とりたてて二度も云うことではないかもしれないが、僕は探偵を仕事にして生きている。それも「雇われ探偵」ではなく個人事業主としてだ。
二度も探偵だと云った手前、さぞ探偵稼業を一所懸命に頑張っているものと想像される可能性はあるかもだけれど、実際はそうでもない。 週に二日ほど稼働すればかなり働いた部類に入ってしまうほど頑張っていない。
「じゃあ一つの案件の金が良いんだろ?」などと数少ない友人の一人が訊いてきたものだがそんなこともない。
では何故僕は40時間という法定時間を遥かに下回る労働時間で生活が送れているのか?
もちろん廃墟暮らしで食事にしても質素な生活を送っているということもあるが、それは大きな要因ではない。
引っ張っても仕方がないので呆気なくバラしてしまうと答えは「副収入」だ。
大学時代から趣味の廃墟探索を楽しんだついでにアップしている「廃墟」の動画と、「東大合格術」というタイトルを銘打った動画の二本柱で成り立つYouTubeの広告収入がそれである。
「廃墟探索」の動画はゲームでいうところのFPSスタイル。 「東大合格術」は白い仮面を被っているのでいずれにせよ顔出しはしていない。
折角の美顔を世に知らしめる良い機会を捨てるのは勿体無いが、「探偵」を本業としているのだから「顔出し」はNGに決まっている。
悔しいことに再生回数は「東大合格術」の方が若干上回っている。 東大を首席で卒業した天才の僕が作る受験攻略動画、内容のレベルはもはや有料級なのだから当たり前といえば当たり前なのだが…
それにまぁ僕の場合、本業よりもこっちの副収入の方が多いわけだから、本来なら「副」と付けるのはなんとなくおかしい気もするがそこは適当で。
と、此処まで自己紹介的な話しをザッと雑にして来て僕のことが少しお分かりいただけたことであろう。
「コンコン!」
事務所兼自宅のオンボロドアから軽快なノック音。
時間といい叩く音といい誰がドアの外にいるのか見ずともハッキリと予測できる。
丁度良い機会なので僕以外にも人物紹介をしておこう。
「どうぞ〜」
僕はノック音を発生させた人物にいつものように応えると、解錠されているオンボロドアのノブがガチャリと回り、すっかり聞き慣れた女性の声が一気に部屋を賑わす。
「いっちりーーーん!おっはよーーーっ!!助手のミオミオが只今到着したよーーーっ!!」
半分以上、彼女の方で自己紹介は完了してしまったけれど、改めて云わせてもらうとしよう。
彼女は探偵である僕の助手、鈴村未桜(すずむらみお)23歳さんです。
「おはよ~」
鈴村未桜は朝っぱらからハイテンションな挨拶をしてくるが、僕は敢えてテンションを合さず若干トーンを落として挨拶を返す。
だからといって彼女の元気すぎる挨拶が嫌いなわけではない。どちらかといえばハツラツとした彼女から元気をもらっている感じがして喜ばしい限り。
そんな鈴村未桜の容姿をどのように表現したら良いものだろうか…
例え下手で恐縮だけれど芸能人で例えるならば、少年時代にテレビの再放送で視た若かりし頃のピチピチチャプチャプとした広末涼子といったところだろう。
「ピチピチ」の後にわざわざ「チャプチャプ」を加えたのは、広末涼子が若かりし頃にはスク水を着て水遊びしているイメージしかないからで、特にこれといって深い意味はないので悪しからず。
髪型もショートカットというところが重なっていて、ちょっぴり過言かもしれないが顔も似ていると云って良いかも知れない。
彼女は某有名大学の学生だった頃から僕の探偵事務所でバイトとして働き、卒業後は正社員として働いてくれている。
もちろん、先に述べたように探偵事務所の収入自体は大したことがないため、YouTube 動画の編集者と兼ねての助手として働いてもらっているのだが、控えめに云っても大した給料は払ていない。
だから彼女に、「折角良い大学を出たのだからもっと高給取りの仕事をしてみては?」と勧めたけれど、「いやいやぁ、こんなに楽しくて楽な職場は他に探したってないよ~。それに一輪の助手はミオミオしか務まんないと思いま~す♪」なんだそうだ。
朝、事務所に来てからフリーダムに動く彼女の様子を一日中観察したら、「ああ、こういことね」と呆気なく得心がいったものである。
因みに僕は助手の鈴村未桜のことを親しみの意味を込めて下の名前で「未桜」呼ぶ。
今はすっかり慣れてしまったが、雇用関係にあるというのに未桜も僕のことを「一輪」と呼び捨てにする。
最初の頃は「あり得んだろ」と口には出さずとも流石に抵抗があったので、
「下の名前で呼ぶのは良いけどせめて『さん』くらいは付けてくれないかな」などと注意というかお願いしてみると、
急に瞳をウルウルさせてしおらしくなって見つめられ、「『さん』を付けちゃうと親しみ感が無くなるから嫌だ。ねぇ、一輪で良いでしょ?」と返された日には、
男なら「分かった」か「うん」と白旗を掲げ肯定してしまうしか道はあるまい。
ついでに云っておくと、タメ口を使ってくるのは出会った時から一貫していて鼻から受け入れてしまっている…
「ねぇねぇ一輪、今日は廃墟の探索に行く日でしょ?」
若かりし頃の広末涼子似がウキウキ顔で訊いてきた。
僕は微糖のホットコーヒーを注いだコーヒーカップを口に運び、一口含み喉を通した後で未桜の質問に答える。
「その通りだが…未桜、しっかりと準備はして来たのか?今日探索する廃墟は森の中だぞ」
現在の季節は桜らの咲き誇った春。
パッと未桜を見て、いつもと変わらぬ黄緑のワンピース姿に違和感を覚えた。
「心配ご無用!森が険しかった時用に、ちゃぁんとジャージも準備してあるから♪」
未桜はそう言うと、背負って来た茶色のリュックから赤と白の混じったジャージを取り出して僕に見せた。
「うん、なら良し。コーヒーを飲み終えたらすぐに出発するぞ」
「アイアイサーッ!」
未桜は古臭い言葉で応じ、敬礼のポーズをとっておどけて見せた。
事務所のドアを開けて外へ出ると、5階建ての廃ビルの屋上だけに多少は街並みを眺めることができる。
もちろん周囲にはこの廃ビルよりも高いビルがちらほら建っているため、360度綺麗に眺められるわけではないが、気分転換をするのには十分満足できるレベルだと断言しても良いだろう。
僕が廃墟となった家を借りる際には、屋上の排水管の入り口をゴミが堰き止め、雨水が上手くはけずにとんでもない事態となっていた。
多くは求めないが幾分かは快適な暮らしを求めた僕は、掃除道具を持ち込み体力が尽きるまで一日がかりで綺麗にしたものだった。
因みにこの廃ビルには昇降機、いわゆるエレベーターなどあるはずもなく、各階への昇り降りは全て鉄製の外階段を使用しなければならない。
マイナスではなく普通に考えて不便ではあるけれど、日常的に運動をしない僕からすれば、生活する上で強制的に課される階段の昇り降りは丁度良いのである。
廃ビルの1階は車の駐車スペースとなっていて、車が5、6台止められる面積があるところ、僕の愛車である日産製の中古車フィガロ(モスグリーン)だけがポツンと駐車してある。
フィガロはかなり古い限定車だけに故障をきたした場合、部品を取り寄せるのに時間がかかる上、修理代も結構な額を取られてしまうけれど、モダンな車体のフォルムと車内のデザインに僕の心は奪われてしまったのだ。
狭い車内の後部座席に二人の荷物を置き、運転席に僕、助手席に未桜といった具合で乗り込んだ。
最近の車の主流は車内の空間が広く、ゆったりできることが好まれる風潮にある。
僕の愛車はそんな主流に反して車内が殊の外狭い。
幸いにして僕の身長が170cm、未桜が160cmと二人とも高身長ではないから天井に頭が付いてしまうこともなく、快適とはいかないまでもドライブを楽しむことに不具合などなかった。
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