一輪の廃墟好き 第144話~第146話「場違い」「老化」「看護師」

一輪の廃墟好き

 無論、と言っても良いだろう。
 僕の試したいこととは、犯人が意図せず残したかも知れない手がかりを探し出し、特殊能力である「想いの線」を発動させることであった。

 僕に訊かれた淀鴛さんは僅かなあいだに遺体安置室を一通り見渡し。

「…ちょっと待っててくれないか」

 と言って壁に掛けられた電話の受話器に手に取って耳にあてると、恐らく受付かナースステーションであろうところに内線電話を入れ、被害者の衣服の在処を訊き出していた。

 その間、助手の未桜がもう一人の被害者である新川頼子の死体を確かめる。

 年老いた熟女であるとはいえ被害者は女性。こういったケースでも男の僕は多少気が引けるというもので、助手が女性だったことを密かに感謝すらしていた。

 人の手によって殺されてしまった死体は、病死や自然死で亡くなった人の遺体と比べると、やはり目を覆いたくなるような外傷がある場合もあり、今回の殺人事件は鋭利な刃物によるものと予測され、死体には大きな外傷があるはずなのだが、経験が浅い筈の我が助手は、少しも臆することなく遺体をマジマジと眺めている。

「助手よどうだ。犯人に繋がりそうな手がかりはありそうか?」

「…ん~、お婆ちゃんにるとこうなっちゃうのかぁ…ちょっと残念だし怖いなぁ…」

 やれやれ、この娘は何を場違いでおバカなことを言っているのだろうか…

 確かに、男性が歳を取って薄毛が進行し、場合によってはハゲ散らかしてしまう悩みと同等、否、女性にとっての老化というものは、男性の「ハゲ散らかし問題」とは比較にならないほど悩ましいかも知れない。

 だが冷静的でも情熱的でもどちらでも構わないが、なんとなく世間を眺めてみれば、昭和時代の日本人と令和を生きる現代の日本人とを比べると、令和時代の40~60代の女性が如何に美しさを保てるようになったか歴然としているではないか。

 だがしかし、今はそんなことを考えている場合では断じてない。

 僕としては遺体を調べるにあたって髪の毛一本見逃さないよう緊張感を持ってやっているのだけれど、彼女に関しては僕のそれとは程遠く、我が助手ながら呆れるくらい空気の読めない奴である。

 ある意味ではそれでも構わないのだが…

「おい、未桜。老化するのは人間の定めだから考えるまでもないぞ。若い今のうちから精々老けないように勤しむことだな」

「ほ~い♪そうさせていただきま~す♪」

 結構な皮肉を込め、しかも悪態風に言ってみたのだけれど、彼女には僕の意図するところの半分も届いてないのかも知れない。無念だ…

 未桜とそんなやり取りをしているあいだに、淀鴛さんの方は受話器を置いて用事を済ませていた。

「一輪君、今回はラッキーだったな。今から看護師さんが被害者の衣服を持って来てくれるそうだ」

 淀鴛さんが言った言葉の裏には「警察の事情」というものが微かに垣間見えた。

 ほどなくして遺体安置室のドアをノックする音が聴こえ。

「お二人の衣服をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 看護師の断りに淀鴛さんが応え、ドアを開けて白衣を着た若い女性看護師が衣服の入った透明なビニール袋を抱えて入って来た。

 一般的平均レベルよりも身体が丈夫だと自負している僕は、滅多なことでは病院の世話にはならず、看護師の白衣姿がとても新鮮に見え、その女性の素材が元々良好だったためかかなりの美人さんとして目に映ったものである。

 彼女の着ているナース服の胸部付近のネームプレートには、「時田」と漢字で表示されており、その上に「トキタ」とフリガナが振ってあった。

「こちらが新川さんご夫婦の着用していた衣服になります。どうぞご確認ください」

 時田さんが衣服の入った二つのビニール袋を淀鴛さんへ手渡す。

「忙しいところすまなかったね、ありがとう。こっちで確認が終わったらちゃんと返すからね」

「あっ、はい、分かりました。ではわたしはこれで失礼させていただきます」

 時田さんは落ち着いた表情でお辞儀をし、あっという間に遺体安置室から立ち去ってしまった。

 昨日から何故だか年配の方ばかりが登場し、若い女性と接する機会が無かったためか少し残念な気がする。

 と、そんなことより被害者の衣服を調べなければ…

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