体能力UP“って確か蓮君のスキル選択肢にもあったよな。もし、それを覚醒させていたら…このスキル相当やばい。使用には十分気をつけよう。
「ミーコ〜そろそろ引き上げよう」
「はい水分補給のポカ○」
元の姿に戻ったミーコから受け取り、飲みながら競技場の出口へ歩いていると、ふと上空に気配を感じそちらへ視線を向ける。
光の玉がもの凄いスピードでこっちへ向かって来た!
「なっ!?」
光の玉は俺の目の前でピタッと止まり、眩い光を放ち和風の服を着た美女が現れ話しかけてきた。「我が名は天照、御主は本当に人間か?」
天照(アマテラス)
天照…日本の最高神、神様って本当に存在しているのか…「神々しい」とは正にこの事だ。
「ま、紛れもなく人間であります」
動揺しすぎで戦時中の兵士のような口調になってしまった。
「そうか…御主の魂が他の人間とは異質だと感じて飛んできたのじゃが…」
神様が怪訝な面持ちをしている。
「なんか普通ですみません」
「名は何と申す?」
「源九郎と申します」
「ふむ、武士のような名だな。良い魂を持っておるようだ」
「あ、ありがとうございます!」
神様に褒められてしまった。これは非常に希少な経験だろう。
「ところで、そこのケット・シー!」
「は、ふぁい!」
その様子からミーコが俺以上に動揺しているのが分かった。
「そこの源九郎と契約を結んでおるようだが、“世界の綻び”は説明したのか?」
「も、申し訳ございません!まだで御座います」
「ふむ、まぁ善かろう」
“世界の綻び”、またやばそうな言葉が出てきたような気がする。
「源九郎、我は御主を気に入っておる。“世界の綻び”について説明したいのだが、ここは些か目立ち過ぎる。双方とも我に触れよ」
素朴な疑問だ思うが神様って触れるのか!?
日本の最高神に触れる千載一遇の機会なのであれば、やはり「て、手が滑りました〜!」的なノリで御胸様に突っ込んでみるのは無謀だろうか!?
ミーコもモジモジして動いていない。
見兼ねたのか天照様が両手を差し出してきた。
「ほれ、早よ握れ」
アホな妄想は捨て素直に神様の手を握った。その手は人間の肌の温かみとは明らかに違う、かつて経験したことのない感触がした。恐る恐るだがミーコも続く。
「では目を閉じよ」
「はい」「はい」
「神威転送!」
天照様がそう言葉を放った瞬間、体が浮き溶けた気がしたかと思うと、また地に足が着く感覚がする。
「目を開けよ」
目を開けて周りを見回すと木々の生い茂る林の中だった。
「ここならばゆっくり話もできよう」
「あ、はい」
「“世界の綻び“の話しをする前に、いくつかの世界について話してやろう」
世界っていくつもあるのか?そんな疑問が頭に浮かぶが、ここは素直に天照様の話しを聞いておこう。
「まずは、そなたらが”人間界“と呼ぶこの世界は人間が支配しておるから概ねその認識で善い」
「はい」
「次に、そこの妖精の故郷がある“精霊妖精界”、この世界は精霊や妖精が支配しているが、巨人や亜人などの他種族も現存する。人間界でいうところの“ファンタジーな世界”じゃ」
「なるほど、少し馴染み深い気がします」
ゲームや本が好きな俺には理解し易いかもだ。
「“精霊妖精界”と酷似しておって、数こそ少ないが圧倒的な力を持つ者が現存する“幻獣界”」
幻獣だけの世界ってのもあるんだな…
「そして仙人と呼ばれる者たちの”仙人界“。最も神に近いやつらじゃな」
きっと”太公望“や“申公豹”のいる世界か?
「我のような神や天使、神獣がおる“神界”。そこにゼウスやアテネなどもおるぞ」
有名どころですな。
「最後に魔神や魔獣などがおる“魔界”じゃ。こやつらが最も凶暴であろうな」
ですよね〜、サタンやら何やら恐怖感あるメンツもいて当然か…
「我の知る限りではこれくらいじゃが、他にも異世界は存在しておるであろうな」
「と、取り敢えず多数の世界が存在するのですね」
現存する筈がないと思っていた世界が現存するという神様のお言葉。混乱すると同時に誰かの名言「わくわくすっぞ!」が頭を過った。
その時ミーコは…寝ていた。
世界の綻び
「本題はここからじゃ、人間界が地球という星にあるように、各世界はそれぞれの星にある。つまり、何光年と離れておるが同じ三次元の銀河系にあるということじゃな」
宇宙規模の話しになってしまった。俺はついていけるだろうか?だが少しでも理解したい。
「天照様は何光年と離れた神界からどうやって来たのですか?」
「良い質問じゃ。実はな、人間界ではあまり知られていないようじゃが、魔界を除いてそれぞれの世界はゲートで結ばれておってな、そのゲートを通れば一瞬で何光年も離れた世界を行き来できるのじゃ」
まるでドラエ○んのどこでもドアだな。
「そのゲートって誰でも自由に使用できるのでしょうか?」
「出来ぬよ。ゲートキーパーもおるし、厳しい制限や制約もある」
「なるほど、そのお陰で異世界の秩序が保たれている訳ですね」
「そういう事じゃ。しかし、その秩序が崩壊する予兆が現れたのじゃ…」
「それが“世界の綻び”だよ源九郎」
寝ていたミーコがいつの間にか起きて口を挟んできた。
「天照様、ここからはあちしに話しをさせていただけないでしょうか?」
「そうだな、ここからは御主から話したほうが善かろう」
「ありがとうございます」
ミーコの初めて見せる重い表情。
「10年くらい前に精霊妖精界で空間に亀裂が入ってる場所が発見されてね。エルフ達の研究調査によると、その亀裂はゲートに酷似しているという事が分かったの」
エルフかぁ是非会ってみたいもんだ。本なんかに書かれているような容姿だといいけどな。
「その亀裂がどこに通じているかが問題だったんだけど、結果は最悪なことに魔界と繋がっている事が分かってね。今までの経過から推測すると、亀裂がゲートとして機能するのがこれから約1年後らしい」
「1年後くらいに精霊妖精界に魔界から襲来してくる可能性が高いという事かな?」
「正解!さすが源九郎!」
自身の理解力に陶酔しそうだったが、そんな事も無いのでそれはなかった。
「でね、話し合いの出来る種族で会議したんだけど、精霊妖精界の種族だけで魔界の者達が攻めてきて応戦した場合、絶対無理〜って結論に達したんだよね」
「魔界の奴らってそんなに強いのか?」
「分析されてる戦力だけでも神界に匹敵するらしいの。しかも得体の知れない領域が多すぎて手に負えないんだって」
「必ず攻めて来るとも限らないんじゃないか?」
「過去の前例や魔界の属性から考えて99%以上なんだってさ」
「亀裂を何かで埋めてしまうとか?」
「そこら辺は全て検証されていて、やっぱ無理〜ってなってる」
そりゃそうか、10年前から研究調査されてるんだ可能ならとっくに実行されてるよな。
「10年試行錯誤された結果、大まかに分けた選択肢で応戦、降伏、逃亡、共存の中から応戦が選択されたの」
「え!?戦うのは無理〜ってなったんだよな」
「戦力差を埋める秘策が人間との契約なんだよね。実は精霊や妖精が契約を結んで、能力を覚醒出来るのは、特殊能力が無い人間だけなんだ」
「もしかして、いやもしかしなくても俺と契約したのは精霊妖精界のためか?」
「そうだよ、ごめんね…」
やってやる!
契約の動機が愛だの恋だのが理由では無いと思っていたが、異世界を守るための契約だったなんて…だから命懸けと言ったんだな。
「だから源九郎、1年で力をつけて一緒に精霊妖精界に行って欲しいんだ!」
「行くのはいいが、魔界のやつらと戦わなければならんのだろう?」
「それが目的だから…」
ミーコは恐らく自己嫌悪に落ち入っているのだろう、顔を伏せてしまった。
俺は何を怖がっている?今の俺には幸い失うものはないじゃ無いか!?こんな俺でも世界を救えるかも知れんのだぞ…これはチャンスでもある!命懸けの事は過去に経験が無い。だがここはやってみるべきではないだろうか!?自問自答が長すぎねーか!?よし、決めた!やってやるやってやるぞ〜!こんな時、勇者やヒーローなら何てセリフ言うんだっけ!?
「ミーコ任せろ。お前の世界は俺が救う!」
「ありがと源九郎♡」
少々照れたがミーコが抱きついて来たので、頭を撫でてやった。
「源九郎、よく言った!じゃが魔界の者達は手強い。鍛錬に励めよ!これは我からの餞じゃ受け取れ」
天照様が何か光る物をオラの足元に投げなすっただ(もはや農民感情である)。
手に掴み確認する。こ、これは小判!?
「我はまだ使命がある故、そろそろ行かねばならん。またいつの日か会おうぞ源九郎!」
ヒュン!と音がしたような、しなかったような感じで飛んで行かれましたとさ。
天照様から受け取った小判を数えた。10枚ある。よし、後で換金して当面の生活費に充てさせていただこうではないか!
「時にミーコ、ここはどこだろう?」
「源九郎に分からないなら、あちしにはもっと分からないよ〜」ごもっとも。
「テレポーテーションとか使えないのか?」
「それは使えないけど、飛ぶことは出来るよ」
ふむ、出会った時に飛んで来たしな。
ここはミーコに頼るしかなさそうである。
「じゃあお願いします」
「あーい、あちしに掴まって〜」
ミーコの身体は体積が小さい、俺は地面に伏せた状態で足にがっつり掴まった。第三者的な視線で見れば引くほど変態そのものだろう。
「飛ぶよ〜GO!」
ギュン!と真上に急上昇する。体感速度はジェットコースターを超えている。雲が掴めるくらいの地点でピタッと止まる。
「ん〜多分あっちだなぁ」
「な、何見えるの、か?」
俺は高所恐怖症ではないが、この高さで命を繋いでるのが掴まってる足だけだと思うと、恐怖が込み上げ震え声になっていた。
「源九郎の町は昨日見たばかりだから覚えてるんだよね〜」
「ミ、ミ、ミーコ様よろしければ早めに地上へ降りてくらはい」
「OK!」
ギュン!無事に地上に降り立つことが出来た。嬉しさで溢れていたが、足がガクガクでその場に座り込む情けないヒーロー(予定)であった。
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