話が飛び飛びになってしまうけれど、僕が実の父親と馬小屋の前で別れたあとの話をここらでしておこう…
場面は再び幼い僕の頃に戻る…
実の父親から背中を押された僕は、暗い山道を懐中電灯で足元を照らしながら必至に歩いた。
ようやく辿り着いた家からは、大人の男女の楽しそうな笑い声が聴こえる。
幼い僕はその小さいな手で、玄関の引き戸を恐る恐る両手で開けた…
引き戸が開いた時の「ガラガラ」という音に気づいたのか?、大人の男女の二人の笑い声がピタリと止まり、木の廊下をバタバタと走る音が聴こえる。
男の人と女の人は僕の目の前に姿を現し、驚いた様子もなく優しい表情をして言う。
「こんばんは。良く来たね凪くん」
初対面のはずなのに何故か男の人は僕の名前を知っていた。
「僕ちゃん、可愛いわねぇ。貴方のことを待っていたのよ…」
女性は嬉しそうな顔で優しく僕の頭を撫で、手を引いて家の中に招き入れてくれた。
廊下を歩いて居間へと連れて行かれ、部屋の真ん中に設置されたこたつに入るよう促される。
こたつは暖かく、寒くて暗い山道を歩き冷えきっていた手を揉んで暖めた…
幼い子供が知らない人の家に入れば、最初は戸惑ってしまうと想うのだけれど、この時の僕は地獄から天国に来たような感覚だったような気がする。
「凪くん。お腹は減って無いかい?」
僕と対角線上に座った男の人が、優しい笑みを浮かべ訊いて来た。
「お腹は減ってない…」
「そうかぁ。もし何か食べたくなったらいつでも言うんだよ」
「…あ、ありがとう…」
そこへ、女の人がマグカップをお盆に乗せて部屋に入り、そのマグカップをこ僕の目の前に差し出す。
「はい、ホットミルクよぉ。身体が温まるから遠慮せずに飲んでねぇ。あっ!でも熱いからお口でフーフーするのよ」
僕は黙ったまま両手でマグカップを握ろうとするが、湯気が出ており熱そうだったので言われた通りにする。
「フ~ッ、フ~ッ」
マグカップの中に息を吹きかけながら、上目遣いで二人の顔を改めて確かめると、年齢は僕の実の両親と同じくらいに見えた。
何度か息を吹きかけ両手でマグカップを持ち、そっと口に近づけて一口飲む。
「おいしい~」
この時の僕は満面の笑顔でそう言ったに違いないし、ホットミルクの味は今でも覚えている。
中にはハチミツが入っていて甘く感じ身体を暖めてくれた。
以来、このハチミツ入りホットミルクが大好きになり、僕は毎朝欠かさず飲むほどになる。
「じゃあ、凪くんが落ち着いたところで大事なお話しがあるんだけど、いいかな?」
男の人は変わらず優しい顔をしてそう言った…
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