時は18XX年4月、文明開化の真っ只中。
「きぃえいっ!」
たった今、婚約希望の挑戦者を木刀一閃で負かしてやったところだ。
「ま、参りました!出直して来ます!」
「別に出直す必要は無いですよ。あなたではわたしに一生勝てませんから」
どこやらの御曹司は泣きながら道場を去って行った。
「全くもう!歯ごたえの無い殿方ばかりね」
そう吐き捨てるように言うは、剣技と美貌において絶対の自信を持つわたしこと、加賀美司(かがみつかさ)。
長い真っ直ぐな黒髪をうなじのあたりで結び、キリッとした眉に普段は可愛らしい瞳、ハッキリと存在感を主張する鼻筋、食事をする時でも気品のある唇。
…とまぁ、第三者がどう想っているかは知らないけれど、これがわたしの想う自分の姿。
お母様は高名な医者の娘で、血の繋がっていない婿養子のお父様も医者という上流階級の家庭。
お陰様でなに不自由なく育てられ、この道場も「剣を極めたいので道場が欲しいです!」と大好きなお爺様に嘆願すると、「良かろう!可愛い孫のためじゃ、喜んで建ててやる!その変わり学問もしっかり学べよ」と、条件付きながらもあっさり建てて貰った。
剣の達人であるわたしは17歳にして道場の師範代。門下生だって今は10人ほど在籍している。
学問は学校で学んでいた。通っている学校の名は花ケ崎女学校。いわゆるお嬢様学校で煌びやかな学生生活を謳歌している。
その学校に居ると、男性が将来の嫁を求め品定めするかの如く押し寄せる。
さっき涙目で去って行った男性もそのうちの一人だ。
もちろん見た目も大事なのだけれど、わたしは言い寄って来る人達にある程度の強さを求める。だって男性は強い方が良いじゃない!?
だから付き合う前に剣の手合わせをすることにしている。
天才的な強さのわたしに勝てとまでは言わないけど、せめて唸らせるくらいの強さを見せて欲しいと相手に条件を突きつける。これは加賀美家公認。
言い寄って来る大抵の男性は、わたしのことを「強いと言っても所詮は女性だろう」と舐めてかかって来る。そして、見事返り返り討ちに会い早々に去って行くのが関の山。
一見、剣道とは縁もゆかりもないお嬢様のわたしがなぜ剣の達人たるのか。
それは、わたしの出生に秘密があるからに他ならない…
かつて幕末の時代に存在を知らしめた浪士隊である新選組。
新選組の中にひと際異才を放つ一人の天才剣士が居た。名を沖田総司。
世間では沖田総司は若くして亡くなり、恋人や妻は居なかったと語り継がれているけれど、実は一時のあいだに一人の女性と燃えるような恋に落ちていた。
その女性こそ、わたしのお母様である加賀美京子(かがみきょうこ)。
つまりわたしは、新選組一番隊隊長で天才剣士だった沖田総司の忘れ形見なのです!
でもこれは世間には公表していない加賀美家だけの秘密。
今わたしは思いのたけを心の中で叫ぶ!「沖田総司の忘れ形見は最高の恋がしたい!」。
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