サッと人力車に乗り込むと、伊達さんが不気味な笑みを浮かべて言う。
「お嬢様、今日は時間が無いんで飛ばしますよ~。へへへ、しっかり掴まっててくださいね!」
「だ、伊達さっ!?どわっ!?」
わたしが「ほどほどに」といい終える前に、「ドヒュン!」と音を立てて人力車ならぬ猛牛力車は動き出してしまった!
「ドドドドドドドド!…キキキ――――ッ!!!」
普通では考えられない速さで猛牛力車は走りに走り、学校の校門前に急ブレーキで到着。
鬼のような運転によりガクガクした足でゆるりと人力車から降り、回っている目で周りを眺めても千歳の姿はまだ無かった。
「だ、伊達さん。あ、ありがとう…お陰で間に合ったみたい…」
「へへへ…じゃあ約束通りここで5時に待ってますんで!」
伊達さんはそう言うと、あっという間に遠くの方へ走り去って行った。
程なくして千歳の乗った人力車が到着する。
「お待たせ司~、待った?」
「いいえ、わたしもさっき着いたばかりよ。じゃあ行きましょうか」
こうして二人で並んで話をしながら歩き、樹様の居る学校裏のお屋敷へ着いたのだった。
樹様の言っていた通り屋敷の外観はかなり古びていたけれど、高い敷居に囲まれており深い歴史を感じさせる様相を呈していた。
「な、何だか敷居が高くて入り辛いわね…」
「そんなに固くならないの。こういう時は勢いよ、勢い。さあ行くわよ」
屋敷の門前で臆すわたしの腰にスッと手を当てて押しながら千歳が門を開ける。
門を潜ると目の前には手入れの施された広い和風の庭があり、二階建ての屋敷の隣には平屋の道場が在った。
道場の近くまで行くと殿方が気合を発する声が聴こえ、開放されている入り口から二人でそっと中を覗く。
中では樹様と門下生が一対一の練習試合を行っいる際中で、その周りには20人くらいの門下生が正座しながら二人の試合を観ていた。
樹様が門下生を竹刀で一刀に伏したあと、わたし達の存在に気付き門下生に指示を与えこちらに歩いて来る。
「やあ、司さん。良く来てくれたね。そちらの方は?」
樹様は突然の来訪に驚いた風でもなく、ニコリとして気さくに声を掛けてくれた。
「すみません、突然来てしまって。彼女はわたしの親友で…」
「初めまして冷泉様。穂波千歳と申します」
千歳がそう言ってお辞儀をすると、樹様も「よろしく」と会釈して挨拶を交わした。
そして樹様がわたしの方を見て言う。
「司さん。今日は試合をする為に来たんだよね?貴方との試合を門下生への手本として見せたいんだけど直ぐに用意できるかな?」
「違います樹様!わたしが今日訪れたのは貴方に逢うためであって、試合は付録のようなものなんです!」などとは当然言い切れず…
「も、勿論大丈夫です!道着もこの通り準備してありますので」
「流石は司さん。じゃあ、あそこの部屋で着替えて来てくれるかな?」
「は、はい!」
な、なんだこの意図せぬ急展開は!?ここに至るまでの不安が完全に無くなったのは良しとして、いきなり試合をすることになってしまった。
でもやると決めたからには情けない姿は見せられないし負けたくもない。
わたしは指定された部屋で道着に着替えながら集中力を高めていく。
着替え終わり道場に向かうと、樹様は道場の中央に正座をして眼を閉じて待っていた。
集中力が高まり極まったわたしは、静かに樹様の前に移動し声を掛ける。
「お待たせしました。いつでも始められます」
樹様が瞼を開き竹刀を右手に持ってスーッと立ち上がり口を開く。
「お互い手加減無しの真剣勝負ということで…いざ、尋常に!」
「もちろん、望むところです!」
互いに中段の構えを取り、張り詰めた空気の中、目線を合わせて様子を窺う…
こうしてわたしは初恋の相手とじゃれ合うでもなく、真剣勝負をすることになったのだけれど、この続きはまたいつの日かお話しさせて頂こうかと存じます。
沖田総司の忘れ形見は最高の恋がしたい!
第一部 完
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