一輪の廃墟好き 第69話~71話「離島」「海と船」「釣り道具」

一輪の廃墟好き

 僕は結局、田舎の実家に着くまで一睡もすることなく起きていた。
 
 父の実家は鹿児島県のとある離島に在り、最後は一日に4、5回しか往復しないフェリーに車ごと乗り込み、島に入って10分と経たないうちに辿り着いた。

 祖父母が子供の時から暮らすその家は、漁業や農業で生計を立てる人々が集まった港を中心とした集落に建っていて、当時で築50年以上は経過している木造の平家住宅で外観もかなり傷んでいたような記憶がある。

 家には車を停める駐車スペースがなく、様々な種の船舶が繋がれている港のだだっ広い駐車場に駐車した。

 父から「もう降りて良いぞ」と言われ、車のドアを開け外に出た瞬間、僕はかつて経験したことのない匂いに僅かだが動揺した。

 それは海から吹く潮風に混じった異臭によるもので、気になって父から聞いた話では、海に浮かぶ生簀で鰤などの養殖をしている人達が、病気などで死んでしまった魚をまとめて焼いている臭いだろうとのことだった。

 あれは強烈な臭いだったなぁ…

 港の駐車場は意外なことに綺麗に舗装されており、そこから繋がる道路を5分ほど歩き実家の門を潜り、玄関に入った父が「ただいま〜!」と大きな声を張り上げる。

 すると暫くして皺くちゃの顔をした祖母が、短い歩幅ながら急足で出迎えてくれたのだった…

 実家へ到着した時刻はお昼時を過ぎていた。

 当時、漁業を営んでいた祖父母が準備してくれていたのは、鯛や鰤の新鮮な刺身や、貝類や海藻をふんだんに使用して作られた海鮮三昧のご馳走様。

 都会育ちの僕に手とっては自宅の食卓に並んだことのない料理が多く、どれもこれも恐る恐る食べたものだったが、格別に美味しく感じたことを覚えている。

 祖父母との食事が済んだあと、祖父に「海に魚釣りにでも行かんかい?」と誘われた僕は、両親の承諾を得て祖父と魚釣りへと出かけた。

 実家の玄関を抜けて外へ出ると、港の駐車場に着いてすぐに鼻をついた異臭をまた嗅ぐことになったものの、祖父母の所有する小船に乗り込んだ頃には不思議と気にならなくなっていた。

 僕は小学三年生のこの時まで、湖に浮かぶ漕ぎボートには父と一緒に乗ったことはあったけれど、海を渡航する本格的な船に乗ったのは初めての経験であり、自身の心臓の音が聴こえて来そうなほど緊張していたような気がする…

 祖父が慣れた手つきで港と小船繋を繋げる太めのロープを解き、車のキーとさほど変わらない形のキーを右に回すと、「ポッ!ポッ!ポッ!ポポポポポポポポ!」と音を上げてエンジンが作動し、祖父がレバーを手前に引くと小船はバックを始める。

 今回乗ったのは小船だったため、エンジン音はそこまで大きくは無かったが、身体にはエンジンの振動が船の床を通して伝わって来たものである。

 祖父は車のようにピタリと止まることの出来ない船を、経験豊かなテクニックで安易と旋回させ、海の沖の方を目指して進ませた。

 祖父の運転する船は、港が小さくなり、やがて見えなくなるほど遠方の沖合いでまで進んだところで停船すると祖父がキーを逆に回し、なかなかにうるさかったエンジンが止まって静かになった。

 パノラマな空間の上方に雲は多かったけれど、幸にして青空の垣間見える良好な天候。

 祖父が船の床底にある物置の蓋を開け、竿ならぬ凧の糸巻きを大きくしたような釣り道具を取り出し、「こいで魚ば釣れ」などと方言全開で笑みを浮かべ僕に手渡す。

 リール付きの釣り竿でしか釣りを経験したことの無かった僕は当然ながら戸惑った。

 そんなやや固まり気味な僕を他所に、祖父は手早く木製のまな板を取り出し、その上に一匹の大きな鯖を置いて包丁で捌き始めた。

 何をしているのか疑問に思い訊いてみると、また癖の強い方言で答えられ聞き取り辛かったかったけれど、どうやら小さく捌いた鯖の身を餌にするということはだけは理解出来た。

 そこから祖父に言われるがまま釣針に餌を差し込み、錘の付いた糸を伸ばして海に投げ入れる。

 波が小さく静かな海に「チャポン!」と心地良い音が響き、錘の重さで釣り糸の先端は海の底へと沈んでいった。

 祖父が思い出したように白い軍手をズボンのポケットから取り出し、大モノが掛かった時に危ないからと僕に手渡し装着するよう促す。

 僕が両手に軍手を装着している間に手放していた釣り糸が海底に着いたのか、海底へ向かってスルスルと伸びる動きを止めたのだった…

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