刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第1話 旅立ち ノ5~7

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 

 梅干しが雪舟丸の額を直撃する寸前!

 寝ている筈の雪舟丸の右腕が想像を絶する速さで動き梅干しを人差し指と中指の間に挟んで掴んだ!
 さらには流れるように口へ運び一瞬とんでもなく酸っぱそうな表情をしたかと思うと、種子ごと飲み込み何事も無かったかのように寝息を立てて再び眠りにつく。
 恐るべし!阿良雪舟丸!

 仙花は目をキラキラと輝かせその様を目撃していた。
 周りの者達も絶句して驚きを隠せないといった御様子。

「これはこれはたまげたぞ!!ならばこれならどうじゃ!!」

 もう一度見たいという願望と試したい欲望から、沸騰した鍋に浸かる猪の肉を箸で掴み雪舟丸に投げつけた!

 雪舟丸が今度もやはり寝たまま無意識による二本指無刀取りをするが!?

「あっぢーーーーーーーーっ!!!?」

 肉に付いていた熱湯までは流石に掴めず額に飛び散り、瞼をカッと全開し絶叫をあげた!
 しかし周囲一同はまた驚愕することになる。
 なんと雪舟丸は熱々の肉を口に放り投げ、「はふいはふい!」と熱がりながらも噛んで飲み込んでしまい、直後に「すぴ~すぴ~」と眠ってしまったのだった。あり得ない。

「おっおお!ならばこれならどうじゃーーーっ!」

 好奇心の収まらない仙花が鍋ごと投げようと掴んだ!が。

「せ、仙花様!?流石にそれは止めておきましょうでござるよーーーっ!」

 蓮左衞門が容易に想像できる惨状が起こる前に慌てて止めに入り、すやすやと眠る雪舟丸は自身に降り掛かろうとした災難を免れたのであった。

 願望を成就できず不貞腐れた顔をする仙花に光圀がに上機嫌で話しかける。

「どうじゃ。儂が揃えた旅のお供どもは?面白い奴らじゃろう?」

 仙花が蓮左衞門、お銀、九兵衛、雪舟丸の順に顔を確かめ、笑顔を取り戻して返す。

「そうじゃなぁ。曲者がこれだけ揃えば愉快な旅は約束されたようなものかも知れんのう。誠に有り難き幸せじゃ。じっさま!」

「こっこっこっ。そうじゃろうそうじゃろう。儂もお主らと共に旅をしたくなってきたわい」

「光圀様それは如何様にも成りませぬ。お身体のことを考えれば長旅ができる道理は御座いません。だからこそ仙花様へ夢を託されたんでしょうに」

 間髪入れずに絹江から念を押され、光圀が白髭を手で撫でながら「およよ」といった表情をする。

「しょ、承知しておるわい。全くもって絹江は口うるさくて敵わん」

 冗談めかす光圀に蓮左衞門が言う。

「天下の水戸黄門の御老公も絹江殿の前では形無しですな」

「真にお主の言う通りじゃわい。ワッハッハッ」

「「「ワッハッハッハッ」」」

 光圀の大きな笑い声に釣られ、その場の全員が、否、騒がしいなか平然と眠る雪舟丸以外の全員が大いに笑ったのだった。

皆がひとしきり笑い場も和み、友人同士の集まりではないかと疑うほど宴会は盛り上がりだした。
 うっかりが売り?の九兵衛が持参してきたひょっとこ面を被り、見たこともない型にはまらぬ奇妙動きで踊り出す。
 
 するとお銀が着物の袖から笛を取り出し楽しげな音を奏でる。実はこの笛、本来の用途は人を殺傷するための吹き矢となる筒だったのだけれど、そんなことは誰も知らないし知る必要もないだろう。

 最悪とも言える初顔合わせの場で一悶着あった二人の共演は、以外や意外、まるで何年も連れそう旅芸人のように息がピッタリ合っていた。

 二人に合わせ他の者もさも楽しそうな笑顔で自然に手拍子を弾ませる。
 そのうち蓮左衞門と仙花も酔った勢いで踊りだし、最後には光圀まで参加して宴もたけなわな時を迎えたのだった。

 されど居眠り斬りの雪舟丸だけは、これだけ騒がしい場にいながらすやすやと眠っていたのだから、もはや病気と言っても過言では無いかも知れない。と言うかある意味病気なのだが…

 踊りが終わると今度は酒の呑み比べが賑やかに始まった。

 ご機嫌な光圀が「ど奴が最高の呑兵衛か決めてみよ」と煽ったのがことの発端。手を挙げたの見た目にも酒に強そうな蓮左衞門をはじめ、これまた強そうなお銀、お主はいける口なのか?の伏兵的な存在である滝之助、そして齢十六の刀姫こと仙花であった。

 四人が横一列に並んで座り、各々の目の前にはお猪口では埒が開かぬと紅色の盃が置かれた。

 盃に酒を注ぐは絹江と九兵衛の二人。
 呑んだ数を数えるは光圀といった役回りである。

「拙者は未だかつて負け知らずの酒豪、蓮左衞門でござるにこの勝負自信あり!」

「あら、奇遇ね蓮さん。あたしも酒の呑み比べとくれば負け知らずで通っているのよ」

「まっ、負けませんよう」

「ほほ~皆自信があるのじゃなぁ。だが残念。勝つのはこの仙花よ。儂は既に殊の外呑んでおるが何故だか全くもって負ける気がしないのう」

 と各々が意気込みらしい言葉を吐き、まるで試合をするような雰囲気の中、光圀がニカッと笑って号令を掛ける。

「良いか。この勝負、皆手抜きなどせず本気でかかるのだぞ。勝者にはとっておきの家宝を与えてやるでのう。では….いざ尋常に!始め!」

 こうして、明日の朝早くから旅立つ予定の者達を含めた無謀極まりない呑み比べは開始された。

 呑み手の四人は豪語しただけあって凄まじい勢いであたかも水を飲むようにガブガブと呑みすすめる。

 四人の勢いはとどまることを知らず、あっという間に十杯を超えていく。

 だが永久に酒を呑み続けることは当然不可能であり、早くも最初の脱落者が出ようとしていた。

 異変は影の薄く伏兵路線雰囲気満載の藤間滝之助の身に起きた。

 滝之助の目が突然くるくると回り出し、絹江が注いだ二十二杯目の酒を呑もうと足下の盃を掴もうとするが、取ろうと伸ばす手がスカスカと的を外れて空を切る。

「あれっ!?あらっ!?おろろろろろろっぉ!?……うっぷ!?」

 下手に動いて胃の中の酒が逆流したのだろう。
 滝之助が吐き気をもよおし両手で必死に口を押さえる。

「どうしたのじゃ滝之助!酒を吐いてしまえば負けぞ!呑み込んで踏ん張るのじゃ!」

 側から見れば絶望的に苦しそうな滝之助に無茶振りをする光圀。

「…..んんんんんんんんん~!!!!んんん!?」

 滅多に聞くことのない光圀の励ましの言葉に応えようと、滝之助が奮起して口の中に逆流した酒やら何やらを無理矢理呑み込もうとするがなかなか喉を通らない。

 そして遂に、力一杯口を押さえていた手の指の間から酒やら何やらの液体が漏れ出した。

「滝之助ーーーっ!?よくぞそこまで持ち堪えた!だがもはやここまで!外でたんと吐いてくるが良い!!万が一この間で吐けば切腹とまでは言わんが三日は飯抜きじゃああああああ!!」

 励ましの言葉が無に帰すほどの光圀の掌返し。まぁこのままでは場が悲惨極まりない状況になってしまうのは必然。光圀が狼狽してしまうのは仕方があるまい。

「んん!?んぐぐぐぐぐぐぅぅぅ!!」

 余りの苦しさに冷や汗まで出て来た滝之助がコクッコクっと頷き西山御殿の出口を目指して駆け出した!

 だけれど混乱して周りが見えていないのか柱に背を預けて眠る雪舟丸に一直線!

 滝之助の膝があわや顔にぶつからんとしたその時!
 熟睡中の雪舟丸が上半身を流れるように動かしさらりとかわした!?
 これは光圀の言った言葉の裏付けが実証されたことに他ならない!かも知れなかった。
 
 兎も角、大災難を免れた滝之助は御殿の外へ到達し庭先の草むらへ遮二無二飛び込み。

「おぅっ!おろろろろろろろろろろろろろーーーっ!!」

 グロテスクな様子につき流石にこの場面の表現は控えたい。
 が、嘘か誠かこのとき滝之助は身体にある全てを心ゆくまで吐き出し、出来上がった大きな水溜りの上で永眠したのかと間違われるほど死んだように眠っていたと云う。

 果てさて、西山御殿内では残った三酒豪の呑み比べが滞りなく続いていた。
 
 顔を猿の如く真っ赤にした「ござる侍」の蓮左衞門が横のお銀に声をかける。

「へっへっへっ〜。どうしたどうしたお銀殿!顔が彼岸花のように紅く染まっておるでござる。Yo!」

 蓮左衞門は酔えば酔うほど陽気になる男であった。

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