一輪の廃墟好き 第114話~第116話「小娘」「ヒロイン」「泥酔」

一輪の廃墟好き

 淀鴛さんとの酒を嗜みながらの会話はさらに続いていたが、ふと時間が気になったのでスマホで確認すると、既に22時を回っていた。
 「民宿の食事場で流石にこの時間をまずいだろ」と思い。

「淀鴛さん、これ以上ここに居ては女将さんのご迷惑になりますのでそろそろ…」

 隣の助手は遂に酔い潰れて寝ているし、この場はお開きにして自室に戻ろうと考え言ったのだが。

「おお、もうこんな時間か。じゃあ場所を移して呑み直そうか」

「えっ!?場所を移すって何処へ?」

 予想外の言葉が返って来たので僕は少なからず動揺した。

「そうだな…お嬢ちゃんを君達の部屋へ寝かせて、君だけ俺の部屋に来ればいいさ。なんならお嬢ちゃんを運ぶのを手伝うぞ」

 どうやら淀鴛さんの中で飲み会の続行は確定らしい…
 まぁ淀鴛さんとの会話は退屈しないし、もう少し付き合うか…

「あっ、いえいえ大丈夫です。こいつは今起こして自分の足で部屋へ行かせるようにしますので…おい未桜、起きるんだ」

 僕は彼女の肩を微かに揺らして起こしにかかった。

「ん…い、いや…もう、あるけ、ない、おぶって…」

 ほ、ほほぉ、仕事上の雇用主である僕に二階の部屋までおぶれと。
 
 重々承知しているが肝のすわった小娘だ。

 いくら泥酔してしまっているとはいえ、この甘ったれた成人女子を二階の部屋までおぶってやることはいささか不本意なところである。

 とは言え、このまま彼女を放置していては漏れなく女将(確定)さんの迷惑となしまうだろう…

 時間も無いことだし。

「えぇい、仕方のない奴だ。ほれ、今回だけは僕の背中に飛びつくがいい」
 
 僕はこう見えて人に迷惑かけることを善しとしない人間である。
 身内の醜態をこれ以上さらすのも嫌だし、放置しておく訳にもいかなかった。

「さっすがぁいち…うっぷ」

 未桜が起き上が様に何か言おうとした瞬間、あまり聞きたくはない嗚咽を漏らし咄嗟に手で口を塞いだ。

「いや待て!吐くなよ!ここで絶対に吐くなよ!」

「よろしければこれをお使いください!!」

 いいタイミングで食器を引き揚げに来ていた女将さんが、未桜の窮地を察して差し出したのは、残飯を入れるためのボウルであった!
 「グッジョブ!女将さん!」。僕は心の中で機転を利かせてくれた女将さんを賞賛する。

「ウロロロロロロ…」

 今現在では他に候補のキャラが存在しないため、目下のところ物語の「ヒロイン」たる彼女は完全にそのポジションを喪失した。そう、またもや乙女の恥じらいとともに…

 泥酔とは、正体がなくなるほど酷く 酒 に酔うこと。 泥酔の「泥(でい)」は、中国の『異物志』に出てくる空想上の虫のこと。 「でい」は南海に住み、骨が無くて 水 が無いと 泥 のようになると考えられていて、その様が酷く酔った状態に似ていることから、「泥酔」と言うようになったそうだ…

 僕の探偵事務所の助手である元気娘の鈴村未桜。
 彼女がプライベートをどのように過ごして来たのかはトンと知るところではないけれど、彼女は今宵、23年というまだまだ青い人生の中で最も酒に酔っていたかも知れない。

 冒頭で述べた「泥酔」の意味や由来からすれば、彼女は無残にも己の正体を失っていたのだと思われる。
 地球の自転に従って、つまり普通に明日の朝を迎えた暁には、女将さんに渡されたボウルに胃から逆流した汚物を大量に吐き出したことも、僕がそのあとおぶって二階の部屋へ運び、布団の上に放り投げるように寝かせたこともきっと彼女は忘れてしまい覚えていないことであろう。

 まぁ、彼女にとって今宵の惨劇は記憶に残っていない方が幸せに違いないが…

 さて、僕はこのようにして彼女を部屋に残し、淀鴛さんとの約束通り呑み会の延長戦を実現するため、彼の部屋へと単身で踏み込んだのだった…

 などと少しばかり大げさに云ってみたものの、単なる男同士の酒盛りである。

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