人魂に関してはかなり古くから書物に登場したり目撃情報やらがあるけれど、19世紀末、イギリスの民俗学者の一説によれば、「戦前の葬儀は土葬であったため、遺体から抜け出したリンが雨の日の夜に雨水と反応して光る現象は一般的であり、庶民に科学的知識が乏しかったことが人魂説を生み出した」なのだという。
しかしこの説に多くの反証が上がっており、他にも諸説あったのだが、僕と祖父が遭遇した人魂にはどの条件も当てはまらなかった。
それに僕が視たのは「日本昔ばなし」に出てくるような火の玉そのものであったけれど、祖父には火の玉の周囲に人の形をした青白い靄が視えていたと後から聞かされた…
さて、少しばかり子供の時の話しが長くなってしまったけれど、そろそろ良い加減西暦2022年に話を戻し、続きを語ることとしよう。
僕が人生において初めて「人魂」を目にしたのは先に語った通り、小学三年生の夏休みだったわけで、二度目は今現在、本格的に暗くなりつつある雨の中、廃墟となった淀鴛家の裏庭にてリアルに拝むことと相なった状況である。
裏庭の片隅に置かれ傾いている年期を感じさせる古びた墓石の上に、少年時代に見た「人魂」そっくりの火の玉がその存在を示さんと、ゆらゆら、ゆらゆらと上下左右に揺れながら浮遊していたのだった…
この人魂は最初墓石の横に浮いていたのだが、どうやら墓石の周囲をゆっくりと時計回りに移動しているようだ。
棒立ちして墓石の方をジッと眺めている未桜に問う。 「時に助手よ。僕には墓石のところに人魂なるものが視えているのだけれど、やはり君には人の霊体的なものまで視えちゃっているのかな?」
「…あっ、あぁ、うん。墓石の前に立ってわたし達の方をジッと見てるんだよねぇ、着物を着てる年老いた女性が…」
なるほど、霊感の強い彼女にはやはり視えていたか。
「それで、僕達に何かメッセージみたいなものはありそうかな?」
人と違う特別な能力を持つ僕にはある程度の霊感はあると思う。だが人魂を見たり、何かしらの存在を感じることは出来ても彼女のようにハッキリと幽霊なるものを見たことは一度もない。
僅かでも幽霊から事件の手掛かりを得たかった僕は彼女に頼るしかなかった。
と言っても彼女が幽霊と会話できるかどうか定かではないのだが…
「…ううん、ただずっと悲しい顔してるだけで何も動きがないんだよねぇ。一輪、ちょっとあのお墓のところまで行ってみない?」
「………..」
僕は返答に困り思わず黙してしまった。
いやいや、だって聞いたことがないぞ。肝試しなどで「何かが居るかも知れないからあそこへ行ってみようか?」ならまだ理解出来るというものだが、既に幽霊の存在を確認できている場所へ赴こうなどと誰が考える?
「お、おい未桜」
そんな僕の思惑を無視するかのように、彼女は幽霊の居る方へ足を進めてしまったのだった。
「…大丈夫だいじょうぶ。きっとあの霊は悪い霊じゃない。根拠は無いけれどそんな気がするの…」
仕方なく付いていくことにした僕に対し、歩みを止めぬ未桜が振り返らずにそう言い切った。
「頼むから霊の怒りを買うような真似はしないでくれよ」
「そんなことするわけないでしょ」
「そんなこと」が起こり得るのが君なのだよ…
と、敢えて口には出さなかったけれど、彼女の行動は今までの経験上予測不能な部分があるのは否めない。
二人でそんな会話を交わしていると、もう既に墓石は目の前というところまで来てしまった。
と言うか、僕にも着物を着た老婆の姿が見えてしまった。
「ここここ、こんにちはっ!?あっ!?いや、こんばんはです!?あっ!?あの僕は荒木咲一輪と申しまする!」
僕は予想外の出来事に狼狽してしまい、幽霊に対ししどろもどろの挨拶に加え自己紹介までしてしまう始末と相なった。
下げた頭を恐る恐るゆっくり上げると、3mほどの至近距離にいらっしゃる老婆の霊は、無表情な顔を崩すこともなくジッとこちらを見つめているようだった。
僕は生まれて初めて人の姿をした幽霊と出会ってしまったのだが、不思議と恐怖心は湧かず、未桜の言った「悪い霊じゃない」の意味がなんとなくわかるような気がした。
さて、ここで問題です。
幽霊と会話を交わすことは果たして可能なのだろうか?
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