一輪の廃墟好き 第45話~47話「廃墟探索」「愚痴」「腐食」

一輪の廃墟好き

 淀鴛さんの願いが僕の予測の範疇を超えて来なかったことに少しばかり安堵した。

 というか30年前かの事件の話しが聞いた通り事実だとすれば、時間の許す限り協力したい気持ちもあったくらいである。

「淀鴛さん、お安い御用です。何か気付いたことがあれば伝えますよ。で、ですね。これから燈明神社と後ろのご実家を探索したいのですが…」

 僕は今まで廃墟探索する際はある程度下調べをして、所有者と連絡が取れた場合は許可をもらって探索して来た。

 今回の燈明神社に関しても当然調べたのだが取得できた情報が余りにも少なく、仕方がないから無許可で探索しようと思っていたのだが、所有者を目の前にして無許可で探索する訳にもいくまい。

「構わん。30年前に捨てた家だ。好きなだけ探索すれば良い。その変わり」

「事件の手掛かりがもし見つかれば知らせれば良いんですね。了解です」

「ククク、そうだ」

 僕が被せるように返したのが可笑しかったのか淀鴛さんは苦笑していた。

 そのあと、淀鴛さんは自分の携帯番号を書き記したメモを僕に渡すと、背を向けて煙草に火をつけ鳥居のある方へと去って行った。

 時刻をスマホで確かめると午後の2時半を回っている。

「予定より随分と時間が押してしまったなぁ。まぁそれは良いとしてじっくり探索を楽しもうじゃないか」

 未桜に向かってそう呼びかけたのだが、彼女は神社の後ろに見える淀鴛家の方をジッと見詰めたまま動かない…

 明らかに彼女の様子は変であり、嫌な予感が僕の中に湧き上がる。

 目線を固定したまま恐ろしく低いテンションの未桜が言う。

「一輪、あのさぁ…あそこに」

「待てーーーっ!!待て待て待て待て待て待ってくれ!皆まで言ってくれるなよ!僕は淀鴛さんの話しを聞いてただでさえ警戒心が働いてしまってるんだ。これ以上余計な情報を耳に入れた暁には探索どころじゃなくなってしまうじゃないか!」

 前にも言ったが一際霊感の強い彼女のことだ。

 この不穏な様子からして何かを視るなり感じるなりしてるに決まってる。

 図らずも淀鴛さんの話しのお陰で全くの無警戒だった廃墟に対し、余計な警戒心やら恐怖心の生まれ出した僕の心は既にキャパオーバーなのだ。

 これ以上余計な情報など仕入れたくない僕は本気で未桜の言葉を遮った。

「…ふ〜ん、フフフ、なるほどねぇ、わかったぁ。じゃあ探索終了間際にお知らせしちゃうね♪」

 僕の慌てふためく様を眺めた彼女の様子は一転し、さも揶揄うように、そして嬉しそうにそう言ったのだった。

霊感の強い未桜が目撃したであろう何かは取り敢えず放っておくとして、やっとこさ廃墟探索の始まりである。

 っと、その前に一つだけ云っておかねばなるまい。

 廃墟探索というものは基本的に、というか99%以上は人が利用していた建造物であろうと思われ、その廃墟が廃墟となる以前は個人や集団や団体の生活空間だったわけである。

 そのような生活空間に人が一人でもいれば、人生という名のドラマが確実に存在するだろうし、もし二人なら各個人のドラマとその二人が絡む別の種のドラマが生まれ、人数が増えれば増えるほど複雑なドラマが生まれることは深く考えずとも必然と云って良いだろう。

 僕が数ある廃墟の中から探索したいと思う廃墟を選択する際は、事前にその廃墟に関する情報を調べ、心霊スポットとされるものや事件、取り分け悍ましい殺人事件などのあった廃墟は避けて来たわけで…

 今回も気軽と云って良いほど呑気な意気込みで燈明神社を訪れたのである。

 だが此度は想定外にも程があるだろ!などとツッコミを入れたくなるレベルの情報を仕入れてしまった。
 しかも廃墟探索の現場を訪れた直後に。

 これが僕にとってどのような影響を与えるかというと、「嫌なドキドキ」がずっと止まらない状態で廃墟探索を行わなければならないといった次第であろうか。
 
 とどのつまり、心臓に悪いことこの上ないのである。

 さっきは何とか空元気を振り絞り、「探索を楽しもうじゃないか」と言えたのだけれど、霊感の強い未桜の余計な言葉によって僕のハート折れずとも、葉っぱの筋くらいの細い亀裂が入っていた。

 「此処で退いては男が廃る」、のは日本男児の端くれとして一向に構わないのだけれど、時間と経費がもったい無いし、淀鴛さんにも少しだけ悪いような気もする。

 それに何より興味だけは格別に湧き上がっていた。

 果てさて、まるで愚痴の如き内心を同じく内心で散々と暴露してきた今の僕は、廃墟と化した燈明神社の拝殿に入ってとっくに探索を始めていたものである…

 最初に目に入ったのは、拝殿前にある木製の大きな賽銭箱、だったであろう粉々に砕かれた木材だった。
 どう見てもハンマーか何かの鈍器によって破壊された賽銭箱は、箱として機能していた頃のお陰は微塵も感じられず、心無い者の仕業に違いないという虚しさだけが残る。

 拝殿の戸は辛うじて形を成していたが、同一人物にでもやられたのであろうか、骨組みという骨組みがバキバキに折れまくっていた…

人口の減少が加速度的に進むこの日本において、数多と存在する他のどの廃墟にも同じように云えることだが、悲しいかな、廃墟を荒らし破壊する者達があとを絶たない。

 高校生時代に廃墟の素晴らしさを初めて知った時から、廃墟というものをこよなく愛して止まない僕からすれば、貴重な建物を破壊する行為など言語道断である。

 ただ単に破壊的欲求を満たすだけなら、今は電化製品や様々な備品を好きなでけ壊せる店もあるじゃないか。
 
 金を出して破壊衝動を満たすのが嫌なら、解体工事の専門業者にでも勤めれば良いのだ。これなら物を壊しても誰からも忌み嫌われることも無いし、その上賃金までゲットできるのだから一石二鳥だというものだ。

 何も貴重な廃墟までわざわざ足を運んで暴れる必要は無いのである。


 だから僕は声を大にして言いたい!
 
 廃墟はお大事に!!!!


 とはいえ、目の前の壊された燈明神社の一部は恐らく多分、破壊的衝動に駆られた人間の手によるものではないだろう。

 いや、この場合「だろう」という表現は相応しくないな。単純に考えて金品目的の盗人の仕業で間違いない。

 賽銭箱のあった場所に小銭は一つも転がっておらず、拝殿の中にあったであろう金目の物が一切合切無くなっていたのだから…
 
 淀橋さんの話しに登場した蝋燭立ての置かれていた形跡はあったけれど、肝心の蝋燭立て自体は影も形も見当たらなかった。

 もしこの神社に神様が残っていたなら申し訳ないが、僕と未桜は拝殿に土足で足を踏み入れた。

 そして僕は一瞬にして木の床の違和感に気付く。
 木の床の踏んだ感触は気持ちが悪くなるくらいふにゃふにゃとしていて、危険性が高いことを教えてくれた。

「未桜、気をつけて歩くんだ。この床はかなり腐食が進んでやがる。下手なところを踏んでしまえば床が抜けて怪我するぞ」

「了解、慎重に歩きまっす!」

 ここから僕と未桜は「抜き足差し足忍び足」といった具合で、側から見れば盗みに入った泥棒を連想させるような動きになってしまうが仕方ない。

 天井を見上げると外の光を通す小さな穴が点々としており、拝殿の中が雨漏りによって傷んでいることが予測出来る。

「こんな酷い状態なら、屋根がいつ落ちてきても不思議じゃないな…」

「ちょっとやだぁ、怖いこと言わないでよぉ~。もう!意地悪なんだからぁ」

 その言葉、そっくりそのまま、いや、綺麗な「のし」でも付けて丁重に返してやろうか…

 屋根のことだが別段意地悪を言ったつもりはない。

 現に屋根を支えているありとあらゆる部材が目に見えて腐食していたのだから…

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