覚醒屋の源九郎     79~83話

覚醒屋の源九郎

神通力

「寝ているお前を止めるために何人かの者で数十回に渡って魔法攻撃を繰り返した。その内数発が命中してようやく貴様は目を覚ましたのさ。そのあと勘違いした貴様は更に暴れ回ってくれたがな!」

 カルンの口調は今にも飛びかかりそうなほど荒々しくなっていた。

「ああ、目が覚めた時に感じた違和感や痛みの原因は分かった。冗談を言うつもりは微塵も無いが、これはお互いに不運だったから仕方が無かったという事には…」

 悟空が喋り終わる前にカルンが飛びかかっていた。

「この時を待っていたぞ!王の仇孫悟空よ此処に散れ!」

「ゴガッ!」

 魔法を帯びた剣が悟空の頭部に届かんとする寸前、如意棒で顎を砕かれ後方に力無く吹き飛ばされるカルンの無残な姿があった。

「あ〜も〜面倒くせーーーっ!全員まとめてかかって来やがれ!」

 言わずもがな一団は既に攻撃態勢に入っていた。アンズーがダークエルフ達の前に立って壁となり竜巻を起こす。その後ろでジオンらが魔法の詠唱を開始。詠唱の長さからしてハイレベルな魔法であろう。

「悟空よ!ここは責任を持ってお前が何とかするのだぞ!」

 そう言って太公望は洞窟の奥へそそくさと非難する。

「ヘン!最初からそのつもりだぜ!」

 飛行機のプロペラ並?否、その何倍もの速さで如意棒を身体の前面で回転させる。

 悟空は通常派手な物理攻撃を好んで使用するが、実は強力な神通力を使う事もできるのだ。

 その神通力を如意棒に伝導させ、アンズーが起こした竜巻よりも遥かに巨大で強力な竜巻を起こし一団にぶつける。

 アンズーらの竜巻はあっという間に巨大竜巻に呑み込まれ、魔獣の巨体も吹き飛ばされた。

「ロストヴェイン!」

 狭い洞窟内が既にカオス状態のなか、ダークエルフの上級闇魔法が完成し放たれたが、神通力の籠もった巨大竜巻に一瞬にしてかき消され、ジオンらもアンズーと一緒に巨大竜巻に呑み込まれ洞窟の外まで吹き飛ばされる。

「相変わらず弱いな〜あいつら、歯応えなさ過ぎだぜ」

 悟空が止めを刺そうと動く。

「殺してはならぬぞ!奴らから情報を訊き出さなければならぬからのう」

 太公望がひょっこり顔を出し釘を刺す。

「…確かに情報は大事だな。分かった、全員縛り上げてやらあ!」

 猿は自分で吹き飛ばした一団を追いかけ洞窟を出て行った。

「わしとした事が、あやつの力と人格を大きく見誤っていたようじゃのう。まさかここまでとは…」

 普段は能天気に見え自信に満ち溢れている太公望であったが、悟空の圧倒的な力と過去の事件を知り、随分と想いをめぐらし悩んでいるようであった。

条件

 悟空が洞窟の外に出ると、一団のほとんどはぐったりとしてプカプカと湖の水面に浮いていた。

「何だつまらん、もう終わりか。止めを刺す必要も無しとはな」

 口笛を鳴らし觔斗雲を呼んで飛び乗り、湖に浮くダークエルフとアンズーを一体ずつ拾い上げては湖の外に投げていった。

 全員を野原に集める自分の腕の毛をむしりフッと息を吹きかけると1本1本の毛が鉄の鎖となって地面に落ち現れた。これも神通力のなせる技である。

 その鎖で全員をササっと縛り上げたあと、遠くで岩に座り傍観していた太公望を呼んだ。

「おーい全員縛り上げたぜ!こっちに来い!」

「うむ、仕事が早いのう。今行くから待っておれ」

 そう言って悟空の下まで歩き着いた太公望は、気を失っているジオンの側に近寄った。

 手加減して軽くパシパシと、掌で頬を叩き話しかける。

「おい、ジオン起きるが良い。お前に訊きたい事があるのじゃ」

 叩かれた本人が顔をしかめゆっくりと目を覚ます。

「…チッ、またあの猿にやられちまったのか…何だ?俺から情報を引き出そうとしても無駄だぞ」

「お決まりのような言葉は要らぬよ。では手っ取り早い法方で、おぬしから情報を引き出すとするかのう」

 太公望はニヤッと笑い、悪いことを考えている悪党の顔になった。

「そんな顔をして何をしようというんだ?」

「な〜に、おぬしにはいくら拷問をしても無駄であろうから、情報を話してくれるまで、そこに居る無慈悲な猿めに大事な仲間を一人一人消してもらうつもりでおるよ」

 ジオンの表情が歪む。

「猿も貴様も卑怯者だな」

「そうじゃな、確かにおぬしの言う通りわしは卑怯者じゃろうよ。だが目的のためなら手段を選んでおる暇は無いからのう」

 人を脅す場合、感情を表に出すよりも淡々と非情な言葉を使う方が効果的だ。

「…分かった。ただし、条件がある」

「それも想定内じゃ。条件とやらを言ってみろ」

「情報を話した後で俺の命はどうしようと構わないが、他の連中の命は奪わぬと誓え」

「ふむ…」

 少し考えたあと太公望が口を開く。

「よかろう、おぬしまで含めて命までは奪わぬと誓おうではないか。では最初の質問じゃ。おぬし達は何故、人間界に行こうとしておったのじゃ?」

 一番肝心なところを直球で質問する。

 ジオンは覚悟を決め諦めたような面持ちで話し出した。

「我らの現王ダリク様のご子息であるイバシュ王子の力になるべく、ゲートを通り人間界に行こうとしたのだ」

「なるほどのう。王子のイバシュとやらはもう人間界に行っておるのじゃな。して、その王子は人間界で何をしようというのじゃ?」

「…妲己と共に人間界を支配するためだ」

「なるほどのう…」

 太公望は天才的な頭脳で、様々な考えを高速で巡らせ処理しているようである。

目覚めの粉

「おぬしらの王子イバシュが人間界の支配を目論んでいるのは分かった。それはさて置き、おぬしらも人間界の支配が目的なのか?」

 ジオンの返答如何に寄ってはこの一団を解放する事は出来まい、太公望はそう考えていた。

「…人間界を支配する事は我らの目的ではない。我らの目的はイバシュ様の手助けをする事、ただそれだけだ」

 太公望は密かにホッとする。

「ふむ、おぬしらには教えておかねばならんのう。わしと悟空はな、仙人界のトップ元始天尊から人間界と精霊妖精界の平和を守る命を受けて動いておるのじゃ」

「なに!?貴様はともかく、その猿も平和の為に動いているというのか!?」

 悟空の過去にやらかした事件を鑑みれば、ジオンの反応は至極もっともであろう。

 黙っていた悟空が割って入る。

「オレ様もこれだけ長く生きていれば、色々考えて神格化したいという欲望も出てくる訳よ。そりゃまぁ神格化を志す者なら、それなりの実績を残さないといかんからなぁ」

「ハッ、猿が神になりたいとは笑わせる」

 余計な一言で悟空がジオンをキッと睨みつける。

「まぁまぁ、悟空よ落ち着け。些細な事でカッとなるようでは、神となる道は遠のくばかりだぞ。ジオンも気持ちは分からんでもないが話しが進まんから少し慎め」

 太公望が二人を嗜める。

「でじゃ、人間界を支配する事はおぬしらの目的で無いのらば、他の方法でイバシュを助けるというのはどうじゃ?とにかく、わしと悟空はおぬしらをこのまま人間界に行かせる訳にはいかん。つまり、最悪おぬしらを亡き者にせねばならぬのじゃよ。良く考えてくれんかのう」

 今度は流石にジオンも黙り込み考えているようだ。

「…俺の一存で決められる事では無い。悪いが他の仲間と話しをさせて貰えないだろうか?」

「構わんよ、では待っておれ」

 太公望は腰巾着の中に手を入れ、黄銅色をした薬のような粉の入ったガラス瓶を取り出す。

 瓶の蓋を開け中から粉を取り出し、気を失っている一団にバラ撒いた。

「これは目覚めの粉と云ってな。少しの体力回復効果と意識を失っている者を目覚めさせる事が出来るのじゃ」

 全員にバラ撒き終わり1分も経たないうちに一人、また一人と意識を取り戻していった。

「いててて…あ〜あ、やっぱりあたい達は負けちまったみたいだねぇ」

 ミリシャは目覚めて早々ボヤいている。

 カルンも目覚め、辺りを見回し太公望、悟空、ジオンの姿を確認して口を開く。

「ジオン、此奴らと何か話でもしていたのか?」

 明らかに見た目ではこの一団で最年長のカルン。この3人にの中で何かがあったと察したらしい。

説得

ジオンが感情を殺して話し出す。

「カルン…そして皆にも聞いて欲しいんだが、どうやら俺達は人間界へ行く事は叶わないらしい」

 一団の面々がどよめき出す。

「それはイバシュ王子の下に行く事を諦めるということか?」

 ミリシャがいきり立ち誰よりも早く問う。

「実質そういう事になるな…」

「あ~え〜と、わしから説明した方が早そうじゃな」

 言葉が上手く出て来ないジオンを見かねて太公望が口を挿む。

 一団のどよめきが収まり、全員が太公望を注視する。

「まず、イバシュが妲己らと手を組んで人間界を支配するという目的は絶対に達成させる訳にはいかぬ」

 また一団がどよめき始めた。

「だがのう、お前達の代わりにわしと悟空でイバシュをこちらに連れて帰る事は可能かも知れん」

「おいおい太公望そんな約束して大丈夫か?オレ達はそのイバシュとやらの居場所さえ知らんのだぞ」

「悟空よ、まだわしの話しは終わっておらん。話が終わるまでち〜っと黙っといて貰えんかのう」

「チッ、分かったよ」

 悟空は実力や地位的には太公望より上であり、性格的にも本来はこのように直ぐ折れるような事はない。

 それには無論理由があるのだが説明はまたの機会にしておこう。

「但しイバシュを連れ帰るには3つの条件がある。一つ目は、おぬしらがこのまま国に戻りじっとしておる事。二つ目は、イバシュの居所を教える事。そして最後が重要なのだが、わしと悟空が会うまでにイバシュ本人が取返しのつかない罪を犯しておらぬ事じゃ」

 今度は邪魔が入らぬよう立て続けに話した。

「この条件で納得して貰えんかのう?」

 一団は恐らくイバシュの手助けをすべく意気揚々と国を出陣して来たと思われる。

 初っ端から出鼻を挫かれ人間界に行く事も叶わず、早々に国に引き返すというのは名誉を傷つける行為に他ならない。

 大人しく引き下がってくれれば良いのだが…

「このまま国に帰ろうものなら後世まで恥を残すことになる。それなら死んだほうがマシだ、いっそ殺してくれ!」

 気の強そうなミリシャが一番に吠える。

「やはりそう来るのう」

 太公望は予想通りの反応が返って来てやれやれ顔だ。

「ミリシャや他の者も聞くがよい。わしはおぬしらに無駄死にして欲しくないと願っておるよ。そこでじゃ、わしもおぬしらと共に国について行き、王や国民に理解して貰えるよう説明するつもりでおる。ここは条件を呑んで引き下がってくれんかのう?」

「皆聞いてくれ!俺もイバシュ様を助ける事も出来ずに国に帰るのは痛恨の極みだ。だが命を粗末にする事は違うのではないか!?太公望がここまで考えてくれているのだ。辛いだろうが恥を捨てて国に帰ろうではないか!?」

 ジオンは何よりも仲間の命を最優先に考えているようであった。

国のために

 皆が押し黙っているなかカルンが話し出す。

「かつて我らの国はそこの猿に王を殺され一度滅ぼされた。その時の絶望感は国民の誰しもが感じていたが、生き残った者たちは絶望の淵から這い上がり、血の滲む様な努力によって当時の国力の9割を取り戻す事に成功している。その偉業を成し得えたのは命があったからこそだ。何があっても生きていれば何とかなる!我々はそう学んだ筈。ここで我々が命を落とす事は、果たして本当に正しい事だろうか!?一時の感情に流されず太公望の条件を呑み、命を繋ぎ別の形で国に尽くせば良いのではないか!?皆もよく考えてくれ!」

 カルンはジオンの考えに賛同し、他の者を説き伏せた。

 場の空気は相変わらず重かった。

 意を決したのかミリシャがゆっくりと手を挙げる。

「国のためだ。あたいはジオンとカルンの判断に身を委ねるよ」

 ミリシャに続いて残りのダークエルフ全員が手を挙げようやく全員の意見が一致し、ジオンが代表して太公望に告げる。

「我々は全面降伏する。イバシュ王子の件もその条件でよろしく頼む」

「ふむ、了解じゃ。だがダークエルフの意思はそれで良いとして、アンズーらの意思確認は大丈夫かのう?」

「ああ大丈夫だ。こいつらは長い間我らの同胞として共にいる。言葉を話す事は出来ないが意思は通じている筈だ」

 これで取り敢えず話はまとまったようである。

「そろそろおぬしらの国に向かうとするかのう」

「待ってくれ太公望!お前は我らと共に国に入れるが、そこの猿は無理だ。国の者に見られようものなら即刻大騒ぎになるぞ」

 カルンがもっともな意見を言う。

「そうじゃのう…」

 自分が入国している間は、悟空には何処かで暇つぶしでもして貰おうかと考えていた太公望だったが、よくよく考えてみれば少しでも目を離せばまた問題を起こしかねない。思案しているところへ悟空が話し掛ける。

「そんなの簡単な事だぜ太公望。見てろよ〜ホイッと」

 そう言うと悟空の身体はみるみるスプーンおばさんのサイズまで小さくなった。

「おぬしそんな芸当も出来るのか!?神通力というのは本当に万能じゃのう」

 珍しく褒められた猿は照れながら小躍りしている。

「カルンよこれで大丈夫じゃな?この大きさでわしの腰巾着にでも入れておけば、人の目につくかずに済むじゃろうよ」

「分かった。だがくれぐれも気をつけてくれ」

 ダークエルフは浮遊術、アンズーは翼を広げ上空まで飛んだ。

 悟空は一旦元のサイズに戻り、觔斗雲を呼び寄せ太公望と一緒に飛び乗り上空まで上昇する。

 こうして一行はダークエルフの国にへ向かったのだった。

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