刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編 ノ65~68「商人」「歳の差」「人食い魚」「ザンギ」

刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編

 城太郎と名乗った男が微笑を浮かべる姿を見た真如が胸をときめかせ、うら若き乙女のように頬を赤らめる。
 一応断っておくけれど、彼女が仙女に覚醒したのは二十八歳の頃であり、今の若く美しい容姿はほぼ当時のままで老化は進んでいない。
 と云っても、仙女になってからおおよそ百五十年という年月が流れ、彼女の年齢は計算すれば自ずと百八十歳前後となるわけだ。
 日本では江戸時代においても恋ができる年齢を制限する法律など存在ない、筈である…
 無論、仙人界にもそのような不自由過ぎる法律や規則は存在しなかった。
 だから真如がたとえ幾つであろうとも、恋愛をするのは本人の勝手であるし、乙女のように気恥ずかしそうな素振りをして頬を赤らめるのもまた勝手であろう。

 城太郎が気付いているかどうかは別として、彼女はどうやらほぼ間違いなく「一目惚れ」したようである…

「オ…わ、わたしは聖天座真如という仙女にございます…」

 自分のことを「オラ」と言いかけたが、彼女の心に突然として羞恥心が働き言い直した。

「…貴方は仙女様でしたか…なるほど、神々しい美しさの理由が分かりました」

「まっ!?まぁ…『神々しい美しさ』だなんて生まれて初めて言われました…」

「ハハハ、頭に浮かんだことを素直に言っただけのことです…ところで、俺は人間の世界で死んだはずなのですが、此処は天国でございましょうか?」

 人間の世界で生きる人からすれば仙人界は異世界であり、その風景や景観も明らかに人間界とは違っている。
 城太郎が人間であり初めて訪れたのであれば、此処を天国と思っても致しかたないことであろう。

「…フフフ、此処はあの世や天国などではございませぬ。この世の天空に存在する仙人界にございます」


 真如は若い城太郎に合わせるように、老人臭くなっていた己の話し方を無意識に変えていた。という茶化すような真似はやめにして、ほんの少しのあいだ仙女と人間の恋物語なんぞを語ろうではないか…

 
 二人はそれから暫く話し込んで互いの素性を知り、取り敢えずというか、何となしの流れというかで真如の家で暮らすことになった。

 おっと!物語を進める前に、城太郎が何者なのかを簡単にでも説明せねばなるまい。

 彼は元々人間界で商人をしていた歴とした人間である。
 と云っても、立派な屋敷を持ち、一定の範囲で商売をするような資金力のある商人ではなく、どちらというと町から町を渡り歩く商人であった。

 城太郎が売り物としていたのは、持ち運びにも便利な裁縫などで使用する「針」である。
 
 売り物にしていたのは全て手作りの針であり、男ながらにして裁縫が得意であったため、人々の前で実演しては良く売れたものであった。

 彼の年齢は二十五歳という若さであったが、商売のために町から町への移動する途中、何処からともなく暴れ馬がいきなりやって来て跳ねられてしまい、近くにあった池の中まで吹き飛び、何かに頭をぶつけて気を失ってからの記憶が無いのだと云う。

 どういう奇跡が起こってこうなったのかは不明であるが、城太郎が気絶から回復すると、周りには見知らぬ世界が広がっており、すぐ目の前には自分をまじまじと見つめて座っている真如が助けてくれたのだと思い込んだ次第である。

 話が飛び飛びになって申し訳ないけれど、真如と城太郎の二人が恋に堕ちるのに時間は掛からなかった。

 何と云っても、真如は彼に完全なる一目惚れをしていたし、城太郎も初めて彼女の姿を見た瞬間まんざらでもなかったようで…

 その日のうちに二人は結ばれましたとさ。

 いやはや参った参った。「恋物語」を語るなどと云ってしまった手前、こんなに早く二人が結ばれてしまっては詐欺のようなものであろう。

 だが成就してしまったものはどうにもこうにもいかないし、仕方がない。

 
 ところで、真如が百五十年ほど前まで人間であった頃、正親(まさちか)という最愛の夫と死に別れていることを忘れてはならない。
 つまり彼女は正真正銘の「バツイチ」なのである。
 だが百五十年もの歳月を経た今となってはどうでも良いことかも知れない。

 あと気になるのは百五十歳以上という途方もない年齢差であるが、真如の美しい容姿は二十八歳の頃のままであったし、きっと恋をすれば歳の差など関係ないのである。

 城太郎は全てを知った上で彼女を愛し、真如は彼の顔だけでなくその懐の広さにも大いに惹かれた。我を忘れてしまうほどに…

 二人が真如の住まいで幸せに暮らし始めて一年ほどが経過した頃、彼女にとって悪い意味での運命的な事件が起きてしまう。

 その日、仙人界にある数少ない風習であり、十年に一度しか開催されない仙人会議に真如は招集されていた。

 彼女は朝早くから家を出発し、残された城太郎は暇潰しに釣りでもしようと、真如と出会った湖へ一人で赴く。

 湖に着くや、釣り針に早々と団子状の餌を付け釣竿に繋がった糸を垂らし、彼は晩飯になるような魚を釣り上げようと本気で思っていた。

 因みに琵琶湖の半分くらいの広さであるこの湖にも、一応と云っては何だけれどしっかりとした名称が付けられていて、西の湖が存在するのか否かは分からないが東雲湖(しののめこ)と云う。

 東雲湖には数こそ少ないものの数種類の淡水魚が泳いでいて、仙人達はたまに釣りをしては手ごころを加えて食していた。

 当たり前かも知れないが、その数種は人間界に存在する淡水魚とは明らかに違っており、姿こそ人間界に生息する魚に近いものの、中には鋭い歯で人を襲う人喰い魚などが存在している。

 にも関わらず、彼がのほほんと釣りを嗜んでいられるのは、人喰い魚に関して真如から特徴と対処法を学んでいたからであった。

 それに人喰い魚は他の魚より数がずっと少なく希少で、極々稀にしか遭遇しないと云うのが仙人界隈の通説らしく、城太郎は大いに油断していたものである。

「おっ!!??」
 
 気の抜けた様子の城太郎の持つ釣竿が突如として豪快なしなりを見せた!

「おわわっ!?」

 あまりの引きの強さに城太郎が慌てふためく。

 宇宙の法則というのは本当に不思議なもので、この時、極々稀にしか遭遇しない筈の人喰い魚が彼の釣竿による仕掛けに掛かっていたのであった…

 釣り糸を引く力は殊の外凄まじく、城太郎が湖へ引きずり込まれる前に釣竿を手放すか否か考え始めた直後!

「ザバァァァッ!!!」

 確実に五メートル以上はあろうかという大魚が水中から飛び跳ね、漆黒のギョロッとした眼を城太郎へ向けた!

 彼が釣り糸の先にいる獲物が人喰い魚の「ザンギ」だったことに気付いたのはこの時である。
 
 ザンギの生き物とは思えぬ死んだような眼と眼が合った瞬間、驚愕と恐怖の心中にあった城太郎の全身が硬直する。
 
 驚くべきことにザンギの取った奇怪な行動は、己の食糧となる獲物の品定めであった。
 
 僅かなあいだに用を済ませた人喰い魚は、海の最強生物の「鯱(しゃち)を彷彿とさせる巨体を水中へ戻し、そのまま湖の中央へと一気に潜水した。

「えっ!?」

「ザブンッ!」

 全身硬直状態の城太郎が釣竿を離す間も無く、恐るべきザンギの力によって湖の中へ一瞬にして引き摺り込まれる!

 水中で生命ノ危機に瀕したことを悟った城太郎が慌てて釣竿を離し、精一杯身体をバタつかせ急ぎ水面へ浮かぼうと足掻く。
 しかし無情にも、彼の背後には大口を開けた人喰い魚のザンギが既に迫り、城太郎を噛み砕かんと突っ込む!

「バギャッ!!」

 城太郎の身体の噛み砕かれた音が水中で鈍く鳴った!

コメント

タイトルとURLをコピーしました