「うむ、あの構えは間違いなく居合抜き、抜刀術だな。ならば儂も対抗してやろう」
蓮座衞門に言われるまでもなく気づいていたらしい彼女が、雅楽奈亜門に等し所作にて刀を構えた。
それは正に居合抜きの構えだった。が、急に辺りがしんと静まり返って微妙な空気が流れる。
意思の構えのまま暫く固まっていた雅楽奈亜門がやや呆れ気味に問う。
「……………….訊くが。お前…その構えは正気の沙汰か?」
仙花が首を傾げながら不思議そうな顔をして答える。
「…ん?儂は可笑しい構えは取っておらぬ筈だが?これは至極真っ当な居合抜きの構えと知るぞ」
「いやいやいや。呆れるぜ刀姫。居合術は敵を迎撃する上においてこそ技本来の力を発揮できると云うもの。二人とも迎撃体制になってしまえば、こうして互いに見合って固まるは必然ではないか?」
「!?」
言われた仙花の顔がポッと赤くなる。
恐らくは居合術の使い道を詳しく知らなかったことを恥じているのであろう。
「….そ、そんなことは言われんでも当然知っておったわ!お主にとっての居合術は迎撃において放つものという固定観念が強すぎるのだな!剣道はもっと柔軟な思考で学ばねばならぬと思うぞ!」
口ではそう言っても完全に真っ赤っかになった顔が内心で起こっている混沌を物語っていた。
当たり前だけれど?仙花はここでこんなことでは挫けない。
突然何かを閃いた表情になり雅楽奈亜門へ向かって言い放つ。
「ハッハッハッ!お主は悪党の癖に何処となく憎めぬところがある!だが憎めぬところがあると言ってもお主らの犯してきた罪は大きい!ゆえに次で叩っ斬ってやるから覚悟せよ!お主の知らぬ先攻的な抜刀術でな!」
「….もう、なんでもいいから早く掛かって来いよ」
半ば会話に疲れたといった具合の雅楽奈亜門が緩んだ集中力を取り戻す。
仙花の方はと云うと居合抜きの構えを解き、横に付けていた鞘を背中に近い方へ移動させ、履いていたワラジを脱ぎ捨て足袋を地べたにつけ、腰を折って前に重心をおく低い姿勢を取った。
「刀姫こと水戸の仙花。いざ参る!」
「ダシュッ!!」
そ周りで眺めていた者のほとんどは彼女が一瞬消えたような錯覚を覚え見失う。彼女の驚異的な瞬発力によってあり得ない速さで駆け出したために起きた現象である。
っという間に仙花は敵の懐へ飛び込んだ!
「ビュッ!!」
居合術によって引き出された雅楽奈亜門史上最速の剣が、彼女を真っ二つにせんと斜めの剣線を描く!!
「キッイィッーーーーーーン!!!!」
「なっ!!??」
なんとなんと!仙花は己に向けられた高速の剣を背中で受けたのである!そして背中からザックリ斬られたのかと思いきや、雅楽奈亜門の刀は何かにぶつかり鉄と鉄が鉢合わせたよう音を立てて大きく弾かれた!
そう、彼女はずっと背中に背負っていたもう一本の秘刀、鳳来極光(ほうらいきょっこう)の収まる鞘によって攻撃を防いだのである。
攻撃を弾かれたことにより、驚きの声を上げた雅楽奈亜門に明らかなる隙ができた!
「寝ねよ悪党!」
「ザシュッ!!!」
目論見が狙い通りにいった彼女には端からその気はなかったが、躊躇など微塵も見せず風鳴りの抜刀術によって雅楽奈亜門の腹を掻っ捌いた!
「チン!」
確かな手応えを感じ、勝負ありと確信した仙花は風鳴りを一度空振りして血を祓い鞘へと戻す。
命を落とすほどの深傷を負った雅楽奈亜門は立つことも叶わず、地べたに両膝を着き項垂れ斬られた腹部を両手で押さえた。
彼はガクガクと身体を震わせ、押さえる傷口から当人を循環することのなくなった赤い血が容赦なく流れ出す。
「…わ、笑えねぇなぁ…ま、まさか今日が俺の命日になるとはねぇ…も、もっとマシな生き方をすりゃあ良かった….」
「もし生まれ変われたならば、今度は違う生き方をするがいい…」
「…そ、そうするか、なぁ….」
悪党集団芥藻屑の芥五人衆が一人、速剣の雅楽奈亜門はその言葉を最後に力尽き、うつ伏せのまま二度と動かぬ屍となった…
「お見事でござる!仙花様ーーっ!」
蓮左衞門が仙花の真剣勝負の勝利を喜び声を上げると、ヒヤヒヤしながら眺めていた村人達も驚きと賞賛の入り混じった感情で仙花を讃えた。
方や、ハッキリと顔に出し、面白くなさそうにしているのは屋根上で傍観していた沙河定銀。
実のところ、彼は二人の一騎打ちを黙って傍観しているつもりつもりはサラサラ無く、隙あらば「飛剣」の由来である短く小さな飛刀を投げてやろうと構えていたのだが、余りにも早く決着がついてしまったため投げる機会を逸していたのである。
「あ〜あ。亜門のやつ、あんな小娘にあっさりとやられやがって。こうなりゃわて一人で無双してやるか…」
そう呟いた沙河定銀の後ろから、ゆっくりス〜っと現れた冷たい短刀の刃が喉元に当てられた。
「っ!?」
「あんたの戯言のような無双は残念ながら実現することは無いねぇ…だって、あんたはこの場でたった今死んじゃうんだからさぁ…」
その声の主は、蓮左衞門の隣からいつの間にか姿を消していたくノ一のお銀であった。
喉に触れる短刀の冷たさに恐怖を覚えた沙河定銀がゴクリと喉を鳴らす。
「おめぇ、知らぬうちにわての背後を取るとは…さては忍びの者か?」
背後を取られた彼には見えていないが、お銀はその美しい顔で不敵な笑みを浮かべていた。
「フフフ。死ぬあんたには猫の手くらい不要な情報だねぇ…でもあんたの人生を終わらせる者の名前を冥土の土産にするといいさ…あたしはね、甲賀の里ではちょいと有名な美濃部(みのべ)家の長女として生まれたんだよ…それはそれは蝶よ花よと大事にみっちり厳しく忍道を歩まされ、二十歳を超えた頃には里のくノ一をまとめる頭領になったってなもんさ…どうだい、家柄も良く、こんな立派で美人のくノ一の頭領に殺されるんだ。ちょっぴり幸せな気分になれたってもんだろう?」
「なるかーーーっ!わては未だ死ねんのじゃっ!これからも長く生きてたくさんの弱者をいじめて楽しむっ!!??ブフッ!!?」
お銀から望まぬ長話を聞かされた上、己の望みを言い終わらぬうちに喉元を短刀によって深々と斬られた沙河定銀。
「ブォフッ…え、えげつないことを…」
「うるさい豚だねぇ。忍者ってのは「なんでも屋」的なところがあるけれど、元来は鍛え抜かれた身体を使って偵察や暗殺を主に仕事としてるんだよ。もう、目障りだから落ちな」
そう言ってお銀は喉を押さえて苦しむ沙河定銀の背中を「トン」と軽く蹴り、社の屋根の上から容赦なく落とした。
「ヘブッ!?」
グシャッ!と音を立て、頭から地面に叩きつけられた沙河定銀はそのまま立ち上がることなく、うつ伏せで身体をピクピクとさせていたが、先に逝った雅楽奈亜門と同じく二度と動かぬ屍となった。
その様子をじっと眺めていた村人達は、失っていた元気を僅かに取り戻し、少し変な表現かもしれないが微かな歓声を上げたのだっだ。
旅の初日にして芥藻屑という悪党集団の名を知り、その集団の実力者たる芥五人衆のうち、烈剣の四谷流甲斐、速剣の雅楽奈亜門、飛剣の沙河定銀の三人を亡き者とした仙花の一行。
この所業は一般的な意味では計り知れない功労と云えたが、当の本人達にしてみれば、とんと大したことではなかったようで、まるで何事もなかったかのような顔をして村人達に振る舞っていた。
村人達と共に仙花とお銀の二人が加わり、焚き火の修繕に取り掛かっているところへ、蓮左衞門と九兵衛の二人が雅楽奈亜門と沙河定銀の乗ってきた馬を連れて現れる。
「仙花様~!言われた通り馬を捕まえて来たでござる!それでこの馬をどうするおつもりにござるか?」
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