たらればの話しをしても仕方がないのはわかっちゃいるが、生きて普通に生活していれば選択肢がとめどなく現れるわけで、僕達は奇しくもそんな世界の住人なのだから、「たられば」の話を持ち出してしまうことは人として当然の行為であろう。
故にもしも、老婆の霊が声を出すことができたなら、淀鴛さんのご両親を殺害した犯人の名前も教えてもらうことができたかも知れない。
或いは声を発っせずとも、僕達が村人達の名前を少しでも把握してさえいれば、かなり確率の低い絵空ごとだったとしても、全くもって犯人像が掴めていない現状からして、瞬時に犯人を確定できればどれほど効率が良く有益なことだろうか…まぁ、こんな展開の物語なぞおもしろみも味気も無いに決まっているのだが…
などとどうでも良いアホなことばかり考えているあいだに、事を終えて?満足したのか否かは知れないけれど、老婆の姿は僕達の前から忽然と消えてしまったのだった…
ふと気付けばさっきまで降っていた雨もいつの間にやら収まっており、空を見上げれば雨雲の間に薄らとした月が見える。
僕と未桜は意思疎通したかの如く互いに視線を合わせると、何故だか自然と笑みが溢れた。
「助手よ、事件の情報を手に入れた事だし腹も減ったしおまけに服が濡れて気持ちが悪い。そこで提案なのだが、民宿までジョギングして帰るっていうのはどうだろうか?」
「良いねぇそれ、手放しで大賛成ってものだわ!♪」
手放しと言っておきながら、さほど長くはない濡れた髪を両手絞りながら未桜は応えたのだった…
テレビのニュースで流れていたお天気お姉さんの言葉を信じ、愚かにも雨具に関しては一切の準備をいていなかった僕達は、雨に濡れて重くなった服を着たまま、事件の所為で廃墟と化してしまった燈明神社をあとにした。
「未桜!地面がぬかるんでるから足下に注意を払って走るんだぞ!」
「んもう、子供じゃないんだからそれくらい分かってるわよ。でも気をつけます~す♪」
いや、年齢的には確かに君は大人かも知れないが、こういう時にまるで子供のように決まってアクシデントを起こすのが鈴村未桜という人間だろ。
僕が懐中電灯で道を照らしつつ先頭を務め、燈明神社へ辿り着くために通った森の道を逆走して駆け抜けて行く。
上空の雨雲がほとんど消えているとはいえ、夕方の森の暗さは夜の闇と等しく変わらず、走って森を突き抜けるような行為は危険極まりなかった。
未桜を気遣って注意喚起はしたものの、当の僕自身が雨によってぬかるんでしまった森の道に足を取られ滑らないよう十分注意して走らなければなるまい。
滑ったが最後、助手の未桜に指を差されてどれだけ笑われるか計り知れないというものである。
僕は走りながら民宿の夕食時間に間に合うか否かということは特に考えず、事件のあった現場で手に入れた灰をどう活かしてやろうかなどと考えていたのだった…
そう、淀鴛さんのご先祖様である老婆の霊から幸運にも得られた超貴重な情報…あの30年前に起きた淀鴛家にとって大きな災いとなった事件が、自殺ではなく他殺の可能性が出て来たことに加え、犯人は井伊影村の住人であるかも知れないということ…
老婆の霊が示してくれた情報を鵜呑みにするわけではないけれど、もし仮にこれらの情報が真実だったすれば、事件現場で手に入れたこの灰は、僕の特殊能力である「想いの線」によって大いに役立ってくれることだろう。
だが正直なところ、僕の想像している通りにことが運んでしまったとして、30年前の事件の謎がほとんど何の努力もせずに解明され、僕は探偵としての素晴らしい推理能力を発揮する場面を失くしてしまうわけだが…
まぁ、そんなに上手く事が運ぶわけが無いし、余り老婆の霊の情報を過信してしまうのは如何なものだろう…
などと考えているうちに、いつの間にやら森の出口がもうそこまで見えて来た。
服のポケットからスマホを取り出し時間を確かめる。
「喜べ助手よ!僕達は燈明神社へ向かった時の実に半分の時間で森を抜けることが出来たぞ!」
「あっ嗚呼…そうですかぁ…わたしお腹ペコペコで死にそうなんだけどぉ…」
非常に残念だ。彼女にとって大幅に時間を短縮したことはさして嬉しいことではなかったらしい…
ともかく、僕と未桜は日頃からジョギングや格闘技の鍛錬を積んでいるお陰を持ちまして、これでも体力にはちょっとした自信があるのである。
僕としては日頃の鍛錬が身を結んだことに喜びを感じていたのだけれど…
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