夢中の少女

夢中の少女

[沈黙する親子]


 「いやだ」と否定する言葉に対し、普段なら怒りをあらわにするコイツが首を振って薄い笑みを浮かべている。
「凪、殴られたくなかったら出て来て一緒に外へ出るんだ」
 最初よりも穏やかな言い方で再度呼び掛けた。
「………」
 一時の沈黙が流れ、カタッと静かに襖が開いて幼い僕が顔を出す。
 正直言って顔が汚く見える。風呂には一ヶ月に一回くらいしか入れて貰えていなかったからだろう。
「よし、やっと出て来な。外に出て車に乗るんだ」
「ど、何処に行くの?」
「ファミレスに飯を食べに行くだけだ。今日は何を食べても良いぞ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。早くしろ」
 コイツと二人で外食をするのは、暴力が始まる以前もあったかも知れないが余り記憶に無い。 幼い僕は納得の行かない顔をしながらも、暴力を振るわれるのが恐かったのだろう、コイツの言う通りに外の駐車場に移動した。 当然だけれど僕は二人に着いていく。
 金が無かったのか自家用車は錆びれてオンボロを絵に描いたようだった。 幼い僕は助手席に座り、幽体の僕は後部座席に座る。
 ファミレスに着くまでのあいだ幼い僕はずっと俯いたままで、コイツも一切口を開かず、親子二人は一言も口を聞かなかった。
 なんて哀れで寂しい親子関係なのだろう…
 30分ほどでファミレスに着き二人は黙ったまま席に座った。
 コイツがメニューを手に取り幼い僕に差し出す。
「凪、好きな物を選べ」
 幼い僕はメニューを広げてお子様ランチとハンバーグを見比べ、1分ほど迷ったあとハンバーグを指さした。
「何だ、色々あるのにハンバーグか?」
 そもそも6歳の子供にファミレスのメニューを見せても選ぶのは大体決まっているだろうに…なんだコイツは。
「これがいい」
 幼い僕は、俯いたまま頑なにハンバーグを指さしていた。
 注文した料理が届き二人は食べ始めたが、相変わらず互いに何も語らず沈黙したままだった。
 先にコイツが食べ終わり、幼い僕が食べている様子を黙って眺めている。
 ここで幽体の僕はあることに気付く。 顔こそ豹変してしまっていたが、幼い僕を眺めるコイツの目が、表情が、僕の記憶に微かに残っている優しかった頃の父親になっていたのだ。
 俯いたままの幼い僕はそれに気付かない。
 幽体の僕はこのあと自分の身に起こる出来事を知っている。だからコイツの見せた目と表情の意味が分からず動揺した。
 食べ終わるとコイツが話しかける。
「凪、美味かったか?」
「…うん」
 幼い僕は俯いたまま頷く。
 二人はファミレスを出て、季節的に冷えている車内に乗り込んだ。

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