刀姫in 世直し道中ひざくりげ 第3話 芥藻屑との戦 ノ62~64

刀姫in世直し道中ひざくりげ 鬼武者討伐編
pakutaso

 残った討伐隊の十数人は百人居た兵士達の中でも精鋭の者達である。
 
 彼らは今までの人数に頼った闇雲な戦い方ではなく、韋駄地源蔵の攻撃をかわしながら隙を作り、そこを攻めて討ち取る作戦に切り換えて応戦した。

 この作戦には、此処まで激しく動き縦横無尽に暴れたのだから、もういい加減疲労で動きが鈍るであろうという希望的観測が含まれていたのだが…

 韋駄地源蔵にはそんな素振りなど微塵も見えず、なんとかしぶとく粘っていた兵士達が一人、また一人と鋭い攻撃によって斬られていく。

 もうすぐ百人斬りに達しようかというこの男の絶大なる強さの秘密は一体なんなのか?

 剣術や槍術に関していえば確かに年齢から考えてもかなりの腕前ではあったけれど、どう見積もっても決して熟練した達人の域には遠く及ばない。だが彼には剣術や槍術といった武術の未熟さを補う基礎体力や戦闘の才、はたまた動物的な野性の勘といった人間の本質的な部分が人並み外れていたのである。それも化け物じみて…

 今もまた、長い年月をかけて修行し磨き上げた韋駄地源蔵より優れた剣術を使う兵士が斬られた。
 彼には並大抵の武術では到底歯が立ちそうにない。
 そして遂に、残ったのは指揮官と近衛兵の合わせて三人だけとなってしまった。

 圧倒的に優位な数、それも百対一で始まったこの戦。
 いくら強いといっても所詮はたった一人の生身の人間。百人がかりで倒せぬ人間などこの世に存在する筈がない。と、指揮官は元より兵士の誰しもが策の成功だけを考え、失敗することなぞ頭の片隅にもなかったのだが結果は燦々たるものであり目も当てられぬ有様。

 指揮官は懸命に兵の指揮と鼓舞をして来たがそのどれもが空虚なものと化した。

 現実に生き残ってはいるが真っ青で死人のような顔つきの三人。もはや精神と体力が尽き果て、生きた心地もしていなかったであろう。
 
 だがそれでも彼らは退却することはなかった。いくら指令があったとはいえ、である。

 三人が意を決して最後の力を振り絞り、鬼武者韋駄地源蔵に玉砕覚悟の攻撃を仕掛けようとした時!

 天草四郎の砦を攻めていた幕府軍による空気を揺るがすような勝ち鬨が一斉に轟く!

 三人が動きを止めて勝ち鬨のする砦の方へ目を向けると、幕府軍の巨大な旗が砦の天辺に堂々と掲げられていた。

 江戸時代初期最大の内戦「島原の乱」は此処に終結したのである。

 指揮官と兵士達が思い出したように韋駄地源蔵の方を振り返るとそこに彼の姿はなく、九死に一生を得た三人は腰が砕け、地べたにへなへなと座り込んだのだった。

 「島原の乱」は多くの死者を出したものの、幕府軍の力によって鎮静し終わりを迎えたのだが、二人の重要人物の生死、若しくは行方が謎のままであった。

 一人は討伐隊の前から忽然と姿を消した韋駄地源蔵。そしてもう一人は、指揮官であり指導者でもあった天草四郎である。

 内戦に勝利した幕府軍によれば、荒れ果てた戦場で天草四郎の死体を探し当てたとのことだった。
 
 だが真実とは少し違うようである…

 確かに幕府軍の発見した死体は彼を象徴するところの「奇抜」な身なりをしていた。しかし発見当時、死体の顔は鉄の鈍器で何度も叩かれたかのように潰され、全身の皮膚も刃物による裂傷が激しかったため、実際にはこの死体を「天草四郎」だと断定するには材料が乏しかったのだけれど…
 幕府軍にとってはこの死体が「天草四郎」であってくれた方が戦後の処理上なにかと都合が良かったのである。

 画して、死体は幕府軍によって「天草四郎」だと断定され、彼の死は世間にあっという間に知れ渡ったのだった。

 極少数派の意見としては幕府軍の情報は虚偽であり、「本当は南の薩摩国へと逃げ延びたのだ」などという噂も囁かれることもあったが、この時の時点では真実を知るものはいなかった。

 天草四郎が歴史に名を残すほど有名になった一方で、一騎当千の実力を持ちながら歴史に名を刻むこともなかった韋駄地源蔵。

 この先、戦場から幽霊の如く消え去った彼を目撃者した者は一人として現れず、幕府軍兵士達の広めた噂も「韋駄地源蔵」という名よりも、「鬼武者」という二つ名だけが人々の記憶に残り、数年後には単なる伝説として語り継がれていった…


 
 さて、韋駄地源蔵の物語はまだまだ語り尽くせぬほどあるがこの辺にして、「島原の乱」終結より五十年以上の時が経過した今に戻ろう。

 芥藻屑の賊が居住する土地「蛇腹(じゃばら)」。
 その中央に位置する他の建造物より品質や見た目も良い社の屋根上には、「島原の乱」当時と全く同じ身なりの「鬼武者」韋駄地源蔵が立っている。

 これまで芥藻屑の賊を三十人近く斬り捨てた仙花が彼に一騎討ちを挑まんと、信じがたい跳躍力で中央社二階の手摺に飛び乗り、そこから屋根上へ一気に飛び乗った。

 仙花が遂に伝説の豪傑「鬼武者 韋駄地源蔵」と対峙する。
 だが彼女は彼がどれほどの強者なのかを知る由もない…

「やっと……..というほどでも無いが、う〜む、やはり、やっと会えたな韋駄地源蔵!いきなりだが死ぬ覚悟はできておろうな!?」

「………….俺の名を知っているのか小娘…ならば俺の過去についても知っているのか?」

 無表情で問いかける韋駄地の声は存外若かった。普通に計算すれば現在七十近い老人の筈である。重く渋い声質だとはいえ、とても老人の出す声には聴こえない。

「そんなものはとんと知らぬ。非道な悪党の過去なんぞに儂は興味を持たぬよ」

「フッ…だろうな。良かろう、今より斬る貴様の名だけでも訊いておこうか」

 口角を上げニヤリとして答える仙花。

「元水戸藩藩主水戸光圀が娘、刀姫こと水戸仙花だ」

 「水戸光圀」の名を聞いた韋駄地の目が鋭くなる。

「水戸光圀…貴様はあの徳川光圀の娘だというのか?」

「そうだ。曲がりなりにもな」

 韋駄地の顔は面具で覆われているため口元は見えないが、露顕している目だけが笑って見えた。

「ククク、これはおもしろい。まさか幕府の…しかも徳川姓の人間を狩れるとはな。まだ我が天命も捨てたものではなかったらしい。小娘、残念だが貴様は楽に殺してやれそうにない…」

「はん!それは杞憂に終わるというものだ。いざ尋常に一騎打ちといこうか」

 仙花は鼻で笑い、鞘からゆっくりと脇差の「風鳴り」を引き抜き構える。
 韋駄地も手にした弓を放り投げ、背中に縛っていた長槍を手に持ち構えた。

 相手の武器は仙花の初めて経験する長槍。果たしてどういった戦略を立てて挑むのか?

 滑りやすい瓦屋根ということもあり、草鞋を脱ぎ捨て息を整えた仙花が駆ける!

「タッ!」

 韋駄地は瓦屋根の上方に立っているため若干の上りとなる。
 だが瓦屋根の斜面を軽やかに駆ける仙花はそれを苦にしない。

「ビュッ!」

 至近距離まで達した彼女に向けて長槍の閃光のような一突き!

「サシュッ!」

 俊敏にサッと避けるも髪を切られてしまう。だが「風鳴り」の届く範囲に入った!

「もらった!」

「ギィッイィーーーン!!」

「っ!?」

 仙花の一撃が韋駄地の身体へ触れる直前に相手の刀によって弾かれた!?
 韋駄地は咄嗟の判断により余った左手で腰の刀を抜き彼女の刀を払ったのである。

 「不味い!?」。刀を払われ、隙のできた瞬間に危険を察知した仙花はその場から飛び退き韋駄地と距離を取った。

「なかなかの速さだったぞ小娘。それに初撃を避けたことを褒めてやろう」

「ハハハッ。お主もなかなか見事な判断であったぞ。儂も褒めておいてやろう」

 と余裕を見せて応じた仙花であったが、この一合の激突で韋駄地が只者でないことを感じ取っていたのだった。

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