一輪の廃墟好き 第117話~第119話「ハイボール」「有意義な時間」「寝起き」

一輪の廃墟好き

 人によって偏見や好みはあろうけれど、僕は男同士、しかも一対一での呑み会にはなんの抵抗も持っていない。

 軽くそうは云ったものの、無論、無条件で誰が相手でも抵抗が無いわけでもない。

 今回の場合、相手が刑事という特殊な職に就く人間であり、人生経験豊富かつ頭の切れる淀鴛さんだからこそ呑み会の延長戦に賛同したわけだ。

「よぉ、荒木咲君、待ってたよ。適当に座ってくれ。飲み物はウィスキーと焼酎があるがどちらを御所望かな?」

 無精髭が似合う渋メンな淀鴛さんが、ウィスキーのボトルを右手に、焼酎の一升瓶を左手に掲げ選択肢を与えてくれた。

 ここ最近の僕のお酒事情は、流行り云々とは関係なく、これといった切っ掛けは特に無いのだけれど、メッキリすっかり「ハイボール」が大のお気に入りなのである。

 だがしかし、残念ながら淀鴛さんの周囲に氷の入った容器はあれど、炭酸の入ったボトルが見当たらない。

 「ハイボール」を期待するのはちょっと無謀かな…

 とくれば焼酎もアリと言えばアリなのだが…

「良ければハイボールでも吞むかい?」

 僕が躊躇している間に淀鴛さんからの思わぬ提案。

「えっ!?炭酸とかあるんですか?」

「ハッハッハッ!あるよぉ、ほれ!」

 おもむろに背後から炭酸のボトルを取り出した淀鴛さんは、何故だか若干得意気に見えたのだった。

 後から聞いた話によれば、淀鴛さんは井伊影村に来ることを決めてから、「ハイボール」を作れるセットを準備していたらしい。

 僕から言わせてもらうと、「既製品の缶のハイボールでよかったのでは?」と思うのだけれど、本人いわく「それじゃぁ詰まらないだろ」と笑って答えた次第である。

 兎にも角にも僕と淀鴛さんのささやかなる呑み会は始まった。

 二人とも、特に淀鴛さんに至ってはかなりの酒量をいっているはずなのだが、酔ってロレツが回らなくなるようなこともなく、意外にも饒舌な感じでスラスラと会話できたものである。

 その内容は、僕を信用してくれているのか、表面にこそ表れていないもののただ単に酔っている所為なのか、淀鴛さんは職務で経験した貴重な体験談を話してくれた。

 これでも僕は元廃墟たる小さな事務所の一探偵である。
 だから警察関係の方々と接っして会話をすることは、一般人より遥かに多いと云えよう。

 そんな僕からしても、淀鴛さんの経験談は奥が深く先を知りたくなるようなものであった。

 あっという間に有意義な時間は過ぎ、ふとスマホで時間を確認した時には既に日が変わっていた。

 ずっと彼の話しを聞き朝まで呑み続けたいところではあるけれど、変わったばかりの本日にも予定というものがある。

 頃合いをみて呑み会をお開きにし、燈明神社へ一緒に行くことを改めて約束したあと、僕は助手が寝ている自室に戻り直ぐに就寝したのだった…

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む太陽の優しくも眩しい光で目を覚ます。

「つっ!?」

 若干重く感じる上半身を起こした際に、昨晩のツケが頭痛という置き土産を残してくれていて、頭にちょっとした嫌な痛みが走った。

「…後悔先に立たず、ちょっと調子に乗りすぎたかな…」

 酒を呑みすぎた翌日の頭痛の度合いによって、時に人は「やめておけばよかった」などと反省というか、情けなくもついついボヤいてしまうものである。

 効果のほどはたがが知れているかも知れないが、なんとか痛みを和らげようとコメカミを抑えつつ、充電していたスマホで時刻を確認すると、既に8時半を回っていた。

「すぴぃ~、すぴぃ~、すぴぃ~、すぴぃ~…」

 こいつ、まだ寝てるのか…

 昨晩、馬鹿みたいに食べて呑んで泥酔し、不本意ながらも食事場から運んでやった助手の未桜が、僕の隣の布団で呑気にも可愛げのある顔でまだ熟睡している。

「おい、そろそろ起きたらどうだ」

「ん…すぴぃ〜、すぴぃ〜、すぴぃ〜」

 頭痛を堪え、軽く声をかけてみたのだが反応が鈍い。

「…おい、早く起きないと朝飯に間に合わないぞ」

 間違いなく「朝飯」というワードに反応したのだろう。
 目を閉じたままの彼女が「ガバッ!」と上半身を起こし。

「んっ!?あれっ!?朝ごはんは何処っ!?」

 彼女は閉じていた目を見開きキョロキョロと周りを見渡した。

 未桜、君は女として、否、人としてそれで良いのか?…

コメント

タイトルとURLをコピーしました