「特別な怪異を身に宿す…おもしろいな」
蓮左衛門の返答に疑問に思える部分が他にもあったけれど、仙花はやはり特別な怪異」に喰い付き興味を示した。
そもそも「怪異」とはいったいどのようなものなのだろうか?
怪異という言葉は現実にはあり得ず説明のつかない「物」や「現象を」指すらしいが、怪異を可視化したのものが妖怪や化け物にあたるということも踏まえ、この物語では総じて「とにかく不気味で正体不明な存在」とでも解釈しておこう。
「おっと!仙花様に間違った解釈をして頂いては不本意にござりまするゆえ先に申しますが、無論、我ら四人はまごう事なく歴とした人間にござりますのでご安心くださいませ」
「うむ、それは言われずとも重々承知しておる。其方らの魂は人間のそれと何一つとして変わらぬからのう。だがなぜ儂が訊くまで隠していたのだ?」
蓮左衛門に代わり、目を開いた雪舟丸が落ち着いた口調で話す。
「別に隠していたわけではございませぬ。光圀様より『頃良い時が来るまでは話さぬ方が良かろう」とのお達しがあり黙っておりました。かなり早目の段階にあれど、その『頃良い時』が今になっただけに御座います」
「…じっ様がのう。しかし思うに、そのような気遣いをする必要が何処にあるというのだ?…」
「それについては様々な理由が考えられましょうが、光圀様からすれば仙人と怪異の相性なるものを最も危惧されていたように存じます。人間にとっての仙人は神に最も近く尊い存在であり、怪異とは人間に恐怖を与え害を成す悪を想像させるような存在で知られておりますからなぁ…」
「…なるほどのう。言わんとしていることはある程度理解したわい。して、一つだけ抑えておきたいのだが、其方らはその身に宿す怪異を制御できておるのだろうな?」
「…未だハッキリと申せませぬが、一人を除けば完全に…」
ここまで澄まし顔で話していた雪舟丸の表情が僅かに曇り、心にある迷いを感じさせる口調で応じた。
「其方の云う怪異を完全に制御できないであろうその一人とは誰だ?」
「…仙花様、詳しい話しはまたの機会というわけにはいきませぬか?この先を話すとなると拙者も慎重に考え言葉を選んで申さねばなりませぬ。今すぐに事が起こるのはあり得ぬと断言し約束致します。今は芥藻屑との戦に終止符を打つ事こそが先決かと…」
雪舟丸の重くなった顔を見てとった仙花が先程までの厳しかった表情を和らげる。
「…そうだな。終わりの近いこの戦。残った鬼を討ち幕引きとしようぞ」
気持ちを切り替えた仙花が蓮左衛門と雪舟丸の二人に背を向け、鬼武者韋駄地源蔵に声を掛ける。
「待たせて悪かったな、鬼武者よ。だが儂の気掛かりは粗方晴れた。一騎討ちを再開し決着をつけようではないか」
己より五十歳以上の歳下の少女の手前勝手な要件に応じ、話しが終わるまで律儀にも胡座をかいてジッと待っていた韋駄地。彼は苛立つような仕草も特に見せず、鎧の擦れ合う音を響かせながらゆっくりと立ち上がった。
大いに偏見の可能性があるかも知れないけれど、世の中に蔓延る悪党の大半はせっかちな者が多い!ような気がする…
その是非はともかくとして、韋駄地源蔵の取った行動は実に真摯的であり紳士であったと云えなくもない。
とはいえ、芥藻屑が平民に行った所業は極悪非道であり許されざる暴挙でもある。
しかしその悪党どもも突如として現れた仙花一味に尽く倒され、残るはこの鬼武者韋駄地源蔵を残すのみとなった。
「なに、これくらい気にするな。俺は悪党としての自負もあるが変に気は長い。それに貴様らのような手練れと剣を交えることも久しく俺の血肉は湧き踊り、鬼も楽しんでくれているようだ。なんなら三人纏めてかかって来るが良いぞ」
仙花と韋駄地が一騎討ちが中断する前までは韋駄地が優勢であった。それを踏まえての挑発であろうが…
「…いや、お主の相手は変わらず儂一人で十分だ。だが、先程までの儂とは一味も二味も違うから覚悟するがいい」
そう言って凄む仙花は、使い慣れ手に馴染み出した脇差の「風鳴り」を引き抜こうとはせず、代わりに未だ一度も戦いで使用したことのない刀、「鳳来極光(ほうらいきょっこう)を鞘より解き放ち前方に構えた。
彼女の目前に構えたその美しい刀の表面に、今まで現れたことのない「鳳来極光」の文字が浮かぶ上がり一瞬光を放つ。得体の知れない何かに共鳴し息を吹き返したような感覚が仙花に伝わる。
「ハハハ。怪異なる者を前にして生き返ったようだな我が剣『鳳来極光』。お前の凄さをとくと見せてくれよ」
刀を目にした韋駄地の眉が僅かに動き、自身も鞘から刀を引き抜き身構える。
「その刀、恐らくは人の作り出した代物ではないな。斬られれば鬼の魂まで砕かれそうだ…」
「この刀が特殊な物だとお主にも分かるか。まぁ、こいつの素性はかくいう儂もよく知らんのだがな。では一騎討ちの再開だ!」
「タン!」
瓦を蹴った仙花が軽やかに、そして驚くほど俊敏に屋根上を駆け間合いを詰める!
と、韋駄地への攻撃範囲に到達しようかという直前、仙花が高く跳躍し身体を自転させて吠える!
「烈風竜巻斬りっ!」
十六の少女が生まれて初めて繰り出した技の名は安直な名称だったが、自身の腕力に体重と遠心力を加え強烈な一撃を生み出す!
「パキィン!ザンッ!」
「ぬおっ!?」
韋駄地が防御するため反射的に出した刀を木の枝でも折るように容易く叩き折り、勢いそのままに鎧ごと生身の胸を斬り裂いた!
「ザンッ!ザンッ!ザザン!」
さらに仙花の勢いは止まらず胸にもう一太刀浴びせ、回転しつつ横をすり抜ける際に脇腹、最後に背中にも一撃を浴びせると、韋駄地との間合いが空いたところでようやく回転を止めた。
斬り裂かれた傷からは血が噴き出し、堪らず片膝をつく韋駄地。
仙花の方は少し目が回ったようで揺れる身体を上手く止めることができず、酒でも呑み酔っているかのようにフラついている。
「ハハハ、こ、これはぶっつけ本番でやるべき技ではなかったかな。も、もっと三半規管を鍛えねば、なるまい…」
仙花に「助太刀無用」と釘を刺され、心配しつつ眺めていた蓮左衛門が拍手して歓喜する。
「仙花様!素晴らしい技にござる!」
隣りで同じく傍観していた雪舟丸が呟く。
「韋駄地に深傷を負わせた技は確かに素晴らしい…だが、まだ決着はついておらぬ…..」
雪舟丸の見解は正しかった。
並の人間ならば二度と立ち上がって来れぬであろう深傷を与えたにもかかわらず、曲げていた膝を真っ直ぐ戻して韋駄地は立ち上がった。
よく見ればあれだけ勢いよく流れ出していた出血も止まっている。
「くくく、何十年振りか、久しく己の血を見たわ。さっきまで戦っていた娘とはまるで別人のような動きに単純な発想の技だったが見事な威力よ。この短時間で腕がかなり上がっているようだ…」
「お、おう。だから一味も二味も違うと言ったであろう…と言うかお主、やはり肉体が鬼化しておるな。あれで死なぬとは途方もない回復力よ」
目の焦点が合い出した仙花は冷静にそう分析していた。
実際のところ韋駄地は遠い昔の幼き頃より、自身の肉体と引き換えに「鬼」と契約し人間離れした力を手に入れていた。だからこそ島原の乱を生きの残り、「鬼武者」と称されるほどの強さを身につけ、七十近い年齢にも関わらず若々しい肉体を保つことができているのである。
仙花が一騎討ち前に彼へ向けて言った見立ては、傷を短時間で癒してしまう回復力を除いては概ね当たっていたというわけだ。
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