一輪の廃墟好き 第41話~第42話「孤独感」「炎」

一輪の廃墟好き

 幼い頃の俺は夜の9時くらいに就寝するのが通例で、この日も確かそれくらいの時刻に就寝したと思われる。

 俺は居間から寝室に入り、3つ並んでいる布団の左端が父で、真ん中が右端と決まっていた。

 いつだったか母から訊いた話しでは、俺が寝たあと暫くは夫婦水入らずの時間を過ごし、大体いつも11時くらいには寝室で眠っていたらしい。

 ところがこの夜、寝室で両親が眠ることは無かった…

 一度眠ってしまえば朝を迎えるまで起きることのない幼い俺が、頭の中で見ていた夢か、外部からの物音が原因だったのか覚えていないが、突然目を覚ます。

 居間と寝室を仕切る障子を蛍光灯の灯りが照らしていたが、テレビ音や両親の話し声などの生活音は聞こえなかった。

 隣の布団に目を向けたが両親の姿はやはりない。

 幼い俺は眠って直ぐに目が覚めてしまったのだろうと思い、再び眠りに就こうとするが一向に眠気が来ないばかりか、乾燥した空気の所為で喉が渇いてしまい、水でも飲んでからもう一度寝ようと決め込み布団から出て立ち上がる。

 障子の戸に手を掛けそっと開け、居間のこたつへ目を向けたが両親の姿が見えない。

 「コッコッコッコッコッコッ…」

 静まり返った居間に、古い振り子式の掛け時計の時間を刻む定期的な音だけが響く。

 掛け時計の針は11時40分を指していた。

 幼い俺は妙な胸騒ぎがして、居間を始めとして台所や風呂場まで足を運んで両親を呼んだが返事は返って来ない。

 いよいよ不安に襲われ始めた幼い俺は、仕事のやり残しでもあって神社にでも行っているのだろうかと考え、確かめようと木製の箪笥から上着を取り出し、玄関へ移動して外へ出た。

 冬の夜だけに外の空気は身を刺すような冷たさで、幼い俺は手に持った上着を着込んで空を見上げる。

 雲一つない冬の暗い空には、三日月と小さな星々が淡く輝いていた。

 暗がりの中に、神社内部から発せられる僅かな灯火に気付き、幼い俺は両親が居ることを期待し神社へ走って向かう。

 賽銭箱のある拝殿入り口の戸を力一杯開けて中へ入ると、背の高い二本のロウソク立てに火が灯って部屋を照らしていたが、ここにも両親の姿は見えない。

 誰も居ない拝殿、しかも真夜中の誰も居ない拝殿は、幼い俺にとって神々しいという印象には程遠く、ただただ怖くて不気味な場所でしかなかった。

 泣きそうになりながら何度も何度も両親を呼ぶが、幼い俺が出す声の後には異様な静けさだけが残る…

 感極まって冬の寒さは全く気にならなかったのだが、えも言われぬ孤独感から自身の頬を涙が伝う。

 幼い俺が半べそをかきながら家へ戻ろうと拝殿を出た瞬間、ほのかに吹いた冷たい風が運んで来たのは、かつて経験したことの無い鼻をつん裂く強烈な異臭だった…

 僅かだが異臭の中に焦げ臭さを感じた幼い俺は、物が焼ける時の匂いだという考えに至り、家の中で火を起こす場所をイメージする。

 と言っても家の中で火を起こすとなるとかなり限定され、台所は家を出る前に確かめ、居間に置いてあるストーブは灯油が切れていたのか点いていなかった。

 だとすれば家の中ではない…

 もはや幼い俺の頭には五右衛門風呂を沸かすための釜土しか思いつかなかった。

 家の外側に沿って釜土のある場所へ向かおうと一旦走り出したものの、ひょっとすれば両親が家に戻っているかもと思い、一度家の中へ駆け足で戻る。

 だが家の中は先ほどと何も変わらず古い掛け時計の音だけが耳に届いた。

 幼い俺は居間の畳の上でヘタレ込み、喉が潰れるほど何度も何度も両親を呼んだのだが、期待する両親の声が返ってくることは無かった。


 この時、就寝前に見た両親の優しい顔を思い出し、冗談でも何でも良いからとにかく目の前に現れて欲しいと強く、強く神に願ったことは覚えている…


 無駄に声を上げるのを止めたが、涙と鼻水が延々と流れ暫くグズっていた幼い俺は、釜土へ向かう途中だったことをふと思い出し、近くにあったティッシュ箱から無造作に何十枚とティッシュを取り出して、涙と鼻水をがむしゃらになって拭いた。

 拭いたティッシュを両手で丸め、それをゴミ箱に投げ入れ台所の勝手口から外へ飛び出す。

 風呂を沸かすための釜土は勝手口から外へ出て左方向にあり、出るや否やそちらを向いた幼い俺の目に映ったのは、炎から生まれる明々としたオレンジ色の灯りであった。

 希望的観測を大いに含んだ自身の頭は、きっと父と母がゴミでも焼いているのだろうと安易に考え、そこへ居るはずの両親へ呼びかけながら釜土の方へと走って行く。

 しかし、釜土が視野にる位置にたどり着いた直後、自身の安易な考えは瞬時に何処かへ吹き飛び、目に映る光景を理解出来ずに硬直して立ち尽くす…

 5歳という余りにも幼い俺の目に映った光景…

 それは理解出来なくて当然の極めて恐ろしく信じ難い光景だった。

 普段なら、風呂の湯を沸かすために用いられ、薪木を何本も投入して炎を生産し続ける釜土の中には、あろうことか人の頭、それも二つの頭が放り込まれ、頭から伝った炎が二つの身体を覆い尽くし燃え盛っている…

 幼い俺は目の当たりにしている光景を理解出来ぬまま、いっ時のあいだ思考が止まり呆然と立ち尽くしていたが、凄まじい悪臭と炎の作り出した熱気によって我にかえり、何より炎を消すことが先だと思い、水を汲みに井戸のある場所へと夢中で走った。

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