転んだら異世界統一の刑だった!~元暗殺者の国盗り物語~ 1~3 話

転んだら異世界統一の刑だった!~元暗殺者の国盗り物語~

[異世界統一の刑]
 

 暗殺を生業とする一家の長男である俺の名は影里瑛士(かげさとえいじ)。

 年齢は23歳、自分で言うのも何だがクールなイケメンだ。


 時は2020年11月某日。

 一週間ほど前に殺しの依頼を受け、今はとある雑居ビルの屋上で、屋内のターゲットにサプレッサーを付けたスナイパーライフルで狙いを定めているところだ。


 ターゲットは複数人、ヤクザ組織の事務所に居る全員を始末しなければならない。


「プシュン!」


 ヘッドショットが決まり一人殺った。


「プシュン!、プシュン!」


 今度は立て続けに二人。


「プシュン!」


 銃弾の射線に気付いた一人が窓からこちらを覗いた瞬間に撃ち抜く。
 伝えられた情報が正確なら、事務所に残っているのは組長を含めてあと5人。


「そろそろ詰めるか」

 スナイパーライフルを素早く背負い、階段を使って1階まで降りヤクザの事務所を目指して駆け出した。
 ヤクザの奴らが窓付近に居ないか索敵に集中する。
 が、これが致命的なミスとなった。
 壁際に沿いながら真っ直ぐ走っていたのだが、索敵に集中した所為で進行方向の道端に置いてあるバケツに気付かず足を引っ掛けてしまう。


「ガン!」


「しまっ!?」


 ギャグ漫画のように派手に転んでしまった。

 転んだ地点のブロックの角に激しく頭をぶつけ意識が朦朧とする。


 すぐ立ち上がれず地面に這いつくばるような形になった俺の身体にヤクザの容赦ない銃弾が次々と撃ち込まれる。
 これは間違いなく死ぬな…もし次の人生があるとすれば普通に生きたいものだ…
 おっと、大事な事を忘れていた。


「こ、痕跡は残せねえ」

 何とか動いた手で手榴弾のピンを抜き口に加える。


「ボン!」

 俺の身体は無惨に跡形もなく消し飛んだ。
 どうやら死後の世界は本当にあるようだ。
 今、目の前には閻魔大王がその巨体に見合う大きな椅子に座し、俺に裁きを下そうとしている。


「影里瑛士。お前は若くして死んでしまったが、それまでに100人以上の命を奪った。裁きを言い渡す、お前は地獄行きだ!」


 それが順当だろうな。
 13歳で初めて暗殺を成し遂げた時から地獄行きは覚悟はしていたさ。

 「ほれ、地獄行きへの道はこっちだ」


 道は閻魔の両脇にあり、指差したのは俺から見て右の道だった。

 差し詰め左の道は天国へと続く道といったところだろう。
 俺は地獄へと続く道を歩き出した。

 視界は滅法悪く10m先は真っ暗闇でほとんど何も見えない。

 暫く歩くと不気味でどでかい門が見えて来た。

 門の最も高い位置には「地獄へようこそ」と書かれた看板が掲げられている。


「ゴゴゴゴゴゴゴゴ」


 ゆっくりと門が開き二体の大きな人影が現れた。

「オラは赤鬼の柘榴(ざくろ)」

「オラは青鬼の童夢(どうむ)」

「信じ難い苦痛を存分に味わえる地獄へようこそ!」
 

 言い方が可愛いじゃないか、鬼って想像してたより怖くないな。

 そんな事を思っていると俺と鬼達の間に突如として何かが現れた。


「その者の地獄行きストーップ!」


 声を聞いた鬼達がメデューサに睨まれたかのように固まって動かなくなる。 声の主は姿から察するに女神って奴か?


「我はオリュンポス十二神が一人アテナ。お主に特別刑を与えに来た」


 どうでも良いが和洋折衷な設定だな。


「特別刑って何だ?」

「お主は確かに100人以上の人間を殺めてしまったが、調べてみればどれも悪人と呼ばれる者ばかりだ。正義感あっての行動と捉え、お主にとってはチャンスとも言える刑だ」


 確かに俺は悪人殺しの依頼しか受けていなかった。

 今まで考えた事も無かったが、どうやら暗殺者のくせに正義感ってやつがあったらしい。


 アテナが続けて言う。


「お主はとある異世界に転生され、その世界に13ある国を5年間という短い期間で征服し統一を目指してもらう。達成できなかった場合お主は完全に消滅し、地獄に行くこともないが生まれ変わることもない。その名も”異世界統一の刑“!」


 23年という短い間だったが、殺しの世界にどっぷり浸かっていた俺には刑の内容をあまり飲み込めずにいた。

「良くは分からんが、普通の人間には到底達成できない内容のようだが?」
 

 アテナがニヤついた表情になる。


「そう、普通の人間に異世界の統一を5年でというのはどう考えても無理な話しだ。だからお主の転生する身体には特殊能力をプレゼントしてやる」


「フッ、それはありがたいな」

 この際だ。貰えるものは何でも貰っておこう。

 アテナが胸の間から何かを取り出し俺に投げた。

 生前の癖でつい避けてしまい投げられた何かが地面に転がる。

「それは神界最高レアの転生キャンディーだ。舐めれば転生が始まり特殊能力の付与された状態で目覚めるだろう。さあ手に取って舐めるが良い」
 

 見た感じ紙で包装された普通のキャンディーだ。

 こんなモノで本当に転生するのか?

 俺は転生キャンディーとやらを拾い上げ包装を解いて口に入れた。

「因みに特殊能力は口にした者の特性によりランダムで付与される。つまり開けてからのお楽しみという訳だ」
 

 つくづく不安要素だらけだな…
 

 目が掠れてアテナの姿がボヤけ意識が遠のいていく。

 俺はその場にうつ伏せに倒れて気を失った。

「ハッ!」
 

 俺は突然目を覚ました。

 どれくらいの間気絶していたのだろか。

 周りには木々が生い茂り森の中のように見え、近くに池がある事に気付く。
 喉がカラカラだった俺はヨレヨレと池に近づいた。

「何だこの顔は!?」
 

 水を飲もうとして水面に映し出されたのは見知らぬ少年の顔だった。

 そうか、本当に転生されたのか…

 生まれたところから始まるのではなく、少年の姿から始まる新たな人生…いやこれは刑罰だったな。
 ん!?記憶が残っている。

 前世やあの世での記憶が残ったままというのは好都合であり、蓄積した知識や習得した暗殺技術を活かす事ができるかも知れない。

 取り敢えずカラカラになっていた喉を池の水で潤し、顔を洗ってサッパリした。

「さてと、異世界統一への第一歩はやはり情報収集からだろうな」
 

 木々の隙間から高台が見える。

「あの高台は見晴らしが良さそうだ。ちょっと行ってみるか」
 

 俺は高台を目指し森の中を歩き始め暫くしてある事に気付く。

「身体がもの凄く軽いな…」
 

 この身体を試したくなり、徐々に脚を速め最後には全力を出してみた。

「速い速い!まるで風になった気分だ!」
 

 重い過去から解放された事で心も若返ったような気がする。
 

 前世での経験や体内時計から、高台までの到着時間を割り出していたが、その3分の1程度の時間で着いてしまった。

「あれだけ走って息も上がらず疲れもほとんど感じられない。超人的な身体だな…」
 

 自分の生まれ変わった身体に感嘆する。

 高台から周りを見渡すと地球の世界に似てはいるが、空を飛ぶ生物の姿などから明らかに異世界である事は分かった。

「正にファンタジーの世界だな、これは…」
 

 どこかに町がないか視界の中を隈なく探していると、ポツンポツンと家のような建造物が見えた。

「あそこに人がいるかも知れないな。しかしあの距離を裸眼で確認できるとは…」
 

 視力も格段に向上しているようである。

「ならばついでに試してみるか」
 

 俺は建造物の方に向かう事を決め、走り出してMAXスピードまで上げ高台の端で力一杯高く跳んだ。

「ほ〜!これは気持ち良い!」
 

 パラシュート無しでのスカイダイビングである。

 着地の寸前で木の天辺付近の幹を手で掴み、ぐるんと回って落下の力を地面と水平になるように調整する。

 そのまま忍者のように木の枝を飛び移りながら進み、高台から見えた建造物の在る場所まで短時間で辿り着いた。
 建造物の造りや周囲にある物を見て確信する。

「やはり誰かの住む家だったな…」

[ドワーフのバース]

 家の外から呼びかけてみる。

「すみませ〜ん!どなたかいらっしゃいませんか〜!」
 

 返事はなく人の気配もしない。

「…何だ、留守かっ!?」

 俺は横から飛んでくる矢に気付き、その矢を咄嗟に掴んでいた。

 自分の反射速度と運動神経に驚く。

 こんな芸当は生きてた頃には絶対できない。


「お前、何者だ?何の用があってこんな辺鄙な場所に来た?」

 矢の飛んできた方向の林から、小さいが頑丈そうな身体をした爺さんが姿を現した。

 最初の質問には即座に答えられそうにないので、二つめの質問に答える。

「この辺に町はないかと尋ねに伺っただけですよ」

「嘘を言うな!この辺一帯は樹海になっておる。人の住む町などありゃせんわい!」

「じゃあここはどこなんですか?」

「ん!?本当に知らずに来たのか?ここはドワーフの村じゃ!」
 

 ドワーフ!?小さい頃に絵本に出て来たのを覚えている。

 余談だが、あの頃の両親の教育は暗殺色が薄くまだ普通だった。


「へぇ、そうなんですね。あの鍛治を得意とするドワーフさんですか」
 

 ドワーフを見た感じでは少し警戒が解けたような気がする。

「あの、良かったらそこの家でお茶でもしながら話しませんか?」


「ドアホ。わしの家じゃ勝手に決めるな!」
 

 そりゃそうだ。


「まぁ見ればまだ子供じゃないか。矢を掴んだ事といい怪しさ満載じゃが…家に入れ。茶ぐらい飲ませてやろう」


 何と親切なドワーフだろう。

「ありがとうございます!」
 

 次にまた名前を訊かれそうだと思い早急に名前を考えたが、名前を決める時間は意外に掛からなかった。
 子供の頃、両親に見せられた映画「レオン」の殺し屋である主人公が大好きだったのを思い出し、安易だが「レオン」に決めた。
 家に入りドワーフの爺さんに促されて席に座る。 程なく爺さんが紅茶をいれてくれた。

「わしの名はバースだ。で、お前さんの名前は何て言うんだ?」


 

 良くぞ訊いてくれました!


「俺の名はレオンです!」


「レオンか…男らしくてなかなか良い名だな」


「褒めて貰って嬉しいです!ありがとうございます!」

 俺は不思議とめちゃめちゃ嬉しくなっていた。
 爺さんが俺の眼をじっと見て訊いてくる。


「さっきは町の場所を知りたいような事を言っていたが、家出でもして迷ったのか?」


 爺さんナイスパス!家出の線が無難かも知れない。

「実はそうなんです。嫌な出来事があって町を出て森に入ったら道がさっぱり分からなくなったんです」

「なるほど…ここから一番近い町はラドムだな。そこから来たんだろ?」

「は、はい!そこです!その町を出て迷ってしまったんです!」
 

 これで上手くいったのではないだろうか。

「分かった。外に出ろ、帰り方を教えてやる」

「助かります!」

 外に出ると爺さんが遠くに見える山を指差して教えてくれた。

「あそこにでかい山が見えるだろ。あの山の頂上を目指して真っ直ぐ歩け。そうすれば途中でラドムに着くわい。それと…待っておれ」


「は、はい」
 

 爺さんは家に入り、暫くすると手に服を持って再び現れた。

「これに着替えて行った方が良いぞ。そのなりじゃすぐに騒がれてしまうだろうからな」
 

 言われて初めて気付く。
 俺が前世で最後に来ていたスポーツウェア姿のままだった事に…

「お前、本当は転生人(てんせいびと)だろ?10年ほど前にもお前と同じようにわしの家を訪れたやつがいたんだ」

「じゃあバースさん気付いてたんですね?」

「話しの際中にふと昔の事を思い出してな」
 

 何だか後ろめたい気持ちになったが、有り難く服を貰って着替える。

 因みにドワーフの服は小さくて入らないだろうと思っていたのだが、なぜか普通の人間サイズの服でピッタリだった。

「バースさん、お世話になりました!」

「大変だろうがこの世界でしっかり生きるんだぞ」
 

 俺は爺さんに手を振って、町を目指し電光石火で樹海を駆けて行った。

[酒場のジュエル]
 

 ドワーフのバース爺さんに教えてもらった通りに進むと町が見えて来た。

 町が見えて最初にイメージしたのは料理である。
 走り続けても疲れはさほど感じられなかったのだが、兎にも角にも腹が減っていた。

 この世界に来て間もないが、口にした物といえば池の水と紅茶だけで水分補給しかしていない。
 ラドムの町は人が結構歩いていて賑やかだった。

 昔のヨーロッパの雰囲気を醸し出す建造物が立ち並び、様々な業種の店もある。

 俺はひたすら飲食店を探したのだが、あるのは酒場ばかりで純粋な飲食店は見つからなかった。

 異世界ではこんなものなのだろうか?

 仕方が無いので看板に「テペーロ」という名の入った酒場に入る。
 昼間という事もあり酒場の客は少なかった。

 ん!?何だか店員や客にジロジロ見られているような気がする。

 やはり15歳ほどの少年に見える俺が酒場に入るのは流石に無理があったかな…

 しかし、背に腹はかえられない。

 カウンターでグラスを磨いている綺麗なお姉さんに訊いてみる。

「あの〜、ここってランチとかありますか?」
 

 怪訝な表情でお姉さんが応える。

「あるにはあるけど、少年、お金は持ってるのかい?」
 

 その言葉を聞いて冷や汗をかき青くなった。

 今の俺には現金もカードも無い。と言うか仮に前世で所持していた現金や金を持っていても役には立たないだろう。


「いえ、すみません持ってません」
 

 無銭飲食はプライドが許さなかったので正直に話す。


「…ちょっとそこに座って待ってな」

 綺麗なお姉さんは磨いていたグラスを置き、奥の部屋へ消えていった。
 俺が言われた通りにカウンターの席に座って待っていると、綺麗なお姉さんが料理の乗った皿を持って現れカウンターに置く。

「わたしの奢りだよ。遠慮しなくていいから食べな」
 

 こんな事があって良いのだろうか!?一日に二人も優しい人に出会ってしまった。


「ありがとうございます!いただきます!」
 何の料理かはさっぱり分からなかったが、東京の高級料理店並みに料理は美味かった。 もちろん異世界の料理を生み出す食材も俺にとっては未知である。 そんな事はどうでも良くて、フードファイターくらいの早さであっという間に食べ終わってしまった。
「観ていて気持ちの良い食べっぷりだったわね。わたしはここのマスターでジュエルって言うの。よろしく、少年」


 綺麗な笑顔でジュエルさんが手を差し出す。

 その柔らかい手を握り俺は言った。


「俺はレオンって言います。ご馳走様でした。このお礼は近いうちに必ずします!」

 ジュエルさんはずっと笑顔のままだった。 

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