刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ59~61

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編

 八方塞がりの紛れもない絶対的窮地に追い込まれた韋駄地源蔵。
 しかし、彼はこの如何ともし難いはずの土壇場で不敵に笑う。
 自害、又は降伏という選択肢もあったろうが、そのような不甲斐ない道を選ぶような彼ではなかった。
 手に持つ刀を鞘に収め、戦場に落ちる一本の長い槍を拾い上げて構え、「うおぉぉ!」と雄叫びをあげると追っていた弓隊の方へ玉砕覚悟で突撃する!

 否、「玉砕覚悟」という言葉は彼に失礼であり不適切だったかも知れない。
 韋駄地源蔵は類い稀な武力の持ち主であると同時に頭の切れる男でもあった。
 彼が得意とする刀を収め槍を拾い、何処へでも突撃できる状況から敢えて弓隊を選んだのには合理的な根拠が有るからに他ならない。
 槍は刀の倍以上に広範囲を攻撃できるし、弓隊は誘導のために全力で走り疲れている上、刀での近接戦は不慣れな筈である。
 それに全方位を敵に囲まれた場合、最悪なのは脚を止め、隙だらけの背後を狙われ袋叩きにされる確率が高い。
 仙花と蓮左衛門が芥藻屑に囲まれたのにも関わらず、その場で応戦出来たのは互いの背後を守れたからであった。
 韋駄地源蔵の背後を守ってくれる者など一人もおらず完全に孤立した状況。
 ならば包囲網の一角を崩し、そこから他の部隊を崩壊させてしまおうと考えた訳である。

 刀を構える弓隊に槍の届く範囲まで近づいた彼は、数人の頭を狙い槍を横へ力任せに薙ぎ払う!

 その威力たるや凄まじく、最初に槍の餌食になった者は一瞬で頭を砕かれ絶命し、勢いそのまま槍は立て続けに他の三人の命も奪った。

 無論、彼が頭を狙ったのは一撃で敵を仕留めることが可能であるということもあったが、槍の勢いを殺したくないというのが真の理由である。

 いっときでも攻撃の手を休めてしまえば、人数にものをいわせて攻め入られ、瞬く間に追い詰められて潰されてしまうであろう。

 が、そんなことは百も承知だった韋駄地源蔵は無論、攻撃の手を休めることなく「ブンブン!」と槍を回転させ次々に弓隊の兵の頭を粉砕していく!

 彼は体格にも恵まれ、十八という若さながら成人した男性の何倍も腕が太く、全身筋肉隆々といった身体つきをしていた。
 その身体から繰り出される槍の一撃はとてつもなく早く重い。弓隊のほとんどの者が一切の抵抗もできずに参殺され、あれよあれよという間に全滅してしまう。

 無惨に散った弓隊を目の当たりにした他の兵達は少しばかりたじろぐも、これくらいは想定内だと言わんばかりに「おお!殺せ殺せ!」と吠えながら一斉に襲いかかった!

 左から五人、右から八人。
 瞬時に人数を把握した韋駄地源蔵は人数の多い右側を選択し駆け出す。

 八人の兵士が横一列に並び、彼に向かって一斉に長槍を突き出した。

 だがその攻撃は虚しくも空を切ることとなる。

 彼は重い鎧を纏っているのにも関わらず、一斉攻撃を嘲笑うかのように高い跳躍でかわしたのだ。

 驚愕した敵を尻目にすかさず頭上から八連の突きを繰り出し、一撃も外すことなく八人の頭を突き砕いた!

 着地すると同時に八人が絶命しバタバタと倒れたが、その新しい屍を越えて来た左側の五人が同じく横一列に並び一斉に長槍を突き出す!

 今度は跳躍する大勢の整っていなかった韋駄地源蔵は、地に顔面がつきそうなほど低い姿勢をとり長槍をやり過ごすと、そのままの大勢から力任せに槍を振り敵の脚を狙って薙ぎ払う!

 恐ろしいことに五人の脚は揃いも揃って切断され、地への支えを失った兵士の身体が人形のように倒れていった。

 此処までの人智を超えた壮絶な様を見て、幕府軍の兵士達は流石にゾッとして攻め込む脚を止めたが、百人の兵士を取りまとめ、この策の指揮を任された指揮官が「怯むな!攻め続けろ!」と怒号を飛ばし、怯んだ兵士を無理矢理奮い立たせる。

 幕府軍はたった一人の相手に三十人の屍を築き軽い混乱状態を招いていたけれど、数での圧倒的かつ絶対的な優位は変わらず、必ず討ち果たせるもの信じていた。

 韋駄地源蔵の体力回復を許すまじと、さらに大人数の塊が、彼を中心とした円状に陣を組み首を奪ろうと一斉に攻め立てる。

 敵に応戦し激しい動きを繰り返し、さぞや息を切らしているであろうと思われる韋駄地源蔵は大方の予想を裏切り、息一つ見出さず不敵な笑みを浮かべ「馬鹿な者どもよ」と呟いた。

 が、気合の叫び声を上げながら彼に攻撃を仕掛ける幕府軍兵士達。彼らにその呟きが届くこともなく波状攻撃が止まることはない。
 
 全軍が一斉に間を詰めようとするのを「迎え撃つ」ではなく、やはり人壁の一部に狙いを定めて韋駄地源蔵は突進する!

 そして敵を目前にし、今までと同じように槍で薙ぎ払うのかと思いきや、今度は槍を地面に力一杯突き刺し、反動を利用した棒高跳びによって人壁を越えていった!

 敵兵の背後に綺麗に着地した彼は、普通なら逃げ果せるかもしれない千載一遇のこの機会に、逃げの一手などあり得んとばかりにサッと反転し、刀を鞘から解き放つと敵の背後突く攻撃を仕掛けたものであった!

 幕府軍の誰もが予想し得ない彼の行動に動揺し、動きが鈍ったところを逃さず強襲するこの男は、もはや人ではなく「化け物」の類と云えたかもしれない。

 こうして、並の武士とは遥かに一線を画した彼の戦いぶりにより、幕府軍の兵士は次々と返り討ちに遭い、指揮官を合わせ十数人にまで減ってしまっていた。

 戦場には幕府軍兵士達の屍が散乱しており、ポツポツと降り出した雨の中に大量の返り血を浴びた鎧武者が刀を持ったまま立っている。
 
 その姿を遠くから眺めていた別部隊の兵士の一人が「ありゃぁ人間じゃねぇ、赤鬼だ」と呟き、もう一人の兵士が「だな、赤鬼の鬼武者だぁ」と呟いたと云う。
 この二人の兵士よって急速に噂が広まり、韋駄地源蔵が世間から「鬼武者」と呼ばれるようになった所以である。

 と、彼が「鬼武者」たる所以を語ることはできたけれど、此処で物語を切ってしまい結末まで語らぬは決まりが悪いというもの。
 なので鬼武者韋駄地源蔵のこの後の行先まで語ろうではないか…

 韋駄地源蔵を孤立させ討伐する策は明らかに失敗の様相を呈しているのだから、本来であれば退却するのが妥当なのだが、この策を任じられた軍はそうはしなかった。
 では何故、生き残っている兵士の士気は風前の灯火であり指揮官の精神と体力も限界近くだというのに退却しなかったのか?

 幕府軍の本当の思惑はこうである。
 
 例え此度の策が失敗に終わり韋駄地源蔵を討ち取れずとも、何度も苦い水を飲まされた幕府軍としては、最悪この策の任じた部隊が全滅してしまっても彼の足止めとなってくれればそれで良いと…

 この部隊の指揮官は昨夜のうち、総大将である松平信綱(まつだいらのぶつな)に呼びつけられ、「死んでも退却は許さぬ」などと言い渡されたものである。
 いくらなんでもたった一人の武士を討ち取るのに、百人もの兵士が居れば「失敗は断じてあり得ん」とたかを括っていたのだが、結果は燦々たる有様となり今や絶望感しかなかった。
 
 無論、松平信綱とて無慈悲な策によって単に犠牲を払わせたわけではない。
 韋駄地討伐部隊の犠牲の裏では、全軍の総力を上げて天草四郎の守る砦へ攻め入っていたのである。何としてでも今日のうちに戰の決着をつけるために…

 
 さて、闘気によって湯気のようなものが沸き上がっている鬼武者韋駄地源蔵と対峙するは、あれだけいた兵士が残り十数人となってしまった討伐隊。

 彼らは怪異や妖怪の類である「鬼」を想わせる鬼武者の前で確かに怯えていた。しかし、地獄絵図のようなこの状況に於いても尚逃げ出さないことは賞賛に値し、ある意味では「勇者」であったかも知れない。
 
 そのある意味勇者である彼らに容赦無く襲いかかる鬼武者であった。

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