一輪の廃墟好き 第48話~第50話「御神体」「淀鴛家」「30年前の事件」

一輪の廃墟好き

 備品などが破壊されたり消失してしまったがらんどうな拝殿は、廃墟独特のある意味寂しげな情景を醸し出していた。

 散々、破壊者や盗人のことを云っておいてなんだが、人が廃墟へ侵入して悪戯に害を成したであろう形跡も、この空間にノスタルジックな雰囲気を感じさせる一つの要因となっているのである。

 普通に考えて許し難い行為であることは紛れもない事実だったりするのだが…

 僕と未桜は出来るだけ振動を起こさないよう慎重に拝殿を調べ、ひとしきり撮影を終えると拝殿と神殿を繋ぐ幣殿へと向かう。

 幣殿の床は拝殿の床と比べなぜだか傷みが激しく、至る所に床板の凹んだ歪みが生じていた。

 幣殿と言っても建物全体の規模が小さいため特に目を引く物も無く、足下に気をつけながらほとんど素通りして戸が開いたままの神殿へそっと入る。

 神社でいうところの神殿と呼ばれる場所には御神体が祀られるのが通例である。

 神体(しんたい)とは神道で神が宿るとされる物体であり、神社を訪れる参拝客の礼拝の対象となる神社の肝とも云えるものだ。

 福岡県に存する宗像大社(むなかたたいしゃ)では玄界灘(げんかいなだ)に浮かぶ沖ノ島が神域(神体)とされ、

奈良県に在る大神神社(おおみわじんじゃ)では三輪山が神体とされており、

他にも三重県の皇大神宮(こうたいじんぐう)では三種の神器の一つである八咫鏡(やたのかがみ)となっていて、

各々の神社によって御神体の姿形は全く異なるのだからおもしろい。

 この燈明神社にも御神体は存在していた筈なのだけれど、残念なことにそれがどういった形や大きさをしているのかまでは調べきれていなかった。

 もし仮にあとで淀橋さんと再び会う機会があったとしても、燈明神社には5歳までしか居なかったわけだから恐らく知らないだろう。

 だが、この神殿の中央の壁に取り付けられた神棚のような物には、何かが置かれていた形跡を示す異色な部分が残っていて、空いたスペースにすっぽりと収まる御神体があったのかも知れない。

 取り敢えず僕は御神体の見当たらない神棚に向けて手を合わせ、心の中で、この場に居合わせることへの謝意を述べた。

 因みに助手の未桜も続けて手を合わせたが、何を想って手を合わせたのかまでは僕の知るところでも無かったし、正直訊くのが怖かったので別段彼女の想いには触れることはなかった。

 外が曇っている所為で窓から入る光は少なく、神殿の空間は何処となく不気味であったけれど、僕たちは何か新たな発見がないものかと、懐中電灯を取り出して隈なく探索したものである…

さて、番外編で僕が述べた、というより願った言葉からある程度は推測できることと思うけれど、あの日、僕の身に何が起こったのかはまた、別の話。


 懐中電灯で神殿の中を照らしながら探索を続けていると、外の方から「ゴロゴロゴロ…」と雨雲が雷を蓄える嫌な音が聞こえて来る。

「おかしいな…今朝の天気予報でこの辺りは快晴だったはずなんだが…」

 普段なら天気予報の情報を参考程度にしかしていない僕は、今日に限っていつもの何倍も天気予報に信頼を置いていたのだけれど…

 窓の汚れをタオルを押しつけて拭き、綺麗になった部分から外を眺めて未桜が言う。

「こりゃぁやばそうだねぇ、急いで引き返さないと一雨降るかも知れやせんぜ、旦那ぁ」

 誰だよお前…

 彼女の言うことには一理も二理もあるのは承知だが、今や僕にとって当初の目的だった燈明神社本殿よりも重要な物件、30年前に事件のあった淀鴛家の探索というか調査がまだである。

 これから仮に大雨が降ったとしても引き返す気にはならなかった。

「じゃあ、燈明神社の探索はこの辺にして、そこに見える淀鴛家に行くとするか」

 僕は窓から外を覗く未桜の隣りに移動し、薄暗い空間に不気味と云っていい雰囲気の淀鴛家を指差してそう言った。

 神殿の鍵が壊されたドアを抜けて外へ出ると、夕方近い時間帯となっていたことも手伝い、空を見上げれば灰色の雲が覆って淀んでおり、薄暗い空間の中にボロボロで今にも崩れそうな一軒家。

 誰も住まなくなって30年という長い月日が流れ、すっかり風化してしまった淀鴛さんの実家は、ありきたりな言葉でくくって仕舞えばまさに「お化け屋敷」であった。

 天気の悪さによって光が少ない所為で、「お化け屋敷」はより一層その不気味さを増している。

 詳しい事前情報さえ仕入れて無ければ、幾つもの廃墟を探索してきた僕だけに、そこまで不気味に感じはしなかったのだろうけれど、驚くべき確率の偶然によってこの家の所有者である刑事の淀鴛さんと出会い、この場所で30年前に恐ろしい事件があったことを聞いたばかりで怖さ倍増っといった具合だった。

 淀鴛さんの話によれば、彼のご両親はこの家の裏にある釜戸に頭が突っ込まれ焼け死んだとのことであった。

 時を経て成長した彼が調査して出した答えは他殺、いわゆる殺人事件だと断言していたが、事件当時、事件を担当した警察によれば、自殺という調査結果だったということは既に聞き及んでいる。

 淀鴛さんの話しを聞いた限りでは、どう考えても「殺人事件」だったとしか考えられない…

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