「わたしたちを出迎えてくれたのは、きっとここで亡くなった前の女将さんだと思う…」
未桜に茶化された所為で、程なく驚きの感情が薄らいではいたが、彼女が不意に真面目な顔をして言うのでこちらとしても真面目に受け止めざるを得ない。
「…そうか…まぁ、あの時はお婆さんが急な階段を手摺りも使わず上っていたから若干の違和感を覚えてはいたが…まさか幽霊だったとはね…」
彼女以外の人間が言っても疑いの余地が大ありの話だが、今までの経験上、彼女の霊感はほぼ100%信じてもいいレベルなのである。
つまり、僕が人生で初めて見た幽霊は、てっきり灯明神社のお婆さんの霊だと思っていたのだけれど、知らぬ間に初体験を終えていたらしい…
「おいおい、君たちは霊感があるって言うのかい?」
僕と未桜の会話が僅かに止まり黙していると、急に背後から男性の渋めの声で話しかけられた。無論、『男性』というのは、現職の刑事にして燈明神社の実質的所有者の淀鴛龍樹に他ならない。
「あっ、いえいえ。僕はたまたまだと思うんですよ、そう、たまたまなんです。でもこっちの彼女は相当に強い霊感を持つ『本物』ですよ」
酔いが回っている所為で、普段なら無駄に情報を流さない僕の口がついついうっかり滑ってしまった。
25才という若輩者である僕の経験上、霊感がある人は自ら「霊感がある」などとという主張はしては来ないと思っているのだけれど、助手の未桜だけは平気で僕の想定を飛び越えてくる。
彼女が霊感のある人間だと知ったのは、初対面の時、それも僕が初めて助手を雇おうと考え、募集をかけた探偵事務所のバイトの面接でのことだった。
面接の序盤はほぼマニュアル通りの質問と答えでそつなく経過し、まぁこれもマニュアル通りと言えばその通りなのだけれど、「自己PRをお願いします」と投げかけたところ…
「わたし格闘技やってます!だから体力に自信があるのと…霊感!そう、何を隠そうわたしはかなり霊感が強いです!たとえば今だって荒木咲さんの後ろには…」という爆弾発言をしてくれたものだから、彼女の自己PRを無理矢理中断させたことは言うまでもあるまい。
初対面なのに物怖じしない彼女のハツラツとした性格と、女だてらに格闘技をすることに加え、もし彼女の霊感が本物ならば、探偵稼業をする上で役に立つこともあろうと考え、半信半疑ながらも即日採用と相なったわけである。
さて、話は戻り、突然として淀鴛さんに話しかけられた僕達は、彼を加え共に酒を酌み交わしながら、燈明神社で遭遇したお婆さんの幽霊について語ることとなった。
「完全否定こそしないものの幽霊なんてものは見たことも無いし、にわかには信じ難いが…そうか、俺のご先祖さんの霊、か…」
僕と未桜が燈明神社での出来事を一通り伝えると、淀鴛さんは真剣な面持ちでそう呟いた。
「あ、何だか信憑性に欠ける話をしてしまって申し訳ありません。ただ、僕としてはしっかりとした意識の中、自分のこの目で確実に見たこと伝えただけですので…」
過去に「幽霊」の存在を信じるか否かのアンケート調査の結果を目にしたことがあるけれど、確か男性が51%ほどで、女性が64%ほどだったような…
この割合から考えるに、日本人の二人一人は幽霊の存在を信じているらしいのだが、その「幽霊」というワードへの反応からして、淀鴛さんの場合はどちらかと言えば否定派になるのでは?と思えた。
「すまんな。職業柄、非現実的な事象は余りあてにしないようにしてるんだ。だが、君達がくだらない作り話をするような人間には見えないし、そんなことをする理由も無いだろうから、信じたいのは山々なんだが…」
「ねぇねぇ淀鴛のお兄ちゃん。わたしたちの言ったことが信じられないんだったらさぁ、明日もう一度燈明神社に行ってみない?もちろんわたしたちも同行するからさぁ」
今や頬を真っ赤に染めて泥酔に近い状態の未桜が、僕の了解も得ず勝手に話しを進めようとする。
「いやいや待て待て、明日は僕の考えていた予定もあるし、淀鴛さんだって都合ってものがあるんだから」
話しが進んでしまうことを阻止しようと言ってみたのだが…
「あぁ、そうだな。ひょっとしたら俺もご先祖さんと会えるかも知れないわけだから、是非ともお願いするよ」
僕の思惑とは裏腹に話がまとっまってしまったのである…
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