一輪の廃墟好き 第120話~第122話「カチン!」「朝食」「一択」

一輪の廃墟好き

 朝食を食べたいがためであろう、未桜は二日酔いの症状など一切見せずリュックから着替えを取り出すと、僕がそばに居るのを忘れているのか、はたまた夢見心地で寝ぼけているのか、普通に着用している服を脱ぎ始めた。

「こらこら、僕がそばに居ることを忘れるな」

 このまま黙って見過ごすことは、正常な一日本男児として「アリ」と言えば「アリ」なのではなかろうかと一瞬頭をよぎったのだけれど、そこは僕の自尊心が許さず声をかけた。

「ひゃっ!?一輪!?居るなら居るって言ってよぉ!もう!」

 「もう!」とはことのほか侵害である。

「いやいや、君を起こしたのは僕なのだが何か落ち度でもあったかな?」

「あっ、そうだったの…気付かなかったぁごめ〜ん」

 日が変わって手を合わせての最初の謝罪。昨日あれだけ人に謝罪をしたというのに懲りないやつだ…

「それより昨夜、酔い潰れた君をここまで運んだのは僕なのだが、そのことに関して一言くらいあって然るべきなんじゃないのか?」

 断っておくが僕は普段、人に親切を施した際に礼を要求するようなちっぽけな男ではない。今回の場合、彼女が寝起き早々から的外れな物言いをするものだから少々「カチン!」と来ただけである。

「ななななぁんとぉ!そんなこととはつゆ知らずご無礼な言葉の数々、平に!平にお許しを〜!」

 だから変な言葉使いをチョイチョイ入れてくるなよな…

 朝っぱらからのつまらぬやり取りはさて置き、僕と未桜はお出かけモードの服に着替えそれなりに身なりを整え、朝食を摂るため一階の食事場へ降りて行った。

 確か民宿の案内によれば、朝食の時間は「7時から9時の間でお好きにどうぞ」との記載があったはずである。

 今の時刻は8時50分。

 つまり大急ぎで朝食を口にかき込まなければならない。

 そう思いつつ台所で忙しく動く女将さんに声をかける。

「女将さん、おはようございます!すみませんが今から朝食摂っても大丈夫でしょうか?」

 作業をする手を休め、女将さんがこちらを見てニッコリと笑う。

「あらぁ、大丈夫ですよぉ。もうあちらに準備しておりますので時間を気にせずごゆっくりどうぞぉ。あっお席の方は昨晩と同様になりますのでぇ」

「ありがとうございます」「ありがとうございます♪」

 僕達はほぼ同時会釈した。

 ギリギリの時間帯であるにも関わらず笑顔での神対応。感謝するとともに恐縮であります。

 食事場には昨晩と変わらず他の宿泊客の分まで席が用意されていたが、時間帯のこともあってか淀鴛さんの姿も見当たらない。

 僕達は女将さんに言われた通り、昨夜と同じ一番奥の席まで進み腰を下ろした。
 
 テーブルには焼き魚や卵焼き、味噌汁など全7品が並べられている。

「未桜、女将さんは親切にもああは言ってくれたがご迷惑をかけるわけにはいかない。さっさと食べて片付けるぞ」

「了解了解♪いっただきま〜す♪」

 かくして、僕達はギリギリのところで朝食にありつけたわけだけれど、この時、井伊影村ではある事件が起こり、大変な騒動になっていたことを知る由もなかった…

 おお急ぎで朝食を済ませ2階の自室へ移動し、僕達は荷物の整理を始めた。

 チェックアウトという言葉が相応しいのかどうかは別として、この「民宿むらやど」の部屋に居られるのは10時までと決まっているのである。

 それほど多くない荷物を一通りまとめ終わり、一階へ降り玄関に着いたところで奥にいるであろう女将さんに届くよう声をかける。

「すみませーん!荒木咲ですけどぉ!そろそろ出発しようと思います!」

 因みにだが、宿泊料金の方は前払いで済ませてあるので心配無用である。

 午前中の予定としてはここに姿の見えない淀鴛さんと連絡を取り、燈明神社へ共に同行しようと思っていた。
 勿論、姿が見えないからといって、約束を破ってどこぞへと向かうような身勝手な僕ではない。

「はーい!今行きますから少しお待ちを~!」

 女将さんのよく通る声が廊下の奥から聞こえた。

 僕達は女将さんが来る間にそれぞれが靴を履き、いつでも出発できる体勢を整える。

「ごめんなさいねぇ、待たせちゃってぇ。これを作ってたものだから」

 小走りに駆けつけた女将さんが手に持った何かを渡そうと手を伸ばす。

 ほぼ条件反射で僕の方からも手を差し出した。

「はい、これ。朝食を食べたばかりだから直ぐには入らないかもだけど、お腹が減ったときにでも食べてくださいねぇ」

 頂いたのは透明なパックに入った出来立てほやほやの串団子だった。

「えっ!?良いんですか?こんなのまでもらっちゃて」

「良いんですよぉ。その代わりと言ってはなんだけれど、もし万が一また井伊影村を訪れるようなことがあれば、是非うちの民宿をごひいきによろしくお願いしますねぇ」

 言われるまでもない。

 女将さんも承知して「万が一」という言葉を口にした筈である。
 僕達が辺境にある井伊影村を再び訪れることは恐らくその確率に等しいだろう。
 だが、その「万が一」が実現した暁には、「民宿むらやど」一択しかないと心に誓ったものである。

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