「司、恋愛経験の無い貴方にしては上出来だったんじゃないかしら?これでいつでも樹様のお住まいへ逢いに行けるわねぇ」
千歳が小悪魔っぽい笑みを浮かべてわたしを茶化す。
「も、もう!茶化すのはやめてくれないかしら…ん~でもこれはやっぱり貴方のお陰よ千歳。貴方が背中を押してくれてなかったら何も進展が無かったかも知れないわ」
こと恋愛に限って言えば、人一倍臆病になってしまう自分が居ることは認めたくはないけれど重々承知していた。
「いやいや、今回の決めては何と言っても司の思い切りの良さよ。後ろでドキドキしながら見ていて感心したわぁ」
人の恋話というものは惚気系でなければ大抵面白味がある。と想う。
わたしの後押しをしてくれる千歳にしても、何処か楽しんでいる様子が垣間見えていた。
「もうそういう事にしておきましょう。それよりも、樹様が松本様を何処へ連れて行くようよ」
「あら本当!恐らく警察に引き渡すのね」
松本様の繋がれた縄を引く樹様は沈痛な面持ちをしている。
その後ろ姿を黙りながら見送っていると、ゆっくりこちらに歩いて来る神楽坂先生の姿があった。
近くで見る神楽坂先生の表情は重かったが、深呼吸をしたあとその場に居る女学生全員に呼び掛ける。
「はい、皆さんこちらに注目して!」
色々な意味でガヤついていた女学生達が、先生の方へ一斉に視線と身体を向ける。ガヤついていた割に統率の取れた動きを取れる辺りがおもしろい。
「え~、皆さんも承知していることと思うけど、先ほど授業中に大変なことが起きてしまいました。幸いにして、冷泉樹様とおっしゃる方のお陰で一人の怪我人も出ず、無事に解決となったわけですが…今回、学校で起こったこの件に関しては、学校の外で吹聴しない事は勿論、決して悪戯に噂を広めないようにしてください。いいですねっ!」
神楽坂先生が平常時の何倍もの厳しい表情をしてそう言うと…
「「「「「はいっ!」」」」」
事の重要性を察したのか女学生全員が一斉にハッキリと返事をした。
無論、わたしを含めて。
冷静になって考えれば、今回の一件は相当危険な事件だったと言えるだろう。
なんせわたしに至っては命を落としそうになったのだから…
そんな風に想っていると神楽坂先生がこちらに歩み寄って来た。
「加賀美さん、貴方が宝城さんを守るために取った行動は勇気があってとても立派だったわ。先生は感謝してる。ありがとう」
先生はそう言ってわたしを抱きしめ、急に震え出した声で続ける。
「本当に無事で良かった…」
きっと、神楽坂先生も相当な恐怖と闘っていたのだろう…
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