「想いの線」のは一度発動させるとたった一分ほどで具現化した光の線が消え去ってしまう。
決して都合よく無制限に効果を発揮するわけではないけれど、光の線が指し示す距離に関してだけは無制限に伸びるのである。
無制限に伸びる光と聞けば「それは凄い!」と驚く人もいるだろう。だが、無制限に伸びるといっても障害物があればそこで光の線は途絶えるし、対象が付近にいるならまだしも、ほとんどの場合どのくらい離れた場所を指し示しているのか計測不能なのだ。
「サイコメトリー能力」の方がよっぽど役に立つイメージだが僕はこれくらいで十分だと考えている。
現状でさえ常人ではなく能力者という異質な存在なわけだし、これ以上チートな能力は僕の精神崩壊を招く恐れもあるかので不要なのである。
調子に乗ってついつい能力の話しばかりしてしまったが、今最も重要なことは釜戸から取り出し僕の掌に乗ったこの灰と、関係性の深い人物が生きているということにあった。
僕は光の線の指し示す方向を見ながら対象の人物を推理する…
取り敢えず、30年前に亡くなった淀鴛さんの両親は生存していないから外すとして、息子である淀鴛龍樹の可能性が大いにあり一番可能性が高いだろう。
だがもし違ったならば、或いは「おもしろい展開になること請け合い」と言っても過言ではない。
事件のあった当時から今日までの間に、誰かが釜戸を使用したという可能性も無くはないだろうが、その形跡は現場をとことん調べた結果からして特に見当たらず、かなり低確率な可能性だと思われる。
釜戸が現役で稼働していた頃に、淀鴛さんの家族以外の人物が使用した可能性も同じくらいの確率だろう。
従って淀鴛さんと再会を果たし、この灰を使って「想いの線」を発動させ、彼では無く別の方向を指し示した暁には…という具合だ。
まぁ淀鴛さんに光の線が当たる可能性の方が高いわけだから、過剰な期待はしない方が無難ではあるけれど…
ともかく僕は持参していたビニール袋を三つほどリュックから取り出し、両手で掬った灰をそれぞれに入れたのだった。
「これでよし。さて助手よ、ぼちぼち民宿に引き返すとするか」
「もちろんそれは良いんだけどさぁ。取締役!何か忘れてやぁしませんかぁ?」
我が探偵事務所は法人じゃないから取締役は存在しないし、彼女の言わんとしていることは百も承知だったが、僕は正直なところ急いで民宿に戻りたかった。
だって気が付けば、時間の経った外は暗さを増している上に、小雨だった雨が勢い増し増しとなっていたのだから…
此処、燈明神社と淀鴛の家は井伊影村の中心部から離れた森の奥に位置している。
ライフラインの水道やガスが通っていないこの土地の周囲には、その不便さからか人家は一軒も存在せず、野生の鳥や虫達の鳴き声がしなければ、「しん」と静まり返った空間の広がった場所であった。
そんな静けさいっぱいである淀鴛の家の裏庭に雨がしとしとと降り続け、夕方の五時半という時間帯でありながらほとんどに暗闇が纏わりつき、不気味さ満点のシチュエーションを醸し出している…
「なぁ未桜。例のお方は未だにこの場へ残っていらっしゃるのかな?」
出来ることなら避けたい質問であったのだけれど、探偵としての性だろうか、少しでも事件の手掛かりが欲しいという欲求が優ってしまった。
「う~ん、まだ残っていらっしゃるねぇ…というかたぶんだけれど、何十年も前からこの土地に残ってるみたい…」
「そのお方はどちらに?」
「あそこだよ。雨が降ってて見え辛いけれど、今はお墓の前に立ってわたし達を眺めてるみたい…」
いつもは天真爛漫を絵に描いたようような助手の未桜が、柄にもなく真剣な面持ちになり一点集中で見つめる方向へ僕も目線を向けた。
「あっ…」
目に映った瞬間、僕は絶句した。
上空から降りぐ線のような雨と、夜も近くなった暗さの所為で、鮮明に視えているわけではないけれど、そこには斜めに傾き苔の生えた墓石が置かれており、すぐ横には青白い火の玉がゆらゆらと揺れながら浮かんでいたのである…
実のところ、僕が人魂(ひとだま)を拝見するのはこれが初めてではない。
かと言って飽きるほど見たことがあるわけでもなく、25年というまだまだ短い人生の中で今回が通算二度目となる。
確か初めて人魂を見たのは小学三年生の夏休みだっただろうか…
遠い田舎にいる父方の両親、いわゆる僕にとっての祖父母の住む実家へ遊びに行った時のことだった。
まぁ僕の父からすればお盆に実家の墓参りをするため、単に家族揃って泊まりがけで帰省しただけのよくある風景でははあるけれど…
実家のあるその町にはJRなどの公共交通機関は通っておらず、飛行機に乗って鹿児島空港に降り立ち、空港付近にあったレンタカーを借りて車を走らせ、約三時間もかけてようやく辿り着いた。
大人になった今でこそ三時間という時間はさほど気にならないものだが、小学三年生だった僕にとって飛行機で一時間、そこからまた三時間というのは途方もない距離に感じたものである。
ならば後ろの席で黙って大人しく寝てれいれば良いものの、早る気持ちが抑えられず下手に起きてしまっていた僕は、運転席で運転する父と、助手席に座り実家までのナビをしたりする母に向かって、「ねぇ、まだ着かないのぉ」を少なくとも三十回以上は繰り返したかも知れない。
両親にしてみれば一度や二度ならまだしも、そんな駄々を三十回も繰り返されてはたまったものではなかったに違いないけれど、兄弟もおらず、後部座席でただ一人座っているだけの僕にとってはなかなかに耐えがたい状況だったのである。
そんな僕の気持ちを察してくれた父は、実家に着くまでに手頃な売店を見つけては車を止め、ソフトクリームやらジュースやらを購入して僕に手渡し、気を紛らわそうとしてくれたのだった。
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