夢中の少女 [思い出す]

夢中の少女

「…うん」

「凪くんとね…」

 男の人は僕の名前を言ったっきり、言葉に詰まっているようだった。
 横に座った女の人が見兼ねて話す。

「この人と、わたしと、貴方は、これから三人で一緒に暮らそうと想うのだけれど、凪くんはそれでも大丈夫かな?小さいな貴方に突然こんな話をしてごめんね…」

「…うん!わかったぁ」

 幼い僕は特に何も考えずに返答したんだと思う。
 地獄だった日々から抜け出したくても抜け出せなかったところへ、天から救いの手を差し伸べられたような感覚だったのかも知れない…

 その日から、和久井幹雄(わくいみきお)と和久井梨花(わくいりか)と僕の三人は新しい家族になった。


 これはもちろん僕が大きくなってから聞いた話。
 新しい両親は元々は都会の会社で働いていたけど、ここに暮らしていた父の母親が病気で亡くなって、家と山や田畑を相続したのち、会社を辞める一大決心をして引っ越して来たらしい。

 父が若い頃は身体を鍛える趣味があり、サラリーマンだった割に体力がずば抜けていた。そのためこの家に越して農家を始めたけれど、それほど苦もなく働けていたとのこと。変な表現だが顔も農家の男らしいつくりをしている。

 逆に母は細身でずっとOLをしていたらしく、最初ここに来て農業を手伝い始めた頃は後悔の連続だったと云う。でも僕が家族になってからはそう言った想いは吹き飛び、農家の嫁として恥ずかしくない女性になれたのだとか。苦労しながらも、若い頃の美貌は衰え知らずだったということも付け加えておこう。

 こんな具合の夫婦は人柄も良かった。

 早くに実の母を失い、実の父から虐待を受け続けた生活から抜け出し、新しい両親のお陰で平穏な生活を送りどんなに幸せだったことか…

 …そう。僕が小学6年生の冬に事件が起こるまでは…

 場面は事件のことを思い出した、小学6年生の僕が居る時代に戻る。

 小学生の僕を見送ったあと母が玄関の戸を閉めた。

 僕はその玄関の戸をすり抜けて家の中に入る。

 まずは今日がいつなのかを確かめなければ…

 浮遊して居間に移動したがそこに父の姿はなく、こたつの上にはたぶん僕と父が朝食を食べたあとの食器が置かれていた。

 何処かに日時の分かる物がないかと居間の中を見回し、テレビ後ろの壁にかけられた大きめのカレンダーを見つける。

 カレンダーは12月になっていたが、これでは日にちまでは分からない。

 他に無いか探すと、壁にかけられた古めかしい掛け時計が目に入る。
 これも日にちを知ることはできないが、アナログなその時計の針は7時5分を指し示していた…

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