「なぬっ!?」
女の物言いと内容に仙花は驚かずには居られなかった。
何故なら人の名に「ちゃん」付けするのを聞くのは初めてであったし、「仙人予備軍」という言葉を使うからには、少なくとも仙花の情報を得ていなければならないからである。
そしてさらに驚くべきは、雪舟丸がのほほんと居眠りしていたとはいえ、彼の「神速の剣」、しかも居合による初撃を見事に防御した反射神経。加えて、間合いを取るために退いた時の身のこなし方は、女が只者ではないという証となるには十分であった。
「きゃははは♪驚いてる驚いてる♪楽しいなぁ~♪」
女の笑い声が馬鹿にするように聴こえた仙花がムッとする。
「良く笑う女だな。何がそんなに楽しいのじゃ?ことと場合によっては斬って捨てしまうぞ」
訊かれた女は白銀の長髪をしてはいるが顔は若い。顔だけに着目すればお銀より若く見えるほどであった。
身体に関して云えば、背丈は仙花よりもちょっぴり高い程度で小柄だったけれど、華奢な割に出るところは出ており、女としての色気も持ち合わせていた。
「きゃははは♪可愛いなぁ君は。まぁまぁそんな怒らずに我の話しを聴いて頂戴なぁ♪悪いようにはしないからさ~♪」
「言葉尻の『♪』が気に食わぬが…良いだろう話しを聞いてやる。ほれ、待ってやる話すが良かろう」
女が仙花の上から目線の話し方に頬を膨らませ「プンプン!」と怒るような素振りを露わにする。
「ったくもう。いくら知らないとはいえ、いずれは貴方の大先輩になるんだからねぇ。少しは敬意を払って欲しいものだわぁ」
「ハハハ、「大先輩」とは笑わせてくれる。どこからともなく現れた名も知らぬ其方に敬意を払うなど笑止千万じゃ。儂の態度が気に触るならサクッと正体を明かせば良いではないか」
無礼な言い方は変えず、概ねまっとうな意見を言う仙花を薄目でジッと避難する様に見つめる女。
「むむむむむむ、残念だなぁ、う~~ん、初めて仙人候補を見つけたのだから格好良く登場してビシっと決めたかのにな~……………..って!!全部お前の所為だかんなっ!!この寝坊助チョンマゲ侍!!!!」
女が突然恫喝するかの如く激しい口調に変わり、時代にそぐわぬが光線でも出るのか!?と思わせるほどの勢いで雪舟丸を指さした!!
突然のとばっちりに表情一つ動かさずに雪舟丸がボソッと応える。
「…チョンマゲではない」
「ふん!なら寝坊助ハゲ侍だ!」
「ハゲてもおらぬ」
「なら…」
「待てっ!!」
不毛なやり取りに我慢ならなくなったお銀が口を挟む!
「愚かなり!もう歯痒いったらありゃしないわねぇ!さっきから勿体ぶって名乗らないあなた!貴方なんかどうせ仙女か何かなんでしょうに!」
「はっ!?はいぃ!?なな何を訳の分からないことを言うかと思えば!わわ我がせせせ仙女ですってぇっ!?そそそんなわけないじゃない!?我はあれよあれ!たま~に世の中へ『ノリ』で降臨するめ、め女神よ!そう我は天より舞い降りた女神様なのよーーーーーっ!」
女が激しく動揺しながら言い放ったけれど、仙花の一行は皆がみなしらけた顔をして彼女を眺めていた。
波の音すら消えてシ~ンとなった空気の中、仙花が冷めた口調で女に問う。
「…仙女、なんじゃろ?」
「…はい、仙女です」
女は登場した時とはまるで別人のように凹んだ顔で答えた。
「って、なんなのよ~!あんた達は~!?我は仙女よ仙女!最も神に近しい存在にして、だだっ広い知識と知性にに溢れ、地上を這って生きる無能な人間どもに無い類稀な能力を併せ持ち、人格にも優れた種である『仙人』なのよ!もっと尊び敬うが良いわ!きゃはははっ♪」
何か吹っ切れたのか、先程の調子を水を得た魚のように取り戻し、一気に捲し立てる仙女であった。
「…おやおやおや、幼き頃より想像していたものとは大違い。尊い存在の仙人にも当たり外れがあったのですねぇ。無論、残念なことに貴方は外れの部類に属すようですが」
元々口の悪いお銀が痛烈な言葉を浴びせ掛けた。
「ほ、ほう。人間ごときが言ってくれるではないか…こうなれば目にものを見せてやろう。我が名は即蘭眉雲峡(そくらんびうんきょう)。我を怒らせたことをあの世で深く後悔するが良い」
仙女なのにもはや悪党の如き文句を並べる始末の雲峡であった。
癖者揃いの仙花一行を相手にした彼女は可哀想と云えば可哀想なのだが、自業自得なところも大いに否めない。
「自称」仙女が天叢雲剣を止めた杖を己の頭上に振りかざす。
「我が仙器の威力を思い知れ!唸れ雷禅杖(らいぜんじょう)!流転雷鳴(るてんらいめい)!」
ちょっと残念な仙女の雲峡が「雷山棒」と呼んだ杖を豪快に振り下ろす!
「ズッ!!ズゥオン!!!!」
仙花一行の目に眩い閃光が「ピカッ!」と飛び込み、間を置かず地の避けるような爆音が上がった!
余りの眩しさによって暫時的に視力を失っていた仙花らが回復すると…
「ぬぉわっ!!??ななななんとっ!?これは大地震でも起きたような有様にござる〜!」
最初に大きな声を発し、退けぞってしまうほど驚いたるは蓮左衞門であった。
一応彼の名誉のために断っておくが、彼の反応は決して大袈裟では無い。
海岸沿いの道幅は広くは無いし狭くも無く至って普通の道幅なのだけれど、一本の見通しの良いその道は、蓮左衛門が言った通り大地震でもあったかのように完全に分断されていた。
つまり仙女である雲峡のナンチャラという仙術の所為で、下を除くと海の水が見えるまでごっそりと土地を破壊し削っていたのである。
出来た亀裂の幅たるや、運動能力の極めて高い仙花やくノ一のお銀ならまだしも、極々一般的な体力しか持ち合わせていない九兵衛などは到底飛んで渡ることなど出来そうにないほどであった。
仙人の力、恐るべし!と云ったところであろうか…
流石の仙花も青ざめ冷や汗を掻く。
「 即蘭眉雲峡とやら、お主、仙女と云えどもちと派手にやり過ぎではないのか?」
雲峡が悪びれる様子も無く、何事も無かったかのようにすました涼しい顔で応える。
「我を怒らせた其方らが悪いのだ。我が「仙葉(せんよう)」に乗って空中浮遊を楽しんでいた折、たまたま仙女の資質を持った其方が目に入り、親切心で教授してやろうとわざわざ舞い降りたというのに…それを揃いも揃って悪者扱いしてくれちゃったからねぇ。そりゃ仙女と云えども脅しの一つでもやってみたくなるのが当然ってもんでしょ♪」
話した内容とは裏腹に言葉尻で満面の笑みを作る雲峡。
なるほど、そう云った経緯で現状の結果になってしまったか、などとすんなりいかないのが真っ直ぐな分だけ面倒な仙花である。
「百歩譲って儂らも悪かったとは思うがが、いくらなんでもこれはやり過ぎであろう。このままでは人々が立ち往生してしまうじゃろ。仙女ならば仙術でチョチョイと道を元に戻すべきじゃないか?」
全く持って正論である。
このままの状態を放置しておけば旅人はもちろんのこと、生活する上で道を使っている者達が困り果てるは必然。
「はん!分かってないな~。命を奪われ無かっただけ有り難く思って欲しいんですけど!其方らに情けをかけてやったっていうのにもう!」
雲峡の返した言葉に仙花が溜息を一つつき呆れ顔をしてボソッと呟く。
「話が通じんのう、下衆阿保仙女めには…」
「カッチーーーン!其方、天上の仙人界に存する数多の仙人の中でも三本の指に数えられる別格仙女の我を下衆呼ばわりしおったな!しかもしかもご丁寧に「阿呆」まで付けてくれちゃって~!許さん許さんぞ~っ!!」
「あっ、もうその感じは結構じゃ。ちと黙って置いてくれるかのう」
背後に炎が見えるほど激情した雲峡を冷ややかにあしらう仙花であった。
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