刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ89~91

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 

源蔵に言われた紗夜は素直に従い、部屋の障子を閉め部屋の中へ入る。

 韋駄地家の長女とはいえ紗夜は未だ十二歳。父、蔵之介の余りにも残酷な話しを耳にして、さらには兄が父の命を奪おうという衝撃的な場面に兄を止めたことは、奇跡に等しい行動であった。

 現に紗夜は、心の平静を取り戻しつつある現状において身体が小刻みに震え、恐怖の感情に押しつぶされそうになっていた。

 そんな妹のことを想ってか源蔵は猛っていた己を自制し、可能な限り冷静さを保ちつつ安心させるため紗夜に優しく語りかける。

「…ありがとう紗夜。其方のお陰で父上を斬らずに済んだ…もう安心して良い。僕が父上を此処で斬るようなことは二度と起こるまいよ」

 源蔵の気遣いが届いたのか紗夜の身体の震えがスッと消えた。
 彼女は源蔵の顔が敢えて視界に入らぬ位置に正座する。

「…兄様、承知しました。紗夜は此処におりますゆえ、どうぞ伝えなさりたいことを存分にお話くださいませ…」

「…心得た…」

 先ほどまでの混乱していた状態と違い、源蔵はにわかに平常心を取り戻し、冷静な思考と判断が出来そうであり、父、韋駄地蔵之介に向かって落ち着いた調子で語り出す…

「父上、今しがた僕は貴方の命を奪おうとしました…これで貴方と同様の罪を背負ったことになります…」

「…もはや俺の言葉に信憑性などあろう筈はない。だがそれは違うぞ、源蔵。其方が取った行動の原因は全て、父である俺の不甲斐ないなさが産んだ所業によるもの…其方は罪など背負っておらぬ…」

 蔵之介の心境もまた複雑であった。今や源蔵に刺客を向けたことを深く、深く後悔すると共に、己の存在価値など皆無なのではないかと考えているところへ、我が子が己と同様に堕ちてしまったようなことを口走るとは……蔵之介はこの後に及んでも、息子が罪の意識に囚われないようにしたかったのである…

 その気持ちが伝わったのか否か定かでなかったけれど、源蔵は首を横に振ったあと話しを続けた…

「父上…長話をする暇はございませぬ。これから話すことをしかと肝に命じて下さい…まずは、僕は話し終えたら直ちに家を出てこの地を離れ、二度と家へ戻りませぬ…したらば、世間には僕が死んだと思わせるため刺客の屍を焼き土に埋め、僕の墓として造ってくだされ。さすれば一件落着となりましょう…そして父上は、これから一生懸命に家族を守って行くのです。もしも、僕の云ったことが果たせぬようであれば貴方を許さず、僕は貴方を亡き者にするためこの家へと戻りましょう…」

 自己の絶体絶命の窮地に取った選択肢により姿形は変貌したものの、十三歳である源蔵の変わらぬ精神年齢からすれば、途方も無い覚悟と、厳しく険しい自らの道を呈し、父親への懇願をも含めた家族を護るための言葉だった。

 我が子の決意を悟った蔵之介はただ「委細、承知した」とだけ返し、源蔵の背後では、これが敬愛する兄との今生の別れであることを感じとった紗夜が、しくしくと大粒の涙を流して泣いていた。

「元気でな紗夜。さらばだ」

 源蔵は妹の紗夜だけに短く別れを告げると、宣言通りその場から煙の如く消え去り、住み慣れた韋駄地家の屋敷から遠く離れたのだった。

 「ヒュウヒュウ」と音を立てて吹く冷たい秋の夜風を浴びながら、行く宛の無い夜道を一度も振り向かずにひたすら前へ、前へと走り続ける韋駄地源蔵。

 彼の目には悲しみの涙が浮かぶ…

 と、外部からではなく、自身の内から契約を結んだ怪異である「鬼」が語りかけて来た。

 鬼は源蔵と契約を結んだ時点で力を分け与え、今の今まで休眠状態に入り沈黙していたのである。

「源蔵、命を奪おうとした父親を殺さなかったようだが、本当にそれで良かったのか?」

 鬼の存在を忘れていた源蔵が一瞬戸惑うも、走る脚を休めて応じる。

「…ああ、あれが最善の選択だった筈だ…だが万が一にも、父上が僕にした仕打ちを家族にするようなことがあったなら、その時には躊躇せず八つ裂きにしてやるさ…」

「…ほう、儂としてはそうなってくれた方が面白いが…多分お前はそんな結果なぞ望んではおらんだろうな」

「…勿論だ」

 源蔵はたったこれだけの返事をするのに一間置いた。それが怪異との共存による精神的侵食の影響を受けた、源蔵にはほとんど無かった凶暴性の膨張の発端であったのだが、彼の頭の中は家族との決別と、この先どうやって生きていけば良いのか?という大きな不安により、考えて意識する余裕など微塵も無かった…


 こうして、人々から神童と賞賛され、家族からも将来を期待され将来有望だった筈の少年は、不幸にも正体不明の病によって人生を大きく狂わされ、何もかもを失って尚、生きることへの希望を捨てず、やがて薩摩の地を北上し、島原の天草四郎との運命的な出会いを経たのち、内に潜む怪異たる「鬼」の侵食により圧倒的な戦闘力を得て凶暴な鬼武者となり、少年の頃の韋駄地源蔵が望むことは無かったであろう修羅の道を歩むこととなる…

 鬼武者の痛烈かつ壮絶な物語は、片手間などでは到底語り尽くせぬであろう…

 はてさて、大悪党芥藻屑の頭領であり、鬼武者である韋駄地源蔵の残酷な過去物語にいつの間にやらどっぷり浸かってしまったけれど、その頃より六十年近くもの時が経過した今へと戻ってみようではないか…

 芥藻屑の領地である蛇腹の二階建ての中央社、その屋根上で彼と武器を突き合わせ対峙するは、天下に名を轟かす水戸光圀の養子にして仙女への覚醒を当面の目的とする十六歳の美少女水戸仙花。

 仙花の所持する特別な刀「鳳来極光」によって、韋駄地の刀は最も容易く叩き折られ、彼は一度手放した長槍を拾い上げ仙花に向けて構え立つ。

「…ん?其方。今しがた、何か申したか?」

 彼女の耳に突如として、誰かの声が届いたような気がして問うたのだった。

「?…何も申さぬ」

「そうか?儂の空耳かのう…ん~、まぁ良い。いざ!参るっ!!」

 サッと頭を切り換えた仙花が風のように駆け一気に間合いを詰めた!

「ビュッ!」

 彼女の顔面目掛け、長槍による閃光の如き突きが放たれた!

「ギィン!…キン!」

 仙花は長槍を刀で払いのけ、すぐさま韋駄地の面頬へ一刀を入れる!
 先日から戦闘を繰り返す仙花の武術の腕前は驚愕の早さで成長していた。
 
 韋駄地が間合いを取るため後ろへ退がると、顔に着けていた面頬が真っ二つに割れ素顔が晒け出される。

 顕れた顔面は少年の頃よりも禍々しく、もはや目鼻の数が人と同じというだけの、怪異に対し確定的な言葉は相応しくないのかも知れないけれど、紛うことなく怪異の顔面となっていた。

「其方の姿、もはや人に在らぬな…さぞや辛く、悲惨な人生を歩んで来たのであろう…」

 まるで韋駄地を哀れむかのような仙花の表情たるや、戦いの真っ只中にあって厳しさとは程多く、子を見守る母の如き優しささえ含んでいた。

「…哀れみなど不要。しかも敵から言われようとは不愉快極まりなし」

 韋駄地が仙花の哀れみに対し無礼千万とばかりに吐き捨てた。

「ハハハ、それもそうであろうな…悪かった。では、其方を長く暗い苦しみから儂が解放してやろう!」

 仙花の仙花の顔付きが一瞬で真剣そのもののとなり、韋駄地に向かって再び斬りかかる!

「ギッキィン!!!」

「ッザン!」

「ぐっ!?」

 仙花渾身の一振りを両手で支え持つ長槍で防ごうとした韋駄地だったが、長槍は鳳来極光の刃に耐えきれず両断され、そのままの勢いで右腕を付け根から斬り落とされた。

「ズザン!!」

「っ!?」

 勢いの止まらない仙花はその場で身体を回転させ、韋駄地のもう一方の腕も斬り落とす!

「ズン!!」

「がぁっ!?」

 さらにはとどめとばかりに彼の心臓を狙い、煌めく鳳来極光の剣先を突き立てたのだった!!

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