一輪の廃墟好き 第43話~第44話「煙草」「三つ目の願い」

一輪の廃墟好き

 悪臭を放ちながら燃え盛る炎から離れ、井戸水を汲み上げようと手動式ポンプの取手をグッと握りる。

 鉄製の取手を握った手を通して身も凍るような冷たさが全身を襲う。
 併せて冬の夜の冷気に包まれた幼い俺の頭は少しだけ冷静さを取り戻した。
 
 だが下手に思考回路が働き出した所為で最悪の考えが一気に頭の中を埋め尽くす…

 頭の何処かで分かってはいた…

 燃え盛る炎に埋もれて良くは見えなかったが…
 倒れていた二体の身長差といい、身体の形といい…
 どう考えても…
 釜土で燃えているのは…
 就寝前に優しい顔をしてくれたあの父と母だった…

 悲しいかな。
 この当時の時点において、人の死というものについての知識が皆無だった幼い俺は、そんな想像するに耐え難い考えに至りながらも、両親がこの世から消えて無くなることまでは、想像するに到底及ばなかった…

 

 淀鴛さんは僕達に向けてそこまで話すと、瞼を閉じ、項垂れながら暫くのあいだ黙した。

 
 さて、場面が30年前から現代に戻って来たことだし、此処からは探偵であるこの荒木咲一輪が再び物語を紡ぐとしよう。
 
 項垂れていた35歳で現役の刑事である淀鴛さんが、ゆっくりと頭を上げて口を開く。

「…すまんが煙草…一本だけ吸っても良いかな?」

「えっ…ああ、別に構いませんよ…」

 僕は生まれてこの方煙草を吸ったことは無いし、助手の鈴村未桜も喫煙者では無い。

 よって、本来であれば目の前で煙草を吸われるなどという行為は許し難く、このご時世において迷惑千万でしかなかったけれど、淀鴛さんの重く悲しい過去を聞いた直後に断われる訳もなく、余り考えもせずに即答したのだった。

 とか云っているうちに、淀鴛さんは慣れた手つきで煙草に火をつけ既に一服を始めている。

 じゃあ過去の話しで気になった点を確認させてもらうとしよう。

「すみません、淀鴛さん。気になった点を幾つか質問したいのですが、訊いても大丈夫でしょうか?」

 火のついた煙草を咥えたまま淀鴛さんが答える。

「ああ勿論だ。ただし俺のコメントはオフレコで頼む」

「オフレコなのは最初から心得てますよ…じゃあまずは、これって殺人事件だったんですよね?」

「……………….」

 予想外にも淀鴛さんは即答しなかった。
 相手が刑事とはいえ、流石にちょっとデリカシーに欠けたかな…
 などと反省していると。

「…俺個人としては30年経った今でも、あれは間違いなく殺人事件だったと考えている。だが事件当時、警察が出した調査後の結論は違ったよ」

 淀鴛さんは煙草を吸って落ち着いたのか、お得意のニヒルな笑みを浮かべてそう言った。

 しかし淀鴛さんの話しだけを訊けば、確かに犯人についてのフラグ云々は無かったようだったけれど、最後のシーンを分析する限り、どう考えても他殺だったとしか考えられない…

「まさかとは思いますけど、警察はその事件を自殺として片付けたとか?」

「…ああ、そのまさかだ。まぁ、俺は幼かった所為でことの顛末を知ったのはずっと後になってしまったがな」

 僕の隣りで黙ったまま話しを聞いていた未桜が口を挟む。

「えっ!?でもでも、淀鴛さんの話しの内容だと絶対自殺じゃないですよねぇ?だって二人の頭が釜土に突っ込まれていたわけだから…」

「そうだな。俺も10年以上警察に勤めているが、あんな死に方をした仏さんに出会ったことは一度も無い。それに俺の両親には自殺をするような動機が無かった筈だ。俺の知る限りではな…」

 僕と未桜は今のところ淀鴛さんの幼い頃の記憶のみで推察している…

 よくよく考えてみれば、事件当時5歳だった子供の頼りない記憶など、余り当てにしてはならないという懸念もあるにはある…

 興味深い話しで他にも確かめたいことが多くあったが、僕達が燈明神社を訪れた本来の目的が未達成であり、時間的な余裕もほとんど無くなってしまった。

 ここは事件の内容には深入りせず、話しを切り替えて廃墟探索に動かなければばなるまい。

「もしかして淀鴛さんが今日此処に来たのって犯人探しのためとか?」

「…ある意味そうかも知れない。いやなに、初めて会う君達に言うのもなんだが、俺が今日此処を訪れたのは過去の事件と故郷にケジメをつけるためだ。事件からもう30年近くも経つしな…」

「そう、ですか…あっ!僕達も余り時間が無いのでなんですけど、淀鴛さん話しを始める前に三つ目の願いがあるって言ってましたよね?」

 低い確率だが、黙っていれば淀鴛さんの方が忘れていたかも知れないことを、律儀な僕はわざわざ訊いたのだった。

「ククク、流石だな一輪君。やはり俺の目に狂いは無かったようだ。三つ目の願いってのはあれだ…君達の様子からして今日は井伊影村に一泊するんだろ?」

 どこをどう見て井伊影村に一泊すると踏んだのかは知らないが、今は時間も大事だしこの件について考えるのは後回しだ。

「ええ、そうですけれどそれが何か?」

 吸っていた煙草の火を地面に押しつけて消しながら淀鴛さんが言う。

「まぁこれは君達の気が向いたらってことで構わないんだが、もし、井伊影村滞在中に事件に関して気づいたことがあれば教えて欲しい。ただそれだけだ」

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