刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編 ノ62~64「時には」「釣果」「美青年」

刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編

 そう、真如に話しかけた仙人の二人は、たまたま人間界から取り寄せた「将棋」なる知恵比べの遊戯を嗜んでいたのである。
 それも百年のあいだ、雨の日も風の日も、雷雨の日も台風の日でさえも一日とて休むことなく…


 わたくし語り手も、ある意味ではこの二人を見習わなければならないけれど、大晦日も近いクリスマスイブの忙しい夜には、たった千文字を起こすことすら苦痛になる時もございましょう。

 ゆえに、今宵はこの辺で…

 近年、すっかり日本に定着したがいこイベントであるハロウィンを過ぎ、聴けばそれとなく味わえる馴染み深い音楽も増え、人を心地よくさせてくれる雰囲気のクリスマスも終わりを迎えようとしている…

 我らが日本におけるクリスマスの歴史は、1552(天文21)年、山口県で宣教師たちが日本人信徒を招き、キリストの降誕祭のミサを行ったことが始まりであったけれど、江戸時代に入るとキリスト教弾圧があったため、クリスマスは明治時代の初め頃まで受け入れられなかった。つまり、日本でクリスマスというイベントが定着したのは明治時代以降ということになる。
 よって、現在語り手が語り綴る真如の物語の時代には、クリスマスのことを知る者はほとんど居ないに等しいわけだ。

 だからこれ以上関係性皆無のクリスマスからは頭を切り離し、江戸時代初期に則った仙人界での物語を再開することに致しましょう…

 
 そう、草原の丘の上に仙人自ら手作りした椅子と机を置き、二人の老仙人が百年顔を突き合わせて将棋で勝負する。
 この行為を敢えて表現するならば、「気狂いの極み」とでも云うべきであろうか。
 そんな老仙人二人から視線を外し、真如は釣り目的の湖を目指しスタスタと歩いて行った。

 当然と云えば当然なのだが、天空に浮かぶ超巨大な浮島に存在する仙人界には「海」が無い。
 そもそもなぜ天空に浮かぶ島があるのかという疑念はさておき、仙人界には海が無い代わりに池や湖、川などは存在している。
 おっと!?海が無いのであれば流れた川の水は何処を終着点としているのであろうか。
 神話的な説明をするなら、「アホほどデカい巨人が常に口を開け、流れ着く水を全て呑み干しているのだ」などと云うことも出来ようが、実際のところは仙人達の優れた知能をもってしても未だ謎であった。

 真如は兎にも角にも目的の湖に到着し、釣り糸の先端にある釣針に餌の「野草」を取り付け、「えいっ!」と気合を込めて湖へと投じた。

 
 それからどれくらいの無駄な時間が経過したであろうか…
 少なくとも三時間は経過したであろうに、真如の持つ釣竿は一度としてピクリとも動かなかった。
 この底が見えるほど澄んでいる水の美しい湖に、果たして魚が泳いでいるのかどうかも微妙ではあったけれど、まぁ本当に野草などを餌として魚が釣れるわけもなく、真如はただただ黙ったままのほほんとした表情で釣り楽しんでいた。
 
 彼女の釣りの真の目的は、釣り本来の釣果をあげることにあらず、のどかで落ち着いた雰囲気を楽しむことであったのかも知れない…

 長いあいだ固まったように座り込み、首を回す以外の動きをほとんどしなかった真如が、ゆっくりと訪れた睡魔に抵抗せず瞼を閉じる…

 そして頭をコックリ、コックリと縦に揺らし出したその時!

「っ!?」

 今まで微塵も引きを感じさせなかった釣り糸に、まるで湖の主でもかかったかのような凄まじく重い引きが伝わり、真如は驚いてパッと目を覚まし、腕と足に力を込め湖に引き摺られないように踏ん張った!

「ぐっ!?ぎぎぎぎぎぎぎっ!!!!」

 釣竿が今にも折れそうなほどしなり、釣り糸も一直線に限界近くまで伸びはち切れんばかりとなっている!
 これが怪力の持ち主である真如でなければ、あっという間に湖へ引き摺り込まれていたかも知れなかった。

 真如が持久戦になれば釣道具の方が耐えられぬと判断し、一か八か全力で一気に引き揚げようと試みる!

「せーーーーのぉおおおーーーーーっ!!!!!!」

「ザッズゥァバーーーーーッ!!!」

 湖の中から釣糸を引いていた大物が遂に姿を現す!

「なぬーーーーーーっ!!!???」

 姿を見た真如は目が飛び出るほどしこたま大きな驚きの声を上げた!!

 それもそのはず!
 彼女が陸へ釣り揚げたのは湖の主である巨大魚などではなく、人間の姿形をした立派な若い男だったのである。

 草原の上に横たわるその男はぐったりとし、気絶しているようだが幸いなことに最低限の召し物は身につけていた。

 大幅な予想外の展開に腰を抜かしてしまった真如は、暫く動けずにただ黙って男を眺め、「さて、どうしたものか」と頭の中を高速回転させ思案する。

 気絶している男の顔はうっとりするほど美しく、この時代における男としてはずば抜けた美青年とも云えた。

 真如がその美しい顔に見惚れ、結局何も思いつかぬまま眺めていると、男が気絶から回復し目をゆっくり開けて身体を起こす。

 そして自身の両手がしっかりと動かせることを確かめ…

「ハハハ、お、俺は生き延びたんだな…」

 彼がどう言った意味で笑い、そう言ったのかは分からないけれど、意識がはっきりとしていることは理解出来る。

「…貴方はいったい…」

 見慣れぬ美青年にうっとりとした視線を送りつつ、真如が勇気を振り絞って声をかけた。

 水も滴る良い男と云っても差し支えない彼が声に気付き面を上げる。

「ん!?…もしや…貴方が助けてくださったのですね。俺の名は『あく』…」

「?…」

 男の喋りが途中で止まり真如が僅かに戸惑う。

「俺の名は、芥川城太郎(あくたがわじょうたろう)って云います」

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