刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編 ノ38~40 「仙花の失態」「絶望的強さ」「阿修羅(あしゅら)」

刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編

 亜孔雀の言い分を敢えて要約するなれば、「美味そうな匂いに釣られてわざわざ道を外してまで足を運んだ」といったところであろうか。

「…心得たぞい。その良い匂いの源であるこの串団子はくれてやる。だからお前はさっさと此処を立ち去れ」

 真如はそう言って串団子の山盛り乗った大皿を抱えて亜孔雀に歩み寄る。
 山盛りの串団子を目にした亜孔雀が、己の顔の長さくらいあろうかという舌を出し、涎をタラタラと垂れ流す口の周りを舐め回した。

「待て待て待て!待ってくれ真如様!其奴に串団子をくれてやる必要は微塵も無いぞ!」

 仙花が横から叫び、進む真如を止める。

 この時、仙花一行の中で最も亜孔雀を警戒していたのはお銀、次いで雪舟丸であったが、仙花が叫んだ瞬間に各々の武器を取り出し構えていた。

「娘っ!お主ら人間には関係ないのないこと。団子を食い、腹がおさまったのならすぐに旅の続きをするんだ!」

 真如の剣幕に仙花はポカンとしてしまったが、真如の云わんとすることを察したお銀が仙花に近づきボソボソと耳打ちをする。

「仙花様。そこの亜孔雀の妖気たるや危険極まりなく、恐らくは我らが束になってかかっても敵わぬほどにとてつもない力を持つ化け物にございます。それを知る真如様はこの場を去って早く逃げよと伝えておられるのですよ」

 お銀の言葉に仙花の表情が曇る。

「奴が只者でないことくらい儂も感じておる。だが此処で此奴から逃げてしまえば、奴の通る道で人間の犠牲者が増えるというものではないか?」

「仙花様…」

 日頃から常に強気で余裕のあるお銀の影は今はない。本能が「逃げるべきだ」と判断を下している状態での仙花の言動に困惑していたのだ。

「グァグァグァグァ!小うるさい人間の童だな。…そう言えば久しく人間は喰らっておらんなぁ。どれ、人間で腹ごしらえするのも一興というものか…」

 仙花が串団子を差し出そうとする真如を止めた所為で、亜孔雀の食欲の方向が変わってしまったかも知れなかった。

「待つのじゃ亜孔雀!そんな弱い人間の肉を喰らってもお前の力にはなりゃせん!こっちの串団子の方がよっぽど力がつくというものぞ」

 仙花に向けられた殺気をどうにかしようと真如はさらに近づく。

 だが…

「もうその食い物には興味が無くなった。オレは人間を喰らうことにする」

 そう言って亜孔雀は真如に向けて下から上へと腕を軽く振った!

「ズバババババッ!!!!」

「ぬっ!!??」

 たちまち地面が裂けるほどの凄まじい衝撃波が真如を襲った!

 真如の身体が受けた衝撃波によって空中に舞い、大皿に乗っていた串団子も散乱してしてしまった。

 次の瞬間!

「ビュッ!」

「ドゴォッ!」

「ぐっ!??」

 閃光の如き速さで仙花に接近した亜孔雀が鳩尾に痛恨の一撃を入れ、軽く吹き飛んだ身体が反応の鈍い九兵衛に激しくぶつかる!

「んばっ!!??」

「ゴッロゴロゴロゴロゴロ!」

 仙花に怪我を負わせては一大事と、九兵衛は彼女をがっちりと抱きしめ身を呈して地を転がった。

「ちっ!」

「シュッ!」

 あまりの速さに仙花を守ることの叶わなかったお銀が舌打ちして悔しがり、即座にクナイを亜孔雀に向けて反撃に転じるも、放った先に亜孔雀の姿は無く行き所を失ったクナイが虚しく空を斬った。

「くっ!」

 お銀が一頻りに歯痒さを覚えるのを他所に、亜孔雀が次に標的にしたのは刀を抜き放って構えていた蓮左衛門であった。
 あっという間に間合いを詰めた亜孔雀が、蓮左衛門の攻撃しようとする初動以前に彼の心臓の付近に重く速い一撃を浴びせる。

「ズン!!」

「がはッ!!??」

 心臓に強烈な衝撃を受けた蓮左衛門の顔が苦痛に歪み、フラフラと後退りして力無く後ろへ倒れた。

 と、背後に忍び寄っていたお銀が高く跳躍して渾身の技を放つ!

「雷遁!迅雷八つ裂き挽歌!!」

 現時点でのお銀の使える最高にして最速の技「迅雷八つ裂き挽歌」。雷をその身に帯びて放つこの技は、限界を超えた威力と速さを兼ね備えた、敵を一瞬で八つ裂きにしてしまう脅威的なものであった!のだが!?

「なっ!?」

「ミシィッ!!!」

 亜孔雀はとっくに気付いていたと言わんばかりに、身体を素早く回転させお銀を狙い澄ましたかのように裏拳を放ち、間一髪で反応したお銀の防御する両腕に直撃させた!

「ぎぎっ!」

 歯を食いしばって耐えたお銀の身体が突風に煽られた布団の如く飛ばされた!

 人智を超える恐るべき速さで動き続け、圧倒的な力で猛者揃いの仙花一味を翻弄していく亜孔雀。

 このままでは全滅もあり得るかも知れない。だが、未だに一度も攻撃を受けていない男が亜孔雀の前に立ちはだかる。

 そう、亜孔雀が現れた時から存分に警戒していたこの男。神速の剣技と退魔の力を秘めた神器、雨叢雲(あめのむらくも)の剣を所持する居眠り侍こと阿良雪舟丸である。

「…やってくれたな化け物め、このままでは済まさん」

 今まで怒りを露わにすることのなかった雪舟丸の顔は、怒りを表現するには十分過ぎるほどに変わっていた。

 此処でようやく動きを止めた亜孔雀がそんな雪舟丸を眺めて嘲笑う。

「グァグァグァグァ!笑わせてくれる。身の程を知らぬひ弱な人間如きがオレ様に歯向かうとは…貴様に勝ち目などミジンコの毛ほどもないわ!」

 ミジンコに毛があるか否かは別としても、化学や科学の発達が遅い江戸の時代において、ミジンコという名の微生物を知るとは恐れ入った。

 などと雪舟丸が思うはずもなく…

「お前のような化け物に比べれば俺達は確かにひ弱な存在やも知れぬ…だが、ひ弱であろうとも日々の鍛錬を積み重ねれば、人間もそう捨てたものではない…」

「グァグァグァグァ!ならばうだうだと喋ってないでとっととかかって来い!」

「無論だ…阿修羅(あしゅら)、極めて不本意だが状況が状況だ。お主の力を借りることにしたぞ」

 雪舟丸は己の前に立つ亜孔雀に対してではなく、別の誰かに小声で話しかけた。

 他の面子と同じく雪舟丸の体内にも特異な力を持つ怪異が潜んでいる。その名は印度神話に出てくる闘神と同じくする「阿修羅」。勿論、此処は日本であるからしてこの阿修羅は闘神などではなく、三面の顔を持つでもないれっきとした怪異である。
 だが、他の者が契約という儀式を経て共存するという関係を築いているのに比して、彼と阿修羅の関係に契約の概念は皆無であった。
 元来より怪異の阿修羅は雪舟丸と別個に存在していた怪異たり得ず、剣の道を極めんとするため壮絶な修行と闘いに明け暮れた彼の執念が生み出した怪異であり、他の者達とは違う関係性で繋がっているのである。

 阿修羅の声が雪舟丸の脳に届く。

「あら~♪、せっちゃんが私の力を欲しがるなんて初めてじゃないのう♪何だか嬉しくなっちゃうわ~♪でもでもでも~♪今まで全然相手してくれてない人にただで力を貸すのはちょっぴり抵抗を感じちゃうわぁ♪」

 説明が足りなかったかも知れないが、阿修羅は人間で云うところの女性にあたる。
 因みに雪舟丸は空気の読めない阿修羅が嫌いであった。明らかに生きるか死ぬかの絶望的な状況だというのに、こんな気の抜けるような感じで話されるだけでも調子が狂ってしまう。

「…阿修羅、お前と戯れる時間など微塵も無い。さっさとせねば一生口をきいてやらぬ。と言うか存在自体を消してやるぞ」

 緊急時ゆえ苛つく雪舟丸が阿修羅を脅した。

「も、もう!せっかちだわねぇ!分かったわよ~!全力でやったげるわよ!後で身体が悲鳴あげても知らないんだからね!」

「構わぬ!」

「ボウッ!!」

 炎の燃え出すような音と共に、雪舟丸の身体が金色の妖気を帯びて輝いた!

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