場面は飛んで、樹様の道場へ行く初めての日の朝を迎える。
「ふぁ~…よく眠れたなぁ」
布団の上で身体を起こし、掛け時計に寝ぼけた眼を向けると10時を少し回っていた。
「なにっ!?もうこんな時間なの!?」
毎週日曜の朝は、10時から2時間ほど門下生への指導をすることになっている。
本当はもっと早く起きる予定だったけれど、樹様に逢える喜びでなかなか寝付けず、就寝の時間がかなり遅れ夜更かしをしてしまったのである。
日曜日は真琴さんも休みになっているものだから、日曜日の朝は遅く起きることがしばしばあったけれど、こんな時間まで寝たことは一度も無かった。
わたしは慌てて道着に着替え、顔も洗わずに道場へ走って向かう。
「あぁもう!こんなに寝坊してしまうなんて…門下生の人達は集まって待ってるだろうなぁ…」
自分のだらしなさに腹を立て、そうぼやきなが道場の入り口付近まで着くと、門下生達の素振りをする掛け声が聞こえてきた。
あれっ!?もう始めちゃったのかな?
本来なら門下生の集まる前で鍛錬の内容を伝えて始めるのが慣例なのだけれど…
「もっと掛け声に気合いを込めるんだ!」
どういった風の吹き回しか、師匠がわたしの代わりに仏頂面で門下生の指導をしてくれていた。
自ら指導なんかする人じゃないのに…怖っ!
一言お礼を言ってさっさと交代しよう。
「門下生への指導ありがとうございます師匠!交代します!」
師匠が仏頂面のままこちらを睨みつける。
「今まで何をやっていたんだ?門下生を待たせるとは言語道断だぞ。お陰で俺の散歩の時間が潰れてしまったではないか」
散歩の時間…べ、別にそれくらいは良いのでは?と一瞬考えたけれど、人の価値観は分からないものだ。
それに想ってたより怒ってるみたいだし…
「本当にすみません。説明の難しい理由があって…あっ!でも何で門下生への指導を?」
「言うまでもないのだが、智三郎様に頼まれたら断れんだろう」
やっぱりお祖父様ね。
そうでもない限り師匠が動いてくれる筈がないとは想っていた。
「お祖父様にもわたしからお礼を言っておきます。とにかくもう大丈夫ですので、あとは大事な散歩を楽しんでください」
ちょっと皮肉を込めて言ってみたけど、師匠なら全く意に介さないだろう。
「そうか?ならそうさせてもらうとするかな」
師匠は薄い笑みを浮かべながらそう言って、足取りも軽く道場から去って行った。
「はい!皆さん素振りを止めて集まって!」
一旦門下生を集め、そこからはいつも通りの段取りに切り替えてみっちり指導をしたのだった。
コメント