刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ92~最終話

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 元々感情を表現するには難しい般若顔の韋駄地の表情が、恐らくは僅かに痛みによって苦しんで見えた。

「儂はこの突き刺した剣で其方の心臓をこれより貫く。さすれば其方の命は確実に絶たれよう…何か、この世に言い遺すことは無いか?」

 仙花の言った言葉は決して脅しなどではない。
 壮絶な人生を送ってきた韋駄地を憎悪と苦悩から救ってやれるのは、彼をこの世から決別させてやることが最善であると判断したのであった。

 と、韋駄地の漆黒然とする眼球から一筋の涙が溢れる…

「…ご、傲慢な考えかも知れぬが…お、己に来世があるとするならば…し、幸せになりたいものだ…」

「その願い、叶うと良いな」

「ズブッ!」

 仙花が握る鳳来極光に力を加えて韋駄地の心臓を貫き、剣先が背中から突き出した!
 
 漆黒の眼球は力を完全に失い、操り人形の釣り糸が切れたかのように首を垂れる鬼武者。
 辛うじて繋いでいた彼の命は仙花の一太刀によって此処に断たれた…

 歴史の古い名家に生まれ育ち、気品ある両親から愛され、妹や弟達からは大いに慕われ、果ては町の人々からも好かれていた彼は、韋駄地家の跡取りとして幸せになる筈であった。しかしながら人生とは予測もしない出来事により、突如と在らぬ方向へと導かれ狂ってしまうものである…

 仙花は数秒のあいだ瞼を閉じ、長きに渡って苦しみ、悪党として一生を送ることになってしまった彼に黙祷を捧げた…
 
 と、屋根上の端で仙花に止められ、参戦することを憚れていた蓮左衞門が叫ぶ。

「仙花様っ!目を開けてくだされ!鬼がっ!鬼が現れたでござる!」

 叫び声に反応した仙花がパッと目を見開くと、目の前には般若面のようだった韋駄地の顔が、御伽話に出てくる鬼の何倍も禍々しく赤い顔へと変貌を遂げていた。

「ほぉう、これはこれは。隠れておった怪異めが遂に姿を現しおったな!」

 仙花が言い放つと鬼の顔が怒気を帯びた表情ヘと移り変わり、みるみるうちに身体が膨張して背丈も高くなり、収まりきらなくなった己の纏う鎧を粉々に粉砕する!

 身体の高さや体積が仙花の三倍以上に達した怪異の「鬼」が咆哮を上げる!

「ゥガァーーーーーーーッッ!!!!!こっんの小娘がぁぁぁぁっ!!よくも我が友を殺ってくれおったなーーーーっ!!!!」

 凄まじい大音響の咆哮によって、軽量な仙花の身体が衝撃で揺らぐ。

「仙花様!今度こそ助太刀致すでござる!」

 仙花の窮地にいてもたってもおられず蓮左衛門と雪舟丸が駆け寄る!

「助太刀無用!儂一人でこの鬼は片付ける!元の位置へ戻り動くでないぞ!」

「えっ!?あっ!?えーーーっ!?」

 明らかなる窮地に助太刀を断られた蓮左衛門が、しどろもどろになり立ち止まる。

「おっっ!?」

 雪舟丸によって腰の帯を後ろへグイッと引っ張られ、蓮左衛門が驚きの声を上げた。

「蓮左衛門。あのご様子ではもはや言うことは聞いてくれまいよ。ここは仙花様の意思を尊重し、黙って高みの見物をさせてもらおうではないか。なに、いざとなれば拙者の『取って置き』でなんとでもしてみせるさ」

「そ、そうでござるか…ならば…」

 今回も仕方なく助太刀を諦めたちょっと可哀想な蓮左衛門であった。

 既に二人の存在を忘れた仙花が鬼に言う。

「鬼めが韋駄地のことを都合良く『友』と呼ぶか。戯言以外の何物でもないのう、どれだけ韋駄地の心を蝕んで来たことやら…ところでお主、なぜ現実世界で身体を得ることができたのだ?」

 この時仙花は、光圀に出会う以前の失われた記憶の一部が甦り、朧げながら昔見たことのある怪異の映像が頭をよぎっていた。

「ガガガ。簡単なことよ。儂はこの数十年のあいだ源蔵が死なぬ程度に少しずつ生命力を奪っておったのだ。具現化できたこの身体はその賜物というわけさ」

「…まぁ、そんなところだろうとは踏んでおったが案の定だったな。俄然、お主が韋駄地を『友』と呼のは些か可笑しかろうて…もう消えてしまえ、鬼よ!」

 怒りを露わにした仙花が鬼の身体を貫通している鳳来極光をぐるりと回し、地へと向く刃を鬼の頭の方へ向けた!

「グゥエッ!?」

 もはや韋駄地の魂は此処に在らず、完全に鬼のものとなった肉体を内部から傷つけられ鬼が悶え、目下の仙花目掛け伸ばした両腕で反撃に転じる!

「握り潰してやるわーーーっ!!!!」

「遅い!」

「ヒュッ!ズバッ!!」

「オガッ!!??」

 鬼の叫び声に全く動じず、仙花は両側から迫る両腕の攻撃を跳躍してかわす!と同時に鳳来極光を鬼の頭まで斬り上げ上半身を真っ二つに両断してしまった!

 鬼の身体が自らの両腕の重さにより、両断された部分から大きく両側へ分かれて開き、そのまま「ズズン!」と音を立てて瓦屋根の上倒れる。

 そして鬼の身体が禍々しい濃い紫色の蒸気をあげ徐々に消えていき、最後には跡形も無く消え去った…

「初の怪異退治、此処に完了…ふぅ〜、ちと疲れたわい…」

 郷六の村から夜通し走って蛇腹へ辿り着き、ほとんど睡眠を取らずして戦い続けた「芥藻屑との戦」はようやく終焉の時を迎えたのである…

結局のところ、蓮左衛門と雪舟丸の二人が彼女の身を案じて屋根上まで駆けつけたものの、「鬼武者」韋駄地源蔵と彼に巣食う怪異の「鬼」を一人で討伐した仙花。

 芥藻屑を片付けたことによりずっと張っていた気が一気に緩みその場に座り込む。

「儂はもうクタクタだ。蓮左衛門、雪舟丸。すまぬがお銀と九兵衛、それに解放した皆をこの社まで連れて来てくれぬか?」

「承知したでござる!」

「あ、仙花様。拙者は未だ寝ては駄目…」

「駄目だ」

「しょ、承知…」

 蓮左衛門は即答し、居眠り侍の雪舟丸はごねようとして即座に完封された。

 二人が皆の休む森へ向かい、暫くして仙花の待つ蛇腹の中央社へぞろぞろと皆が集まって来る。

 その中にはもちろん九兵衛の姿はあったけれど、顔の傷を特別な薬で治すと約した若い娘の姿が見えない。実は九兵衛が森で皆に薬を与え終え、待つよう言っておいてた草の茂みに向かうと娘の姿はなく、彼は辺りを探すも見つからず諦めていたのだった。
 顔に傷を持つ娘がなぜ姿を消してしまったのか?その答えを九兵衛が知ることになるのは未だ先の話である…

 下に集まった人々を中央社の屋根上から眺める仙花。その横に才色兼備のくノ一お銀の姿があった。彼女は仙花らが芥藻屑の者どもと戦う最中も絶えず動き続け、森で休む人々の護衛に芥藻屑の残党狩りを行った影の功労者である。

「仙花様、先ほど蓮左衛門から韋駄地を討つまでの過程を訊き及びました。此度は縦横無尽の活躍をされ、御身も健全な御様子で嬉しく存じます」

「うむ、其方もご苦労であったな。しかしまぁ、蛇腹周辺で生活する人々はこれで落ち着いた暮らしができるというものであろう」

「左様にございますねぇ。御老公が仙花様の行いを耳にしたなら、きっと満面の笑みで喜ばれることでしょう」

「ハハハ、そうであろうなぁ。喜ぶ姿が目に浮かぶ…」

 お銀の賞賛する言葉に仙花が労いの言葉で返し二人は目を合わせて微笑み合う。
 
 仙花が言ったように、蛇腹周辺の町や村に住む人々は、この先何十年ものあいだ悪党に襲われることなく平穏無事に暮らすことになる。
 何故なら、この地域に一帯に存在していた山賊や野盗やらは、芥藻屑に吸収されるか亡き者にされていたからだ。

 仙花一味の成した芥藻屑討伐の功績は、長きに渡り大いに人々のためになったわけである。

 二人が微笑みながら会話をしていると、蓮左衛門、雪舟丸、九兵衛の男衆三人もやって来て五人全員が揃った。

「よし、皆揃ったな…では、最後の締めを始めようか」

「「「御意!」」」

 同時に三人の返事は聴こえたがもう一人の返事が足りない。仙花が返事をしない主の方を見ると、居眠り侍は我慢できなかったのか案の定爆睡中であった。

「すぴ~、すぴ~、すぴ~」

 雪舟丸の寝息が一味全員の耳を打つ。
 
 お銀が殺人的手刀で叩き起こそうとしたけれど、仙花が首を横に振り「寝かせておけ」とそれを止めた。

 残った四人が屋根上の裾へ横並びに立ち、下で待つ人々へ向け語りだす。

「皆の者!聴いてくれ!儂は徳川御三家にして水戸藩の元藩主徳川光圀の娘、徳川仙花である。此度は囚われの身となっていた其方らを解放し、苦しめていた芥藻屑の連中も全て儂らが滅ぼした」

 「徳川」の名を出すことは出来る限り控えるよう言われていた彼女であったが、民衆の注目と信用を得るためには「徳川」の名を用いることが手っ取り早いことを知り、今回も躊躇うことなく名乗ったものである。

 横に並ぶお銀も、「善行」ならば光圀の名を汚すことはあるまいと黙認していた。

 やはり「徳川」と「光圀」の名は下総の人々にも轟いており、下から仙花を見上げる民衆の目の色が瞬時に尊い者を見るようなものに変わる。芥藻屑を滅ぼしたことについては少なからず響めきが起こった。

「うむ、その響めきは最もだな。だが正真正銘まごうことなく芥藻屑は滅ぼした!そこでだ、この蛇腹に残る金銀財宝や食料を各々持てるだけ郷へ持ち帰るが良かろう。おっと!物の奪い合いだけはしてくれるなよ!ハッハッハッ」

 下から仙花の粋な計らいに歓声があがる。

 仙花はその歓声を聴きながらくるりと後ろへ踵を返す。

「これで役目は果たした…陽も昇り、春の陽気が心地よいのう。儂はこのまま屋根上で日向ぼっこしながら暫く寝ようと思うが、皆はどうする?」

 蓮左衛門と九兵衛は「やっと休める」と即座に賛同し、忍びの者として抵抗感のあったお銀も「今だけはお付き合い致しましょう」と一緒になり、屋根瓦の上に四人は寝転んだ。

「美しい空だのう…zzzzzz」

 春もうららなぽかぽか陽気の中、戦いで疲れきった身体を休める仙花一味は、気を緩め程なく深い眠りに入ったのだった…

 こうして、百鬼夜行の目撃された薩摩の地を終着点とし、その途中、仙女へ覚醒するため出雲の地を目指して光圀の元を発った仙花一行は、初日と二日目にして多くの人命を救うも、激しい戦を経験する前途多難たるものとなった。

 とはいえ、仙花の世直し旅はまだ始まっばかり。
 この先の旅路にて、彼女は奇想天外かつ摩訶不思議な冒険を経験することになるのだが、それはまた別のお話し…


刀姫in 世直し道中ひざくりげ
鬼武者討伐編 完

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