僕は目の前の炭酸ジュースが入った瓶を取りグラスに注ぐ。
いつも夕飯時になるとビールを呑む父が湯呑みにお茶を注いでいた。
きっと、何かあった時のために備えているのだろう…
美味しそうなご馳走様を前にして、なかなか食べ始めない僕を見て父が言う。
「どうした凪、腹が減ってないのか?」
「…うん、母さんのことがどうしても気になって…」
「心配するのはご飯はしっかり食べなきゃダメだ。いざとなった時に動けないだろ」
「………..」
いざと言う時ってどんな時だろう…
僕は怖い想像をしてしまい、それを振り払って取り敢えず食べることにした。
母が準備していた料理はどれも美味しく、無くなっていた食欲も出て来てお腹いっぱいになる。
父がクリスマスケーキを箱から取り出し、ナイフで切り僕に差し出した。
「さっき外から帰る直前に警察に電話してある。もうすぐ警察の人が来るはずだからビックリするんじゃないぞ」
「えっ!?どうして警察の人が来るの?」
今思えば当然の対応だろうけど、当時の僕は馴染みの無い警察が来るという話しを聞き、驚かずにはいられなかった。
そんな僕の表情を見て父が神妙な面持ちになり答える。
「母さんが行きそうな親戚の家や知り合いに片っ端から電話したんだが母さんは行っていないらしくてな…手遅れにならないようにと思って念のため警察に事情を話したら直ぐに来るってことになったんだ」
「…………」
母に何かあったかも知れないという僅かだった疑念が、「警察」というたった二文字の言葉で急速に膨らんで無言になってしまい、さっきまで食べようとしていたケーキも食べる気が失せてしまった…
流石に父も「ケーキを食べてしまえ」などとは言わない。
父も黙ったままケーキには手をつけず、ケーキと飲み物だけを残して料理の片付けを始めた。
その片付けを手伝い皿洗いまで終わった頃、玄関の戸を叩く音が聴こえる。
「和久井さーん!警察の者です!開けてくださーい!」
本当に来た!?僕の心臓の鼓動が早まる。
台所から父と一緒に玄関へ向かい、鍵を開けると二人の警官が玄関に入り戸を閉めた。
「雪の降る中に申し訳ない。冷えるので中に入って話しましょう」
「御心遣い感謝します。では失礼させていただきます」
二人の警官を父が居間に招き入れ、四人ともこたつに足を入れる。
話をしている方は50代くらいのベテラン警官だろう…もう一人は20代の新米警官だろうか…
ベテラン警官が僕にも話を訊きたいということで、同席したまま事情聴取が始まった。
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