一輪の廃墟好き 第108話~第110話「シンクロ」「寝るな!」「セリフ」

一輪の廃墟好き

「牛肉爆食いズルズル娘」は縛らく放っておくことにして、僕が牛肉以外の素材すべてを味見し終えた頃。

「お待たせしてすみませんねぇ、生二つと白ご飯でございますぅ」

 待ってました!生若女将(仮)! 僕は心の中で歓喜し小躍りしていた。
 すき焼きの食材を次々に通したカラカラの喉が、さっぱりとした喉越しのものを今や遅しと待ち望んでいたのである。

「ありがとうございます。ほれ、君の胃袋も少しは落ち着いた頃だろ。ビールで乾杯して仕切り直すぞ」

「はぁい♪牛肉先に食べちゃってごめんなさい。許してね♪」

 未桜は冷えた生ビールの注がれたジョッキを頬に当てつつ、可愛らしい少女のような表情で謝罪して来た。


「構わんさ、とっくに許している。それよりここからは呑んで食べて一日の疲れをいやそうじゃないか。さぁ乾杯だ!」

「さすがは名探偵一輪♪かんぱ~い!♪」

 
 僕達はジョッキを「チンッ!」と勢いよく突き合わせ、互いが競うように「ゴクゴク」と一気に生ビールを呑み干してしまった。


「ぷぅはっ!美味い!」

「ふぅぅ、最高~!♪」

 
 追加の料理をテーブに置きながら、僕達の様子を見ていた若女将(仮)が微笑まし気に言う。


「あらあら、二人とも凄い呑みっぷりですこと。生を二つ追加ということでよろしいかしら?」

「「お願いします!!??」」

 
 僕と未桜はここに来て初めて、寸分も違わぬシンクロ率を感じるほど息が合ったのだった。

 すき焼きは言わずもがな、それ以外に運ばれてきた料理の数々も殊の外美味であり、たわいのない世間話を助手と語り合いながら酒もグイグイと進み、僕はふと思った。
 「井伊影村の小さく質素な民宿むらやど、侮るべからず」と。

「他に選択肢が余り無かったとはいえ、この民宿は大当たりだったな、助手よ」

「うんうん♪大当たりも大当たり…なんだけど、女将さん一人で切り盛りしてるみたいだから結構大変そう…」

「ん?一人じゃないだろう?午前中ここへ着いた時は着物を着たお婆さんが対応してくれたじゃないか…そう言えばお婆さんの姿が見当たらないな…」

 僕はそう言いながら辺りを見回した。

「あぁ、やっぱり気づいてなかったんだ…」

「何に?」

 未桜のため息混じりの言葉に違和感を覚えた僕は、当然にして疑問系で返した。

「言っちゃて良いのかなぁ…」

「なんだなんだ、妙に勿体ぶった話し方をしてくれるじゃないか。中途半端な物言いは不要だ。気になるからさっさと知ってることを話してくれ」

 僕が若干強めの話し方をすると、酔いが回り、座って細くなっていた彼女の目が見開くどころか完全に塞がった。

「おい、寝るな。寝ても良いが僕の気持ちをスッキリさせてからにしてくれ。あ、いや待て、ここで寝られたんじゃあとが面倒だ。やはりここで寝るんじゃない」

「…フフフ、相変わらず厳しいお方だぁ。急に酔いが回っただけでさぁ…少しばかり寝かせてくれても罰は当たったりしやせんぜぇ…」

 …誰だよお前は。

「君がかよわいなどという言葉とは無縁な女性だと踏まえた上で、強烈なデコピンをお見舞いしようと思うのだがいいだろうか?」

「んもういけずぅ、そんなことちっとも思ってないくせに~♪…しょうがないぁわかった、わかりましたよぉ…でもぉ、聞いて驚いてもいいけど驚かないでよねぇ」

 って、どっちだよ。それに「いけず」なんてお前は関西の人間ではないだろう。

「はいはい至って了解」

 僕が適当に返すと、未桜は手元に置いてあったお絞りを手に取って裏返し、恥ずかしげもなく豪快に顔を拭き終わり。

「よし!じゃあさっぱりしたところで発表しちゃうよ~♪実はねぇ、この『むらやど』で最初にわたしたちを出迎えてくれたあのお婆さんはぁ、この世の方では無かったのですよ」

 お茶目な表情をつくり人差し指を顔の前でピンと立て、彼女は気軽な感じでとんでもない爆弾発言を投じてくれる。

 僕は自信の脳内で息を呑んだことを理解し、バクバクと鳴り出した心臓を落ち着かせるため可能な限り冷静さを保つように努力した。

 とりあえずは昔の漫画(今でもたまに見かけるが)に星の数ほど出てきたセリフを口にしてみる。

「…ば、馬鹿な…」

 そのセリフを受けた助手は、さも得意げにこう言った。

「はっはぁ〜ん、やっぱり気付いてなかったんだ♪」

 彼女のことを初めて「憎らしい小娘め」と思った瞬間であった…

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